'22-'23 日テレ・東京ヴェルディベレーザ シーズンレビュー 後編

(前編はこちら)

替えが効かない選手の代わりを担った天才

2018年、永田雅人監督(当時)就任に伴い、ベレーザはこれまでの即興的な動きを中心に攻撃を組み立てる戦いから、各選手がボールに直接関わらないところでもポジショニングを正しく取ることで優位性を作る戦いに変更した。

そのような戦い方を実現する中で特に重要になるのは、360°の視界を常に確認し絶えずボールに関わらない所で位置取りを修正する必要があるアンカーのポジションである。

当時その役割を託されたのは3年連続リーグMVPに輝いた阪口夢穂であったが、ダブルピヴォットの4−4−2が当時の女子サッカーの主流のシステムであった背景もあり、必ずしもボールに関与しないシングルピヴォットの役割に苦戦、さらには膝の大怪我を負い長期離脱をすることとなった。

そこで白羽の矢が立ったのが三浦成美であった。

サイドハーフで活躍することも多かった三浦であったが、4−3−3のアンカーとして起用されてからはボールを収める確かな技術に加え、鋭い読みで攻守に活躍。チームに欠かせない存在となっていった。

そんな”替えの効かない”選手のアメリカ移籍後の初戦となった第9節エルフェン戦では、皇后杯で効果的であったWMフォーメーションではなく、4−3−3のフォーメーションが採用され、そのアンカーには木下桃香が起用された。

第9節 ちふれASエルフェン埼玉戦

三浦の移籍に伴い新たにサンフレッチェ広島レジーナから獲得した木﨑あおいをレフトバックに、ライトバックに宮川を起用しポゼッション時2−3−5でプレー。

最終ラインに新加入の選手も加わり、また他クラブのベレーザ対策として積極的なプレスを掛けるチームが増える中で、必ずしもビルドアップが完璧に出来ていたわけではなかったが、育成年代から技術の面では頭一つ飛び抜けていた木下は個人技で相手守備を突破、

第14節 サンフレッチェ広島レジーナ戦
第14節 サンフレッチェ広島レジーナ戦

第14節広島戦ではプレッシャーを受けながらもボールを受けると、その場でボールを頭上に浮かし相手守備を交わす等、その技術力の高さを見せつけた。

また相手の最初のプレスのラインを突破するだけではなく、持ち前の攻撃力をアタッキングサードでも発揮。第12節仙台戦では自らボールを持ち上がると

第12節 マイナビ仙台レディース戦

中央ゴール前の”Zone 14”と呼ばれるエリアから左サイドでフリーで待つ小林へスルーパス

第12節 マイナビ仙台レディース戦

その小林からクロスを受け取り

第12節 マイナビ仙台レディース戦

木下自らゴールを奪った。

WEリーグ屈指の才能を持つ天才が、さらに新たな才能を開花させる一年となった。

理想のビルドアップを目指して

皇后杯以降岩清水が離脱したことに加え、広島から木﨑が加わったことで、開幕前に加入した西川と合わせて、ベレーザの最終ラインのメンバーが大きく変化することとなった。

しかし、ベレーザ対策として多くのクラブがビルドアップの”出口”にあたるアンカーへのパスコースを塞ぐことが常套化した中で、新加入の選手が後ろからクリーンにボールを前進させることが難しく、第17節浦和戦ではその西川が狙われ

パスのオプションがない木﨑へパスを強いられ、木﨑からボールを進められることは出来ずポゼッションを失った。

昨季アストン・ヴィラからマンチェスター・シティに加入したジャック・グリーリッシュは、移籍当初は新しいチームのスタイルに順応することが出来ず成績不振に陥ったが、翌年はチームの主力として活躍し三冠制覇に多大な貢献を果たした。当時を振り返ったグアルディオラ監督は次のようにコメントしている。

私もいつも「その選手が信じ始めた時」が始まりだと信じている。ジャック(グリーリッシュ)自身が公の場で認めているように「自分はマンシティの選手なのか?それだけの能力があるのか?」と苦しんでいた。だが「自分には当然それだけの能力があるし、当然それだけの実力がある」とマインドセットが変わった瞬間から、彼は信じられない存在になった。(Always I believe that it’s when the players believe… Jack admitted publicly he struggled a little bit with belief. ‘Am I a Man City player? Am I able to play here?’ and the moment his mindset (changed) he was unbelievable, ‘Of course I am good enough to play here, of course I have the ability’.)

https://theathletic.com/4588976/2023/06/08/jack-grealish-100m-wanted-more/

西川、木﨑の他クラブから加入した両選手もディフェンダーからボールを自信を持って扱うことが求められるベレーザでは、来季こそ自らを信じさらなる飛躍の年となることを期待したい。

勝つべき試合に引き分け苦しい状況が多かったリーグ後期であったが、明るい話題もあった。

皇后杯準決勝で負傷し離脱していた菅野奏音の復帰である。

木下とダブルピヴォットを形成し、中盤から前線へ鋭いパスを供給する彼女は、

第14節 サンフレッチェ広島レジーナ戦

ダブルピヴォットとして最終ラインへのもう一つのパスコースとなることでビルドアップを助けただけでなく、どちらか片方が最終ラインまで下がることでチームを助けた。

とりわけ第19節ノジマ戦で生まれたゴールでは、菅野が相手のプレッシャーを引きつけながら最終ラインまで下がると、GK田中、アンカーポジションに残る木下がフリーになり

第19節 ノジマステラ神奈川相模原戦

その田中が相手を引きつけながら、フリーの木下へボールを繋ぐと

第19節 ノジマステラ神奈川相模原戦

菅野が前を向いてボールを受けるスペースが生まれ、そこへ木下がパス

第19節 ノジマステラ神奈川相模原戦

木下、菅野に対応しようとすることでラインの間に立つ小林がフリーになり、

第19節 ノジマステラ神奈川相模原戦

その小林が相手最終ラインから1枚を引きつけ、その裏へ抜け出した藤野がフリーとなり、最後は藤野がGKを冷静に交わした得点を上げた。

相手が密集する狭いエリアでも臆することなく、勇気を持ってその間に立ってボールを受けることで相手を引きつけ、それによってフリーになった味方の選手にパスを出すという理想をピッチの一番後ろから一番前の選手まで全員が共有し、理解し、実行することで生まれたこのゴールは今季のベレーザの最も美しいゴールであった。

「負けたこと」をいつか大きな財産に

2011年1月8日 第14回全日本女子ユースサッカー選手権大会決勝

2011年に世界を制した”勝者”の世代と、2011年から全日本U-18女子サッカー選手権で5連覇を果たした”勝者”の若い世代が融合したかつてのベレーザは、勝ち続けることへの”慢心”を、一勝を積み重ねることの”楽しみ”に変えることで、明るい雰囲気を纏った笑顔を絶やさない常勝軍団となり、2015年から2019年までリーグ5連覇を達成した。

当時、その笑顔を原動力とするチームをキャプテンとして率いたのは岩清水梓であった。

試合開始前のピッチ上では、ベレーザの選手たちが円陣を組むと、コイントスで遅れてやってくる岩清水を円陣の輪の中に入れないというネタがお馴染みになる等、同世代の阪口を中心に、岩清水を”イジられキャラ”にすることでチームの雰囲気はいつも明るく、ユース年代で抜群の強さを誇った若手たちにも笑顔が伝播し、全員が実力を最大限に発揮するチームとなっていた。

2016 なでしこリーグカップグループステージ コノミヤ・スペランツァ大阪高槻戦
2017 なでしこリーグ第16節 INAC神戸レオネッサ戦

しかし、その笑顔を原動力とするチームは、試合の結果が伴わず笑顔になれない状況が続くと、チームの”脆さ”として表出するようになる。

2019シーズン途中から産休のためピッチを離れていた岩清水に代わり、2020シーズンから清水梨紗がキャプテンに就任。笑顔でチームを率いた岩清水の不在は、度重なる主力の移籍・怪我と重なり、優勝を争うINAC、浦和との直接対決では1勝3敗と負け越し、シーズン終盤にはピッチで涙を流す選手も見られるようになった。

そんな”移行期”のチームは21−22シーズンを無冠で終え、チーム一丸となってリベンジを誓った22−23シーズン始動時にキャプテンに任命されたのはカツオの愛称で親しまれる村松智子であった。

メニーナからの叩き上げで今なお代表クラスが集うベレーザで主力として活躍する彼女のこれまでのキャリアは、決して平坦なものではなかった。

2011年トップチームに昇格するといきなりリーグ戦16試合に出場し、主力としてチームの中核を担うことを期待された矢先、右膝前十字靭帯を損傷し2012年U-20ワールドカップを諦めざるを得なくなった。

さらに、復帰を目指しリハビリを続ける中で同箇所の再断裂および半月板損傷の手術を行ったことでリハビリが長期化。

苦しいリハビリを乗り越え、2014年末に行われた皇后杯から復帰した村松は積極的にボールを奪いにいく守備でチームに貢献し、長らくINACの後塵に拝していた当時では久しぶりとなるタイトル獲得に貢献。2015年からのリーグ5連覇のきっかけを作った。

”黄金期”を迎えるベレーザの不動のCBとして活躍を続けるかと思われた矢先に、またしても不運が彼女を待ち受ける。

2017シーズンの試合中に左膝の前十字靭帯を損傷し、再び3年に及ぶ長期のリハビリ生活に突入した。

そんな苦しい経験を乗り越えた彼女がキャプテンを務めるからこそ、ベレーザは敗戦の苦い経験を乗り越えることが出来るだろう。

WEリーグカップでの悔しい逆転負けから始まった今季、皇后杯を優勝した後のインタビューでも

ーー2点奪った時、WEリーグカップ決勝の悔しさは過りましたか?
WEリーグでも、皇后杯でも、2点・3点奪っても「自分たちはここではやめないんだぞ」ということをずっと言い続けてきました。今初めて、あのカップ戦を悔しいと言えると思います。今まではあの借りを返すことができていませんでした。あの敗戦がチームの糧になり、今の成長に繋がっていると強く思います。

https://www.verdy.co.jp/beleza/match/info/20230128047/report

と答え、チームが歓喜に湧く中でも、悔しさを決して忘れず成長の糧とすることを語った。

また、リーグ最後の7試合を「LAST 7 GAMES」と題したキャンペーンを展開し、クラブ全体が一丸となって逆転優勝を目指すことを発表したときも、チームミーティングでは「1試合1試合」を全力で戦うことをチーム語り、地に足の付いたコメントでチームを引き締めた。

今シーズン最後の試合となったリーグ第22節新潟戦では、ボールのコントロールを誤り失点してしまったGK田中にいち早く駆け寄り

第22節 アルビレックス新潟レディース戦

慰めの声を掛け、その後も諦めずに後ろからチャレンジを続けたベレーザは後半3得点を奪い逆転勝利を飾った。

2シーズン連続で3位に甘んじたベレーザは、カツオのキャプテンシーにより、この悔しさを来季確実にバネにしてくれるであろう。

これまでたくさんの苦難を経験した彼女が最高の笑顔と共にWEリーグ優勝トロフィーを掲げる姿を見ることを、全てのベレーザサポーターが願っている。

'22-'23WEリーグ後期マッチレビューまとめ

第9節 ちふれASエルフェン埼玉戦(A) ◯0−3

第10節 ジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦(A) ◯1−2

第11節 INAC神戸レオネッサ戦(H) △1−1

第12節 マイナビ仙台レディース戦(A) ◯1−2

第13節 大宮アルディージャVENTUS戦(H) ◯3−2

第14節 サンフレッチェ広島レジーナ戦(A) ◯1−3

第16節 ジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦(H) △1−1

第17節 三菱重工浦和レッズレディース戦(A) △2−2

第18節 ちふれASエルフェン埼玉戦(H) ◯9−0

第19節 ノジマステラ神奈川相模原戦(H) ◯3−0

第20節 INAC神戸レオネッサ戦(A) △2−2

第21節 AC長野パルセイロ・レディース戦(H) △3−3

第22節 アルビレックス新潟レディース戦(A) ◯2−3

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