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断片にしかなり得ない記録ー千夜一夜物語とブライオン・ガイシンによるジャジューカ録音

写真はジャジューカ村2017©️Miho Watanabe

このnote、始まって早々に更新が滞っている。途中まで書いては下書き保存しているのが何片かあって、完成形を目指すとどうしても投稿ボタンを押すことができない。それではいつまで経っても更新できないだろう。「続きはまた明日」という『千夜一夜物語 ألف ليلة وليلة』方式にすればいいということに気づいた。そうやってシェヘラザードは処刑を免れたのだ。

そんな『千夜一夜物語』から、ブライオン・ガイシンBrion Gysin(1916ー1986)はどんなインスピレーションを受けたのだろうか。

ブライオン・ガイシンとは、イギリスの詩人、画家、パフォーマー・・・。まるで肩書きを持つことを拒否するようにボーダーに立っている。世間にはウィリアム・バロウズと一緒に「カットアップ」の方法を発見した人として知られている。一部のフリージャズ愛好者にはスティーヴ・レイシーと一緒にレコードを作っていることでも知られているだろう。「ドリームマシーン」の発明者でもある。そして、私にとって興味深いのは、彼が1950年代にモロッコのタンジェに移り住んでジャジューカの音楽に魅了されて、その後にカットアップに取り組んでいったということだ。

ガイシンはジャジューカ村出身の画家モハメド・ハムリと知り合い、ジャジューカ村の音楽に出会ったという。すぐに魅了されて、まさに間章のいう「このバンドのためならなんでもする」状態に陥ってしまったようだ。1954年、ガイシンはこのジャジューカの音楽を毎晩聴かせるためのレストランをハムリとともにタンジェに開業した。その名も「千夜一夜 1001 nights」レストランである。当時のタンジェは1956年のモロッコ独立まで国際管理地域だった。ローリングストーンズのブライアン・ジョーンズがその死の直前に『The Pipes of Pan of Joujouka』をリリースしたのが1968年だから、その十数年前からジャジューカの音楽のヨーロッパ〜世界への窓口は準備されていたのである。

ガイシンが1950年代に集めたジャジューカ村でのフィールド録音はこのアルバムに収められている。2枚組のディスク1にフィールド録音、ディスク2にはガイシンの朗読が収められている不思議なアルバムで、ガイシンの死後、1998年にまとめられた。クレジットによると、1986年のガイシンの死の直前、本人からあるフランス人画家に渡されたオープンリールによって構成されているという。

『One night @ the 1001 vol.1/ Moroccan music recorded by Brion Gysin』Sub Rosa SR142

クレジットに内容の詳細がないので、聴いた限りのメモ。

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【ディスク1】1 笛のソロ/2 ウード(撥弦楽器)のソロ/3 カマンジャ(擦弦楽器)のソロ/4 カマンジャとヴォーカル/5 ウードと太鼓とヴォーカル(リード&大勢)/6 ウード/7 ウードと太鼓とヴォーカル/8 カマンジャと太鼓とヴォーカル ・・・ジャジューカ村でこの歌聴いた気がする/9 ウードと太鼓/10 ウードとヴァイオリン/11 ウード ・・・とても洗練されている。アンダルシアの香りがする。ジャジューカ村にこんな演奏をする人がいたとは!あるいは別の地域での録音か?/12 ウードと太鼓とカマンジャとヴォーカル(リード&大勢)

【ディスク2】1ー41ガイシンの朗読

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驚くのは同じ「ジャジューカ」の録音であっても、ブライアン・ジョーンズの録音とは似て非なるものであることだ。ジャジューカというとガイタ(チャルメラ)と太鼓(ティベル)のハードな万華鏡のようなめくるめく演奏を指すかのようだが、それはブライアンのレコードから受けるイメージを拡張させたものだろう。ブライアンのレコードはジャジューカの録音の断片に、かなり手を入れた完璧主義ブライアンの手による作品である。

では、ブライオン(ガイシン)の方は1950年代のジャジューカで何を記録したかったのか。ガイシンは村の音楽の様々な素朴な断片を切り出している。歌、ちょっとはずれた歌、大勢で歌われる歌、笛、カマンジャ、ウード・・・。

ジャジューカの音楽に、私が感じる魅力は、まさに、単数形の「音楽」と複数形の「音楽」が同居しているところだ。(その凄さ、その面白さについてはまたいつか書くとして)。ブライアン(・ジョーンズ)のジャジューカもブライオン(・ガイシン)のジャジューカも「ジャジューカ」なのである。いや、もはやどちらも真の「ジャジューカ」ではないのかもしれない。

「千夜一夜物語」は「アラビアン・ナイト」として知られ、そのエロチックさエキゾチックさで魅惑的だけれども、私が思うにその魅力はそれが一人の作者の手によるものではなくて、何百年もの年月をかけて、あちこちから物語が拾い集められたものが連ねられているところにもある。版や翻訳によって様々の様相となる。千夜一夜物語とジャジューカの録音の断片が、ガイシンを通して地続きに聴こえてくる気がするのだ。

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