【永田HC勇退に寄せて】 10試合で振り返る永田ベレーザ栄光と苦難の軌跡
2023年7月18日、新シーズンへ向け新たな活動をスタートしたベレーザの指導陣から見慣れた名前がなくなっていた。
6年間5シーズンに渡りチームを指揮した永田雅人氏の退任およびアカデミーコーチへの就任が発表されたのであった。
本noteはベレーザが永田氏とともに歩んだ栄光と苦難の5シーズンを10試合で振り返る。
①2018 プレナスなでしこリーグ1部 第1節 vs セレッソ大阪堺レディース(H) ◯3−1
2018年、森栄次監督(当時)の下リーグ3連覇を達成したベレーザは彼の退任と共に新たな監督の就任を発表する。
新監督の名は、永田雅人。
当時育成年代の指導を中心にコーチとしてのキャリアを築いていた彼の名は、おそらくよみうりランドに熱心に通うような一部のファンにしか馴染みがなく、男女いずれもトップチームでの指導経験を持たない彼の監督就任は、彼自身にとってもクラブにとっても大きなチャレンジであった。
当時の女子サッカーは4−4−2でブロックを形成しながら守り、攻撃では選手たちが即興性を持ってプレーを選択することが多く、またその為、比較的スペースの空きやすいサイドからクロスを入れて攻撃を組み立てるチームも多く、クロスがそのままゴールに入る”シュータリング”も度々観られ”女子サッカーのレベルの低さ”と引き合いに出されることもしばしば見受けられていた。
当時のベレーザも例外ではなく、非ポゼッション時4−4−2の形になりながら、ポゼッション時には10番の籾木が9番田中美南の後ろに下がり4−2−3−1の形になり、阪口が攻守にバランスを取りながら全員が局面毎に即興的にボールホルダーへパスのオプションを提供する形でプレーをしており、
また、後半にはその前年に下部組織所属ながら持ち前のスピードを活かし鮮烈なデビューを飾った植木理子を中盤の選手に代えて投入し前線に3枚並べることで、中盤から一気に相手の最終ラインの裏へボールを入れゴールを狙う戦い方が定番となっていた。
そのような経緯もあり、永田監督の志向する「2つ、3つ先の局面でチームが優位を作れるようなポジショニング(必ずしも今の局面でボールに絡むとは限らない)」は選手にとっても大きなチャレンジであったことは想像に難くない。
そんな”新しいチャレンジ”に挑み迎えた新シーズン開幕戦は、あいにく天候も味方をしなかった。
2018年3月21日、この日東京は季節外れの大雪に見舞われ、試合開始の直前まで運営のお手伝いにきていたメニーナの選手たちが雪かきをする必要があるほど雪が積もったピッチは、新生ベレーザの目指すポゼッション志向のサッカーを行うには最悪のコンディションであった。
そんな厳しい環境の中、永田ベレーザの先発はアンカーの位置に阪口、8番の位置に上辻、隅田が並び、両ウィングには(今でこそ信じられないが)中里、長谷川を起用。
全員がやり辛そうにプレーをする中、前半25分には左サイドを崩されオウンゴールを献上してしまう。
嫌なムードの漂う前半終盤、長谷川のクロスに阪口が頭で合わせ同点に追いつく。皮肉なことに、4−3−3の6番の選手がクロスに頭で合わせるという、理想とは異なった形での同点弾となった。
この直後、永田ベレーザは最初のターニングポイントを迎える。
豊富な運動量と的確な読みでポゼッションを失った直後から守備をできる長谷川、中里がそれぞれ上辻、隅田とポジションを入れ替え8番で起用される。
その甲斐もあり、ベレーザは徐々にポゼッションする時間を狙い通りに長くすることが可能になり、さらにHT後に両ウィングに植木、宮澤が投入されたことにより、サイドで攻撃力のある選手が相手守備を引きつけ中盤にスペースを作り8番の選手が空いたハーフスペースが攻撃を組み立てる形の原型が完成した。
53分には田中が落としたボールを宮澤が前線へスルーパスを出し、8番の位置から飛び出した長谷川が逆転ゴールを決め、さらに86分には宮澤ひなたが3点目を決めチームは見事開幕戦を勝利で飾った。
②2018 プレナスなでしこリーグ1部 第8節 vs マイナビベガルタ仙台レディース(H) ◯2−0
開幕戦をなんとか勝利で飾ったものの、”新しいサッカー”を目指すベレーザは苦戦していた。
第7節まで終わって4勝1敗2分ではあったが、どの試合も「パスを繋ぐためのパス」が多く、理想とする「より良いチャンスを作るため、次のワンプレーに優位を作るパス」とはかけ離れた試合が続いていた。
第7節日体大FIELDS戦後のインタビューで田中美南が
と語ったことに象徴されるように、フラストレーションの溜まる試合が続いていた。
そのような中迎えた第8節マイナビベガルタ仙台レディース戦。次節にはINAC神戸レオネッサとの大一番も控える中、6番でプレーする三浦成美、8番でプレーする中里優、長谷川唯が序盤から4−4−2でプレーする仙台のラインとラインの間に常にポジションを取り、相手を引きつけながらボールを受けてはフリーの選手へパスを繋いでいく。
開始早々7分に田中が先制点を挙げたことも手伝い、この日のベレーザの選手たちは中盤の3人を中心に、自らの与えられたポジショニングの役割を丁寧に確認するかのようにプレーを続け、終始ボールを支配。
高い位置まで押し込むことで、ボールを失ってもすぐさま安全な位置でボールを奪い返し、また攻撃に数的・位置的な優位を作りながら相手ゴールへ迫っていく。
この頃には岩清水が試合後のヒロインインタビューで「自分たちにはボールを保持することが守備になるという考え方もある」と語るなど、選手にポゼッション志向のサッカーの原理が浸透していることも伺えるようになる中で、ベガルタ戦終了後、
と岩清水が語ったように、選手たちが”新しいサッカー”を物にした手応えを掴んだ試合であった。
INACとの大一番を前に、永田ベレーザの本当の意味での始まりを迎えたのであった。
③2018 プレナスなでしこリーグカップ1部 Aグループ 第7節 vs アルビレックス新潟レディース ◯0−3
「4−3−3への適応」が大きなテーマとなっていた永田ベレーザ1年目の前半戦、その中で例外的な試合が1試合あった。
2018年6月23日新潟県新発田市で行われたリーグカップグループステージ第7節アルビレックス新潟レディース戦は、U-20代表に招集された植木、宮澤、宮川がおらず、4−3−3で外側に張って相手のマークを間延びさせるウィンガー、空いた内側のスペースに入っていけるフルバックを欠いたベレーザは、9番田中美南のすぐ後ろに10番として籾木結花、長谷川唯の2枚を置く4−3−2−1、いわゆる”クリスマスツリー”のフォーメーションで臨んだのであった。
後ろから横に繋ぎ一気に前線へ長いボールを入れる新潟に対し、クリスマスツリーの陣形で”幅”を欠くベレーザは、新潟のロングボールの供給源へのプレスが掛からず何度かピンチを招いていたが、攻撃面ではその”狭い”フォーメーションで空いたサイドのスペースに隅田凜が飛び出しチャンスを作る。
後にベレーザから仙台へ移籍することになる隅田は「ボールに絡まなくても居るべき所に居る」という新しいポジショニングのコンセプトに馴染むことに一番苦戦していた選手の一人であった。
しかし、この日の3点目が右のスペースに飛び出した隅田から一気に左サイドに居るフルバック有吉への大きなパスが起点となり生まれたことに象徴されるように、目の前にスペースとそこに侵入していく自由を与えられた隅田は攻守に躍動。
代表活動で選手を取られることの多いベレーザというチームで、現有戦力を最大限に活かすことのできる戦術的な引き出しの多さと柔軟な対応力という永田采配を象徴するような試合となった。
④2019 女子クラブ選手権 FIFA/AFCパイロット版トーナメント M3 vs 仁川現代製鉄(N) ◯ 0-2
時計の針を一気に進め、時は2019年11月29日。ベレーザは真冬の韓国にいた。
前年に産みの苦しみを経験しながらも新しいサッカーを見事に自分たちの物にしたベレーザは国内タイトル完全制覇を果たし、翌2019年も”完勝”や”圧勝”と呼ぶにふさわしい試合を積み重ね、この時点ですでにリーグカップ、リーグの二冠を達成していた。
永田ベレーザがポゼッション志向のサッカーで躍進を続ける中、同年夏に行われた女子W杯ではなでしこジャパンは高倉麻子監督(当時)の下、4−4−2を基本システムとした旧来からの”日本女子サッカー”で臨み、決勝トーナメント1回戦で敗退。
その一方で、2019年大会では、男女平等への取り組みを当たり前に経験してきた世代とその親が消費者の中心になってきた時代背景に後押しをされた欧州で女子サッカークラブへの投資が拡大している恩恵を受け、これまでアメリカや中国といった男子では”非サッカー大国”とされる国々が強豪であった女子サッカーにおいて、ついに欧州勢が”サッカー大国”の本領を発揮。開催地がフランスであったことも重なり、プレーの質や人気といった環境の面で欧州女子サッカーの発展を目の当たりにすることとなり、「世界の女子サッカーの進化と対照的ななでしこジャパンの停滞」を大きく印象づける大会となった。
そのような経緯もあり、日本女子サッカーを観る者の中に「このベレーザのサッカーだったら日本人は世界を相手にどこまで通用するのだろう?」という疑問が自然と湧き上がっていた中で、FIFAおよびAFCが将来の”女子版ACL”の試金石として東アジア4カ国を招待し開催した女子クラブ選手権は「ベレーザ対世界」の"if"を実現するものとなった。
この僅か2日前に行われた江蘇蘇寧女子足球倶楽部(中国)との一戦ではブラジル人FWの2トップが持つ強力なフィジカル、スピードに圧倒され、国内では経験することのない試合感覚に苦戦。事前の情報も殆どない中で試合の最中に適応することを求められたベレーザはなんとか1−1の引き分けに持ち込んだ。
2戦目の対戦相手となった仁川現代製鉄レッドエンジェルズはホスト国韓国の王者であり、当時国内で対戦することのなかったベレーザ同様のポゼッション志向のサッカーをするチームであった。
初戦で海外勢との試合に適応したベレーザは、この日序盤から”ベレーザらしさ”を発揮する。
両ウィンガーがサイドの深い位置までエグりながら、2列目、3列目も常に高い位置を取り相手を押し込み、ポゼッションを失っても高い位置で回収することにより相手のカウンターの芽を潰す。
良い形で試合を進めながらも先制点を奪えないまま前半が終了したが、後半開始直後にゲームは動く。
この日何度も左ウィングから相手を押し込んでいた植木が、セリアス、メニーナ時代から得意としていたカットインからのシュートで先制。
勢いに乗るベレーザは逆のサイドから小林が、中盤から籾木が次々とシュートを放ち、終始相手のピッチサイドで試合を進めていく。
試合終了間際、2分のアディショナルタイムの表示にも関わらず、怪我などの中断を経て中々試合が終わらず、相手に押し込まれそうになった場面で、92分に投入された宮澤ひなたが94分に中央で待つ小林里歌子へパス、小林が勝利を決定づける2点目を決めた。
さらにこの試合ではフルバックで起用された当時メニーナ所属の後藤若葉もサイドの制圧に大きく貢献した。
ACL終了後に有吉が
と語ったように、厳しい日程の中、下部組織の選手も交えてターンオーバーした采配が的中。
当時のベレーザは代表に10人前後が招集されることも珍しくなく、メニーナから大量に選手を起用してカップ戦を戦っていたのも当時の永田ベレーザの特徴であったが、アジア制覇の重要な局面でもその経験が活きたと言えるだろう。
後にINAC神戸へ移籍することとなる山下杏也加が、移籍後のインタビューで
と語ったように、永田ベレーザのサッカーが世界へ通用することの手応えを感じた一戦であった。
⑤2019 皇后杯 第41回全日本女子サッカー選手権大会 決勝戦 浦和レッドダイヤモンズレディース(N) ◯1−0
中1日の過密日程で行われたACLから帰国後、中3日で行われた皇后杯3回戦、その僅か4日後の準々決勝を経て、大雨のNACK5スタジアムで行われた準決勝ちふれASエルフェン埼玉戦。ベレーザは、厳しいコンディションの中、下部リーグ所属のエルフェンに対しあわやという場面もありながらも延長戦で辛くも勝利をした。
そんなベレーザが皇后杯決勝に迎えた相手は2019シーズン4度目の対戦となる浦和レッズレディースであった。
永田監督の前任である森栄次監督率いるレッズレディースとは対戦を重ねる毎に、お互いがお互いの対策を練り、切磋琢磨することで、高度な試合へと進化していった。
4度目の対決となったこの試合ではベレーザはポゼッション時はいつもの4−3−3の陣形で並びながら、一度ボールを失うと、右の8番でプレーする籾木が一列前に飛び出し、空いた所に6番へプレーする三浦が入り4−4−2になる可変システムを採用。
可変システムで田中、籾木が浦和CBのパスコースを制限しながら中央へパスを誘い込み、ダブルピヴォットがボールを奪取するベレーザの作戦は見事に的中。これにより同年、森監督によりFWからライトバックへコンバートされた清家へCBから長いボールを通すことができなくなった浦和は、前半終了間際には最終ラインまで下がってボールを受けた6番の柴田がパスの出しどころがなくしばらくボールをただ持っている場面も観られた。
就任初年度は”自分たちのサッカー”を目指していたベレーザであったが、2年目の最終戦では”自分たちのサッカー”を土台にしながら”相手の長所を消す対策”を実行するまでに進化したことを示しながら、永田ベレーザは四冠王者となったのであった。
⑥2020 プレナスなでしこリーグ1部 第3節 vs 浦和レッドダイヤモンズレディース(A) ●1-0
2019年夏に4年連続得点王になりながらもW杯メンバーからまさかの落選を経験したエースストライカー田中美南が、シーズン終了後に当時国内で唯一のプロクラブであったINAC神戸レオネッサへ移籍。
エースを失い新しいシーズンへ再出発の準備を図るベレーザであったが、新型コロナウィルスによるパンデミックにより、サッカーはおろか、ありとあらゆる人と人の接触が制限されるようになり、自国開催で選手のモチベーションも高かった東京オリンピックは延期、新シーズンの開幕も延期されることとなった。
さらに、開幕延期期間中にチーム随一の創造性で攻撃のタクトを振った籾木結花のNWSL挑戦が発表され、中心選手を更に失ったベレーザは、満足にチームでの練習が行えない中で2020シーズンを迎えることとなった。
田中美南の不在に対し、永田監督が提示した答えは非ポゼッション時4バック、ポゼッション時3バックに可変しながら前線で小林里歌子、植木理子という二人のストライカーを活かすシステムであった。
新しい戦術を落とし込むにはあまりにも難しい状況の中で迎えたリーグ第3節、可変システムによりコンパクトな中盤に人数をかけながら細かく繋ぐことでチャンスを作るも
得点は遠く0−1で敗戦となった。
永田ベレーザも3年目に突入し、他クラブの”ベレーザ対策”が定番化してきたのもこの頃であった。
この試合では前線で浦和FW菅澤がパスコースを限定しながら、
ベレーザアンカー三浦へのパスを徹底的にマーク。
2014年に当時のエース後藤三知の献身的な前線からの守備によりリーグ優勝を果たした浦和レッズレディースであったが、度重なるベレーザとの対戦を経て、浦和の前線からのプレスはよりデザインされたものになっていった。
ライバルチームの戦い方が洗練されていったことも「永田ベレーザが日本女子サッカーに残したレガシー」の一つであると言えるだろう。
⑦2020 プレナスなでしこリーグ1部 第9節 vs ジェフユナイテッド市原・千葉レディース(A) ◯1−3
パスセンスに秀でたCB土光、最終ラインから一気に高い位置へ上がり攻撃に加わるライトバック清水という可変システムの鍵を握った二人が怪我で長期離脱となり、新たな戦いを模索することが求められた永田ベレーザ。
当時チームの中心となっていた「96年組」から唯一離脱せずプレーを続けた長谷川の攻撃力を最大限に活かすため、ダイアモンドの頂点に彼女を据えた4−3−1−2のダイアモンドのフォーメーションを採用した。
その期待に応え、周りの若い選手をゴールという結果で牽引するかのように、2020シーズンの長谷川は30m以上の距離から相手GKの頭上を越すシュートを何本も決めゴールを量産した。
2020年10月31日、秋晴れの中行われたジェフレディース戦でも、長谷川の長距離ループシュートによりベレーザは先制。
その後一度は同点に追いつかれたものの、主力離脱後に着実に頭角を現していた木下桃香の決定的なパスから2点が生まれ、ベレーザは3−1で見事に勝利を飾った。
この試合、特筆すべきは遠藤純の8番での起用であった。
JFAアカデミー福島でエースとして常にボールに触り試合を作ってきた彼女にとって、永田ベレーザで求められる「ボールに絡まなくても次のワンプレーで優位を作るために居るべき場所に居る」というポジショニングはハードルが高いものであった。
当時の永田監督は遠藤を比較的ポジショニングのタスクが簡素なウィンガーやレフトバックとして起用することが多かったが、8番で起用する珍しい采配に、この時期の試行錯誤の苦労が見え隠れする。
苦悩が続いた2020シーズンは結果的に3位に甘んじることとなった。
⑧2021-22 Yogibo WEリーグ 第20節 vs アルビレックス新潟レディース(A) △0-0
2021年、日本女子サッカー初となるプロリーグ、WEリーグが開幕。秋春制への移行のため長いオフシーズンとなったが、その間に前年チームを牽引した長谷川唯がACミランへ移籍し、また絶対的守護神でありベレーザのビルドアップに欠かせない存在となっていたGK山下杏也加がINACへ移籍。さらに、WEリーグの新たな規定により男性監督にはS級ライセンスが必須となった為、A級ライセンスしか持たない永田監督は新たにヘッドコーチに就任し、監督には当時ベレーザGMを努めていた竹本一彦氏が兼任することとなり、ベレーザは新リーグの開幕を新体制で臨むこととなった。
チーム随一のプレーメーカーを失ったベレーザは、小林、植木を中心とした高い位置からの激しいカウンタープレスでトランジションからチャンスを作り、ポゼッション時には選手が流動的にローテーションしながら深い位置までボールを運ぶことを狙うが、若返ったスクァッドは勝ちきれない試合も多く3位に低迷していた。
INACが首位を独走し「初代王者」という目標がなくなる中、少しでも次のシーズンに繋がる戦いをしたい状況で迎えたリーグ第20節アウェーのアルビレックス新潟戦は、永田ベレーザのトレードマークとなっている4−3−3で新潟のローブロックを攻め立てる。
しかし、1点が遠いベレーザは試合残り時間10分のところで3バックへシステムを変更。
左CBに入った土光が果敢にオーバーラップをしながらゴールに迫った。
試合は最後まで均衡が破られることなく0−0の引き分けで終わったが、国内女子サッカーでは多くのチームが1点必要な場面では守備の選手をPA内に入れるパワープレーを選択するところを、3バックに変更しCBがサイドにオーバーロードすることで前線の人数を増やすという、永田HCの戦術面での引き出しの多さを見せる試合となった。
⑨2022−23 Yogibo WEリーグ 第7節 vs 大宮アルディージャVENTUS (A) ◯0−2
ここまでの振り返りでは”試行錯誤”の印象が強かった3バックであったが、2022-23シーズンではタイトル獲得の中心的な役割を果たす重要なシステムへと進化を遂げる。
WEリーグ初年度となった2021−22シーズンをクラブとしては久しぶりの無冠で終え、またシーズン開幕前に実施されたWEリーグカップでは決勝で一時は3−0とリードしながらも追いつかれPKで敗退という悔しい経験をする中、2年ぶりの優勝を目指し臨んだ皇后杯。4回戦から参戦したベレーザは、マイナビ仙台レディース戦で早々に先制点を挙げ快勝。準々決勝まで少し間隔が空いた状況で、クリスマスイブのこの日、敵地大宮に乗り込みWEリーグ第7節を戦っていた。
この日のベレーザは非ポゼッション時最終ラインに右から宮川、村松、岩清水、宇津木が並ぶ4−2−3−1のフォーメーションであったが、一度ボールを持つとライトバックの宮川が高い位置まで上がり、ピッチ中央に右ウィンガーの藤野が入り3−2−5のWMシステムに可変する形を採用。
宮川の大胆なポジショニングにより大宮の4バックは常に1枚人数が少ない状況となり、ベレーザは攻撃時に優位を作った。
さらに、この可変システムでは、それまでに採用していた4−3−3や4−2−3−1のフォーメーションでは、シュート力の高い植木、小林、藤野の内、一人以上がワイドでプレーしなくてはならなかったが、最終ラインからオーバーラップしてきた選手がワイドのエリアを埋めることで3人全員がゴールに近いところでプレー出来ることも強力な武器となった。
この後1試合を挟み再開された皇后杯では可変WMシステムで躍進。
決勝ではライバルINAC神戸レオネッサに4−0で圧勝し、永田ベレーザ最後となるタイトルを獲得するのであった。
同時期にイングランドではマンチェスター・シティもベレーザ同様のWMフォーメーションを採用し、リーグ、カップ、CLの三冠を達成することになるが、世界のサッカーの進化と同じ速度で新しいアイディアを取り入れる永田HCらしい采配であった。
⑩2022-23 Yogibo WEリーグ 第22節 vs アルビレックス新潟レディース(A) ◯2-3
永田ベレーザ最後の試合となったアウェー新潟戦は奇しくも体制発足後から基本システムとしてきた4−3−3での試合となった。
監督就任間もない頃は必ずしもフルバックが内側にポジションを取っていたいた訳ではなかったが、就任から6年が経ち迎えた最後の試合ではライトバック宮川、レフトバック宇津木が共にアンカーの木下の近い位置でプレーし2−3−5を形成。
この試合ではローブロックを敷く新潟に対し、再三最終ラインからボールを持ち上がり、相手のプレスを剥がすチャレンジを続けるが、そのチャレンジが仇となり、前半に後ろの個人のミスから2失点してしまう。
しかし、様々な困難に瀕しても、一喜一憂せず、一貫した哲学を持って成長を続けたかつての永田ベレーザの姿と重なるように、この日のベレーザは前半の失点をものともせず、最後まで後ろから繋ぎ、運び続け、60分の山本のゴール、さらに61分のCB坂部のミドルシュートによる同点弾で一気に追いつく。
さらに79分にはこの日が永田HC同様にベレーザとして最後の試合となった小林里歌子が逆転弾を決め、リーグ順位が既に3位に確定している中で行われた永田ベレーザ最後の試合を見事勝利という結果と”らしさ”を体現する内容の両方で飾った。
いつかまた逢う日まで
監督就任時、当時既に国内敵なしであった絶対王者のサッカーをさらに進化させ、世界と渡り合えるレベルにまで到達した栄光の時代から、世代交代やパンデミック、主力の長期離脱等の様々な困難の中で試行錯誤しながら乗り越えてきた時代まで、決して平坦ではない道を歩んできた永田ベレーザ。
しかし、どんなときもピッチにあったのは”女子サッカー”という枠に囚われない”サッカー”に対する情熱であった。
2020年のインタビューで当時チームの中心であった長谷川唯が
と語った通り、国内の女子サッカーではまだまだ「女子サッカー」という枠に多くの関係者が囚われている現状がある。その中で、この6年間、永田ベレーザのように「サッカー」を男女関係なく「サッカー」として捉え最新の戦術やトレーニングを柔軟に取り入れることで生まれるサッカーが秘める可能性を示し続けてきた事実は、現在世界に大きく差を開けられている日本女子サッカーにとって希望の光となるのではないだろうか。
大きな進化を遂げている世界の女子サッカーであるが、米NWSLや欧州下位チームではまだまだアスレティシズムを重視しトランジションを中心としたサッカーが根強い。その為、”個”でなんとかしてしまう上手さの価値は、男子サッカーよりもまだまだ重宝されている現状にある。
しかし、バルセロナを始めとする一部のトップクラブでは戦術面でも飛躍的に進歩しており、かつて男子で見られたように、そのような潮流がやがて女子でもメインストリームとなっていくであろう。
永田ベレーザの申し子である長谷川唯が現在、男子と同じサッカーの哲学を持つマンチェスター・シティで活躍していることは、永田ベレーザのサッカーが世界トップクラブと地続きであることの証明ではないだろうか。
世界トップクラブが当たり前に行っているサッカーと地続きのサッカーを国内で実践するということは、そのような潮流が既に確立されている男子では女子以上に価値がある。当面はアカデミーのコーチとして活躍することがクラブからリリースされているが、いつかS級ライセンスを取得し男子クラブの指揮を取る日が来たとするならば、そのクラブから巣立っていく選手たちはきっと世界の高みへ羽ばたいていくだろう。
永田HCがベレーザで見せてくれた夢の続きを、いつかヴェルディで見せてくれるその日が来ることを願い、彼がベレーザの歴史に刻んだ偉業に感謝したい。
永田さん、ありがとうございました。
もし面白いと思っていただけたり、興味を持っていただけましたら、サポートではなく、ぜひ実際にスタジアムに足を運んでみていただけると嬉しいです。