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思い出は折り重なって、物語へと進化する

バットが快音を鳴らすと、固唾を飲んで打球の行方を追う観客席には一瞬静寂が訪れる。

そして高く上がった打球がぐんぐん伸びていくにつれて悲鳴のような歓声があちこちで沸き起こり、スタンドに白球が吸い込まれた瞬間、熱気と歓声で地面が揺れる。

これまで何百試合も見てきたけれど、やっぱりホームランの瞬間は格別だ。

それが自分の好きな選手が打った1本ならば、なおさら特別な瞬間になる。

はじめての満塁ホームランにもはしゃぐことなく淡々とベースを一周する姿を目に焼き付けなければと焦れば焦るほど、視界がにじんで輪郭が曖昧になっていく。

他の人にとっては逆転の一打でしかないその一本は、私にとっては大きな大きな意味のあるホームランだったのだから。

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好きな選手を伝えると、『どこが好きなの?』と聞かれることがある。

そのたびに、好きになったきっかけは話せても好きな理由はうまく説明できない自分に気づく。

もちろん素敵なところはたくさんある。話しきれないほどたくさんある。

でも、私がずっと応援し続けている理由はきっと選手の能力ではなく、長年かけて積み重ねられた思い出によって織り成されている物語なのだ。

しかもその物語は選手単体のものではなく、常に私の人生ともリンクしている。

辛い時期に見に行った試合で懸命に次の塁を狙ってホームに帰ってくる姿に励まされたり、嬉しいことがあったときにまるでお祝いのようにホームランを打ってくれたり。

もちろん毎回感動的なことが起きるわけではない。観戦に行っても出場機会がなかったことだってたくさんある。

でも代走や守備固めだったとしても、とにかく出てくれるだけで飛び上がるほどの嬉しさを感じる選手はたった1人だけなのだ。

それは『何かができるから好き』なのではなくて、『これまでの軌跡すべてひっくるめて好き』ということなのだと思う。

誰かの物語を応援するということは、ゆっくり時間をかけて、その物語が少しずつ自分の物語にもなっていくということだ。

はじめて一二塁間を颯爽と走る姿を見た日から10年近くの間、彼のプレーを見て何回泣いたことだろう。

思い出を積み重ねる醍醐味は、そうやって新しい物語が生まれていくところにあるんじゃないかと思う。

球界のエースや日本の4番のようなスター選手でなくても、私にとっては一番とくべつでたいせつ。

だから、これからもその物語が続いていくように、1日でも長くグラウンドに立ち続けてくれるようにと毎日心から祈っている。

\福ちゃん、初満塁HRおめでとう/


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大吉!今日はとっても素敵な1日になるはず!
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最所あさみ

Retail Futurist / curator。「知性ある消費を作る」をミッションに掲げています。 将来は世界一の店舗メディアを作る予定。noteの有料マガジン「余談的小売文化論」とコミュニティマガジン「消費文化総研」もよろしくどうぞ!

白球を追いかけて。

"野球"の面白さについて、女子的なきゃっきゃした視点とか突然ビジネスっぽい視点とかちょっとななめな感じからおとどけします
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