「啓蒙」するな、まず「探求」せよ

先月の『消費文化総研』の課題図書は山本七平の「『空気』の研究」を取り上げた。

空気が醸成される過程を日本の文化的背景から読み解く古典的名著なのだけど、個人的には大テーマとは別に、現代にも通じるもうひとつの学びがあった。

それは福沢諭吉が先導した西洋化への指摘だ。本著の中で、山本七平は福沢諭吉を含む当時の西洋化に対する態度を痛烈に批判している。

彼にとっては西欧化的啓蒙がすべてであり、彼のみでなく明治のすべてに、先進国学習はあっても、「探求」の余裕はなかったのである。従ってこの態度は、啓蒙的といえるが、科学的とは言いがたい。

『彼のみでなく』と記されているように、探求なき啓蒙の姿勢は当時の日本全体に蔓延していた態度であり、さらにいえばいまだに私たちは啓蒙ばかりに勤しみ、探求することを忘れがちなのではないかと思う。

では啓蒙ではなく科学的に探求するとは具体的にどういう状態を言うのだろうか。山本七平は下記のように説明している。

物質から何らかの心理的影響を受けることを「非科学的」として否定する前に、そもそもなぜ日本人は物質の背後に何かが臨在すると考えるのか、さらにはなぜ身体的影響を受けるのか」から考えることこそが「科学的」態度である。

つまり、そもそも日本的精神性とは何か、なぜ西洋と異なる文化が発達したのかという背景を理解せずにただ無批判に西洋の思想を啓蒙することは、先進的に見えてただの思考停止でしかないと彼は説いている。

これは何も当時に限った話ではなく、現代も書店に足を向ければ『シリコンバレー式』『スタンフォード式』といった見出しがずらりと並んでいる様子からも、私たちがいかに啓蒙ばかりに勤しんでいるかが見て取れる。

もちろん、成功事例や海外のやり方を学ぶのも重要なことだ。

ただ、そうして学んだことを自分たちにフィットさせるためには、そもそも自分たちがどんな特徴を持ち、取り入れるかどうかの是非や取り入れ方を立ち止まって考えることも必要だ。

『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という孫子の言葉にもあるように、外の世界と自分の内的世界どちらかだけでは片手落ちになってしまう。

特に組織づくりや文化育成は、成功事例の表面をなぞったところでうまくいくわけではない。

どんな施策も文化という土壌あってこそ花開いた固有種であり、花だけ移し変えてきても気候やそこに住む他の生物などの外部環境が変わればまったく同じようには咲かないからだ。

例えば桜の木を海外に移植したいと思ったらまずは桜が生きていける環境かどうかを調べた上で、もし育成できないようであれば諦めるか品種改良をするなどその土地にフィットするような工夫をする。

それと同じで、どんな素晴らしい事例や仕組みも、まずは自分の土壌に合うかを『探求』することなしに『啓蒙』だけしても、定着することなく枯れてしまうのが関の山なのではないかと思う。

では、啓蒙に踊らされず探求の姿勢を貫くために何が必要なのだろうか。

私が思うのは『そうなんだ!』という新たな発見によってすぐに行動せず、『やっぱりそうだよね』と穏やかに納得したときだけ速やかに行動に移すことではないかということだ。

よく言われることではあるが、解は常に自分の中にある。

思考がまとまらずとも、普段からもやもやとバックグラウンドで考えていることであれば、ふとしたインプットによって『そうか、自分が考えていたのはこれだったのか!』と気づく瞬間がくる。

こうした自分の中にすでにある解が引き出されたときには、すでに問いの設定も自己理解も(言語化はできていないにせよ)ある程度進んでおり、本当の意味で納得感をもって施策に当たることができる。

解を出したのはあくまで自分であり、本や講演、アドバイスから得た知識はあくまでその解に自信を与える裏付けでしかないからだ。

一方で、新たな発見の場合はそもそも自分の中で問いの設定ができていないことがほとんどだ。

たまたま問いの設定が合致していれば表面的に施策を取り入れるだけで一瞬うまくいくこともあるけれど、その問いに対して一度自分なりに考えるという行程を省いているので応用が利きづらく、長く結果を出し続けることが難しい。

また、深いところで納得できていないため、ちょっとうまくいかなかっただけでコロコロと施策を変えてしまい、どれも中途半端になって下降線を辿っていく、というケースも多い。

どんな施策であれ『一定期間やり続けること』『徹底的にやり抜くこと』抜きに成功することはできない。

そしてこの2つを満たすために必要なのは施策への納得感であり、それは安易な啓蒙ではなく深い探求の心によってしか生まれ得ないのだ。

私たちはなるべく楽をして、簡単にわかりやすい結果を出したくなってしまう生き物だ。

しかし本当の意味で楽をするためには、一度じっくり探求の時間をもつ必要がある。

啓蒙的な時代の流れに惑わされることなく、時間耐久性の高い本質をいかにつかめるか。

山本七平の言う「『探求』の余裕」を持って事に当たる姿勢は、時代の空気に流されず自分なりの幸福を追求するために、現代を生きる私たちにこそ意味のある教えなのではないかと思うのだ。

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今日のおまけは、『組織づくりにおいて、見落とされがちだけど実は人間関係の基礎なのでは…?』と思った考え方の話。

こないだ採用の話をしていたときに、とある項目を重視しているという話を聞いて目から鱗だったのですが、言われてみればたしかに見落としがちだけど人格やコミュニケーションスタイルにかなり影響を与えているよな…!と思ったことをば。

そのとある項目とは、

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