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見守り、そして見送る、ということ

今日公開されていた、我らが渚ちゃんのインタビュー記事。

新垣渚、喜びも悔しさもかみしめて「最後の甲子園ですべてが吹っ切れた」

まだちゃんとプロ野球を見始める前から応援していた渚ちゃんの引退は、個人的に感慨深く、そして切ないものがあります。

そう、あの頃はまだ「ダイエーホークス」だった。

九州人にとって「ホークス」というのは特別な存在です。

街を歩けば選手のポスターがいたるところに貼ってあるし、CMにも番組にもたくさん選手が出てくるし。

まだ甲子園にすらハマる前の小学生時代、緑とオレンジのメガホンを持って当時の福岡ドームへ応援に行ったことを昨日のことのように覚えています。

ついこないだつよぽんのInstagramでこの4人の並びを見て思わず目頭が熱くなって。

渚ちゃん、杉内、宗りん、つよぽん!

このころのダイエーは強くて、華やかだった。

いつまでも若鷹だと思っていたけれど、いつのまにか30代も半ばを超えていたとは。

こうしてひとり、またひとりとダイエー戦士が引退していく。

***

「引退」って、すごく不思議な感覚だと思う。

選手生命としては「死」を意味していて、彼らがマウンドで投げる姿、バッターボックスでフルスイングする姿、全力で次の塁を狙う姿、華麗にゲッツーを決める姿、すべてもう一生見ることはできなくて。

その姿は私達の思い出の中に冷凍保存されて、一生上書きされることのない、宝物のようなもの。

でも、一人の人間としての人生は続いていく。
むしろ大半の選手は、引退したその先の人生の方が長い。

注目されることも、追いかけ回されることもなくなったら、昔の華やかな記憶に押しつぶされそうになることだってあるんじゃないかと思う。

「自分から野球を引いたら何も残らない」と感じるのは、想像するだけでも、辛い。

だからこそわたしはいちファンとして、選手としての人生を見送った後もひとりひとりの人生をずっと見守り応援していきたい、と思う。

自分が死んでもそのDNAが子供から孫へと受け継がれていくように、引退してもその血肉は次の世代へと受け継がれていくものだから。

これから球団職員として子供達の指導をする予定の渚ちゃん。

彼が育てた子達が、10年後20年後にプロで活躍する姿を見たいなぁ。
(そして未来の暴投王を…!?)

こうして長くプロ野球を見続けていくと、贔屓の高校生がプロに入って成長し、栄光を手にし、やがて衰えて野球人生を終え、次世代に夢を託していく、その厚みの分だけ楽しみが増えるのだなぁとしみじみ思います。

私は86世代(ダル・涌井世代)から甲子園を見始めたので、ちょうど彼らが今年で30歳。

もう立派な主軸・中堅どころの選手ばかりで、ここからちょっとずつ引退して指導者になったり球団職員や親会社の社員として一般人になる子たちも増えていくでしょう。

そう遠くない未来に野球選手としての人生は終わるけれど、私達に与えてくれた希望の価値は変わらない。

彼らの活躍をめいっぱいこの目に焼き付けて、いつか引退する日には立派に見送って、そしてまた彼らが育てるであろう若い力を見守っていく。

好きな選手の引退は寂しいけれど、第二の人生を応援しつつ彼らが夢を託した次世代の子達のことも同じだけ応援していこうと、改めて感じた渚ちゃんのインタビュー記事でした。


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