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量子重力理論において「時間」は存在しないとは?

物理学者が「時間は存在しない」と語る場合があります。多くは量子力学と一般相対論の融合を目指す量子重力理論の文脈です。その意味を説明してみましょう。

まずは古典的な平坦時空の性質を記述する特殊相対論から考えてみましょう。図1では、横軸が位置座標で、縦軸が時間座標です。相対論では時間tに光速度cをかけて縦軸を図示します。図中の青い曲線はある粒子の世界線です。この古典的な時空においては、ちゃんと時間は存在をして、それは様々な時計を使って測定もできる対象です。

図1

この粒子に関する量子力学にも、もちろん時間tは現れます。その基礎方程式であるシュレーディンガー方程式では、粒子状態を表す状態ベクトルのパラメータとして出てきます。その状態の時間発展を記述するため、この方程式の左辺には時間微分項も必要となります。


ところが量子重力理論は量子的な時空(一般には曲がった時空)の理論であるため、形の異なる時空の量子的な重ね合わせを考えることができます。重ね合わさっているそれぞれの時空の中には、それぞれの決まった時間軸や時間座標はありますが、それら1つ1つは重ね合わさる他の時空の時間軸や時間座標系と異なる場合も出てきます。それぞれの時空の形が違うので、その時空内部の時間の流れ方も異なってしまうためです。時間を測る時計も、各時空の中で違う運動をしてしまいます。そのような状況で、時空が重ね合わさってしまった全体の量子状態は、特定の時空での時間の流れを選んで、それを外部時間とするもできません。

では重ね合わせの時空の量子状態のシュレディンガー方程式はどうなるのでしょうか?量子重力理論の基本方程式は以下のようになります。

これをシュレディンガー方程式のように敢えて書くと次のようになっています。

これはウィーラー-ドゥイット(Wheeler-DeWitt)方程式と呼ばれ、時空の重なりも記述する時空の波動関数、つまり量子的な宇宙の波動関数ψに対する方程式になっています。その波動関数は、引数(パラメータ)としてその宇宙の形を示す計量テンソルhを含みますが、時間を含みません。どの時空の時間tも出て来れないため、ψには時間が現れません。元のシュレディンガー方程式には在った時間微分項もウィーラー=ドゥイット方程式では消失しています。つまり時間がこの理論から消えているのです。これが「時間は存在しない」という内容になります。

でもこれはある意味当たり前のことです。様々な時間の流れをもつ異なる時空を重ねせてしまったのですから。しかし本当に物理的な時間も消えてしまったのでしょうか?多くの物理学者はそう考えてはおりません。

時間を測る物理的な時計の自由度を理論に加えれば、時間の情報を抽出できるのではないか?例えばhの自由度の1つである、宇宙の大きさを表すパラメータaに物理的な時計の役目をさせることもよく議論されています。また物質場φも理論に加えて、その場がどのような値を持つのかを議論したりもします。その場合にはφ=φ(a)を「時刻aにおける場の値」と解釈するのです。すると熱力学第2法則によって現れる時間の矢もこのような設定では論じることが可能になります。様々な物理量の相関、つまり関係性から、物理的な時間を読み出す方法です。このような方法論や解釈では、本当の時間は消えていないとも言えます。 ただし、この時間を使って普通の確率解釈をすることができるかは分かっていません。重ね合わせの宇宙のうち、途中で宇宙のサイズ自体が収縮に転ずる宇宙もあり得ます。その宇宙だけ時間逆行が起きてしまいます。すると全体としての確率保存がそもそも成り立つのか疑問にも思えます。

物理学者は様々な時間概念を持っています。「時間は存在しない」と彼らが言ったとき、「どの時間のことですか?」とまず質問して頂けると、「時間」ではなく、その誤解が消滅すると思います。


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