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大学の数学科に行くべきか、物理学科に行くべきか? -受験生へのアドバイス-

受験生の方で、大学で自分は理論物理学を学びたいのか、それとも数学を学びたいのかと悩まれている方もいらっしゃるかもしれません。どちらも言語として数式を使いますが、その使い方は全く違うとも言えます。

数学科の数学では、前提を一旦決めれば飽くまで例外を許さない厳密な証明を目指します。一方、理論物理学者のヴォルフガング・パウリも言っていましたが、多くの物理学者は自然現象の典型的な特定の例にこそ関心があり、自然界では実現しなさそうな例外にはあまり興味を持ちません。

物理学の雰囲気を伝えると、たとえば有理数では1の値をとり、無理数では0の値をとる関数などは、それが実際に重要となる自然現象に出会う前には、ほとんど注意を払わないことも多いのです。逆に滑らかで何回でも微分が可能な関数の性質に興味を示したりします。

なお物理学者でも厳密な数学に強い研究者ももちろんいます。ここで述べているのは、世界中で私が接してきた、標準的と思われる理論物理学者の中心値くらいに捉えてください。

その前提で言いますと、物理学者の数学の使い方は数学者から見れば、野蛮人の「蛮勇」という感じです。自分が得た物理の直観を表現するためには、数学の常識を超えた「数学」を自分で作ってしまったりします。数学者から言わせれば、それはきちんとした数学にはまだ成っていないのですが。

たとえば量子力学の草創期に、理論物理学者のポール・ディラックは普通の関数の枠に入らないデルタ関数を導入しました。当時の数学では記述できない概念でした。ところが後に数学者の佐藤幹夫やローラン・シュワルツによって、それは超関数という厳密な数学概念として整備されます。このようなことは理論物理学で頻繁に起こります。

理論物理学者の実際の研究現場では、「まずはやってみて、困ってから論理を戻り、その数学を厳密に考えよ」というスタイルもよくあります。積分と微分の順序の交換や、積分と極限操作の交換は、得た結果が物理的に変だと思うときに、計算を遡ってチェックをしたりするのです。物理学の仕事は「探偵」であるからです。これについては下記の記事を参考にしてください。

たとえば物理学の場の量子論には、数学者が見ると卒倒しそうな無限大発散する積分の羅列が出てきます。発散しているその積分を正則化(有限化)し、変数変換や計算をした後で、改めて極限をとるなどを、物理学者は平気でします。しかしこのような計算により、驚異的な精度で実験結果を説明することができます。異常磁気能率という量の計算では、実験データの10桁以上を正確に予言できてしまいます。

また物理学者がそのような蛮勇を振るって計算をしたおかげで、興味深い結果を得て、それを更に深く考えたことが、重要な物理学の発見の切っ掛けとなったこともあるのです。場の量子論の量子異常の発見も、その一つでした。古典理論にはあった対称性が量子的に壊れてしまう例が見つかったのです。その計算も、全うな数学者だったら決してしない計算です。でもこの量子異常は、後にパイ中間子の崩壊過程の実験で実際に確認されたのでした。

更に理論物理学のこの量子異常の研究は、純粋数学のトポロジーとも結びついていきます。トポロジカル不変量で量子異常項が書かれれることが、理論物理学者によって示されたのです。すると数学分野のこれまでの膨大なトポロジーの研究成果が、一気に理論物理学を進展させます。そういうこともあるのです。

数学者と物理学者の協同については、他にも有名な例があります。たとえばアルバート・アインシュタインは、数学者の友人だったマルセル・グロスマンに微分幾何を教えてもらいながら、一般相対論の数学的骨格を作っていったのです。野蛮で力強い数学を使う理論物理学者と、繊細で厳密な数学を作り上げる数学者の協同はこれまで様々な場面で起きて、物理学を大きく発展させました。

21世紀も、物理学と数学の有意義な共同作業に私個人としては期待をしております。それには数学者の価値観を物理学者はおさえ、また数学者の方にも物理学者の価値観をきちんとおさえてもらう相互理解が、対等な信頼関係を築くのに必要と思うのです。若い物理学徒と数学徒の皆さんにも、私はそのような共同作業を期待しています。

これまでに見てきたように、理論物理学者と数学者が使う数学には大きな違いがあります。ですから大学で理論物理学をしようか、数学をしようかと悩む若い方は、まずは図書館や書店で、大学の物理学と数学の教科書を眺めてみることをお勧めします。それだけでも自分はどちらをしたいのかが、大体分かるかと思います。またオープンキャンパスに参加したり、アポイントメントをとってから研究室を訪問することで、直接研究者から話を聞くこともお勧めします。


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