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思慮深いひつじ

 怪獣歌会の交換日記、四番目は斉藤志歩が担当する。

 『斉藤さんにとって、ぬいぐるみ(への愛)ってどういう存在ですか?』

 まるちゃんはぬいぐるみのひつじだ。よく「一切は空(くう)」と言う。

 言う、というのは便宜的な言葉遣いで、実際には私の声帯が普段より一オクターブ高い音域で振動するのだ。川野さんがぬいぐるみについて『かれらには心があって、話しかければ答えてくれるのだけど、それはわたしが与えた心』だと書いていたのを思い出さずにはいられない。私も頭では同様に理解しているのだが、それでも私にとってまるちゃんは独立した心を持ったひつじだ。全く不合理なことだとわかっている。

 まるちゃんとの出会いは、もう五年も前になるだろうか。私は病気の療養のため、実家に帰っていた。その頃はよく泣いていた。泣いている私に、ぬいぐるみが手渡された。ぬいぐるみは「まるちゃんだよ。思慮深いひつじ。よろしくね~」と言った。私はそれまでぬいぐるみと話したことが一度もなかったのでたいそう驚いた。

 それからというもの、まるちゃんと私はともに本を読んだ。まるちゃんのふわふわの手にKindle Paperwhiteは反応しない。私の指を使ってページをめくった。その中の一冊が高神覚昇「般若心経講義」だった。

 般若心経に「色即是空 空即是色」という一節がある。あらゆる現象や存在は実体を持たない、すなわち空である。その逆もまたしかりということらしい。まるちゃんの「一切は空」という口癖はここから来ている。私にも完全にはわからなかった。だが、まるちゃんが毎日のように口にするのを聞いていると、そういうものかなと思えることもあった。悲しいような、慰められるような気がした。

 少し調子がよくなると、まるちゃんと一緒に外へ出かけるようになった。私は歩いて、まるちゃんは私のトートバッグに入って。私は目に映るものすべてをよく見るように心がけた。雀の群れ。桜の花。こんなにも本当に思える。これらあらゆるものに実体はないというのか。……まるちゃん自身にも? 私は思わずまるちゃんを見た。まるちゃんはいつもと少しも変わらず、穏やかに目を瞑っていた。そういう顔なのだ。

 ある日のことだ。イオンモールで、まるちゃんに瓜二つのぬいぐるみが売られているのを見つけた。私は混乱した。店の値札には「ひつじのメイプル」の文字。
 そう、まるちゃんは「ひつじのメイプル」だったのである。取り付けられたタグを裏返してみると、「メイプルはいつもみんなのことを考えているやさしいひつじさん 誰かがさみしい思いをしていると放っておけずそっとそばにいてくれます」と書かれていた。そうなのか? まるちゃん。

 まるちゃんは答えた。「一切は空」と。

 明日の担当は鳥居萌。私、斉藤とは正反対の唯物論的人間ラブ派として知られる鳥居さんは、そのラブをどう語るのか。待て次回。

この記事は怪獣歌会アドベントカレンダー5日目の記事です。

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