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海月

95%の虚無。
5%の意思…

俺は嘘を曲げる。
あんたの嘘も曲げてやろうか?
どんな嘘をついたんだ……。

さよりはジャンプを読みながら、こちらを見ずにミルキーを舐めてる。

さよりは兄貴の子。その兄貴は事故で死んだ。その1年前に、さよりの母ちゃんも病気で亡くなった。 俺も、両親はいない。兄貴と2人で親戚の家で、何とか生きてきた。成人してからは、兄貴とは別々に暮らしていたが、突然連絡があり、その3カ月後には兄貴は死んだ。首を突っ込むなと念を押されたから… 何も探ってはいない。子ども好きではないが…さよりを世話してほしいという兄貴の本気度が凄く、断りきれなかった。それに、俺と同じ境遇にはしたくはなかった。兄貴がいなけりゃ俺なんて、とっくに消えていたと思う。

兄貴の仮葬儀のあと
俺とさよりは、兄貴のマンションに向かう途中、コンビニに寄った。

「さよりちゃんは、なんか食うか?」と言うと
「『ちゃん』付けは、やめてよ」と
明るく答えたことに驚きつつ
「わかった」と答えた。
さよりは「サンライズ」と言い
「そんなパンはないよ」と答えたら
「おじちゃん、知らないの?メロンパンの事を、サンライズって言うんだよ」と悪戯っぽい顔で答えた。生意気なガキだなと思いつつ、感心もした。「そうなんだ 知らなかったよ」それと牛乳を買い、近くのベンチに腰掛け、黙って2人で食べた。「サンライズ」。
この子が何故そのパンを選んだかが、何となくわかった。強い子だ。
俺は、兄貴の意思を継ぎ、この子の幸せだけは叶えたいと思った。兄貴が俺にした事を、俺がこの子に。どんな境遇でも、陽は登るから。

俺に慣れてきたさより。さよりに慣れてきた俺。
そんなある日、死んだはずの兄貴から手紙が届いた。

「今日はチャーハンだ。」
帰宅すると、俺が飯をつくる。
「またぁ〜チャーハン」さよりは言う。本当に、生意気なガキだ。
「嫌なら食べんなよ」俺が返答を待ってたら、さよりが真面目な顔で
「おじちゃん、ポストにお父さんから手紙が」と不安な顔で差し出してきた。

さよりへ
この手紙を読んでいるということは、父さんはもういないってことだな。本当にすまないと思ってる。元気でやっているか?さよりは母さんに似て、とても強い子だから。
さよりに対する愛で溢れた文章が3枚。

4枚目に
悟へ
この手紙はさよりには見せないように。
新聞記者として信念を持ち 真実を追い その中で知ったらいけない事を知ってしまった。悟には話そうと思ったが、恐らくお前は真実を追うだろう。そうしたら、さよりが路頭に迷う。俺たちみたいな人生を送るのだけは、避けたかった。探るなよ。頼むから約束だぞ。

やはり兄貴は事故死ではない。さよりに3枚目までを渡し、4枚目は部屋の机にしまった。
さよりが成人するまで、8年。この秘密は誰にも知られてはいけない。特に、さよりには……。

俺の中の海月が俄かに痺れ始めた。

時はたち、8年後。
俺も40歳になり、さよりも20歳になった。
いつものように家に帰りポストを見ると、未来ポストからの手紙。
咄嗟に兄貴だと思った俺は、周りを気にしながら手紙を開けた。

悟へ
さよりが成人するまで、育ててくれてありがとう。俺が残したものは貸金庫にある。これでさよりも生きていけるはず。お前だけが頼りだった。お前が居なければ、俺も生きてはいけなかったよ……。俺の無念は、さよりを守れなかったこと、母さんも救えなかったこと、お前にも迷惑をかけたこと。そして何より真実が闇の中だということ……。お前は頑固なやつだ。もし俺の死について調べるなら、さよりとの関係は切ってくれ。
貸し金庫の場所、行く道、手筈などやり方が書いてあった。
今日さよりに話そう、そう決心した。

晩飯の片づけ、皿を拭きながら切り出す。

「さより、ひとり暮らししてみないか?」

「……。」

「俺も自分の人生を歩こうと思うんだ」

「……。」

「なんか喋れよ……。」

「行くのね。」

「は?」嫌な予感……。

「父さんが消えた理由を探しに……。」

凍りつく。知っていたのか。

「私は、父さんの娘よ!」
鋭い眼差しは、新聞記者の兄貴そのものだ。

「お前とは、縁を切る。」

「……。」

間が、とても長く感じた……。

「私も行くわ……。」

「何言ってんだ!絶対にダメだ‼」

「私の知識は役に立つ‼悟さんだけなら、消されて、真実なんて永遠に闇の中だわ!」痛いとこを突かれて、紅潮する。さよりは犯罪心理学を学んでる。
「うるせぇ!クソガキ‼お前がいたら、足手まといだ‼」初めて本気で怒った……。

「私も父さんが死んだ理由が知りたい……。」

兄貴……あんたの娘なんだな。

「ちょっと、コンビニに行ってくる。」
さよりは出かけた。

帰ってきたさよりは、袋の中からサンライズを差し出して、こう言った。

「真実を知らなければ、陽は登らない……。」

俺は嘘を曲げる。

5%の意思が音を立てた。

#第2回noteSSF #第2回noteSSF

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