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愛とはきっと、静かな「YES」のことなのだ

愛する妻が、自分の記憶を失くしてしまう。

そんな設定はこれまでにも、「きみに読む物語」や「私の頭の中の消しゴム」などの作品の中でごまんと語られてきました。

どれも泣かせてくるとわかっていてもやっぱり泣いてしまうストーリー構成で、むしろ泣きたい気分のときには安心して観ることができるほどです。

先日はちょうど映画を観て泣きたい気分だったので、あらすじから泣ける匂いが漂う「妻への家路」を手に取ってみました。

文化大革命が終結し、20年ぶりに解放された夫が喜び勇んで家に帰ってみると、最愛の妻は心労のために夫の記憶だけを失っていたー

このあらすじだけでも涙がにじんでしまいますが、期待通り序盤から号泣シーンの連続で、結局2時間弱もの間泣き続けてしまいました。

まず最初の号泣ポイントは、脱走してきた夫と待ち合わせた駅で追っ手に見つかってしまい、「あなた逃げて!逃げるのよ!」と叫ぶも、その声は電車の轟音にかき消され、妻の顔を見つけた夫が嬉々として妻の元に駆け寄ろうとするシーン。

妻役のコン・リーの迫真の演技が胸を突き、思わず一緒に泣き崩れてしまいます。

引き裂かれる二人の構図は、まさに歴史に翻弄される個人の無力さが表れていました。

それから数年後、やっと解放された夫が家に帰ってみると、拍子抜けするほど対応があっさりしている妻。

そして次の瞬間、人が変わったように「ここで何してるの!出て行って!」とまくしたてられ、訳もわからないまま妻に締め出される夫。

妻は長年の心労とショックのため、夫を認識できない、夫のことだけ思い出せない、心因性の記憶喪失になってしまっていたのでした。

まわりの人がどれだけ説得しても、写真を見せても、もう一度駅の出口から現れてみせても、頑なに「あなたは誰?私は夫を待っているの」と答える妻。

この映画のすごいところは、夫をひたすらに「許す」存在として書いていることだと思います。

突然激昂する妻に、落胆し悲しむことはあっても、決して手を離さず密かに見守り、記憶が戻るかもしれない希望を抱いてあらゆる手を尽くす。

記憶が戻らない妻にイライラする娘に対しても、「お母さんが悪いんじゃない、もちろん君も悪くない。お父さんが悪いんだ。」となだめ諭す。

「お父さんが脱走したとき、密告したのは私なの」と告白する娘に、「知ってたよ」とだけ答え、娘の深い後悔を赦す。

過酷な労働に20年もの間耐え、その上に妻の記憶まで失ってしまったにも関わらず、国家への恨みや憤りをもつことなく、淡々と妻に向き合う。

その姿を見ながら、愛とは相手に対して深く静かに「YES」と言ってあげることなのかもしれない、と気付かされました。

どれだけ手を尽くしても、自分のことを他人だと認識したままの妻。

毎回淡い期待を抱きながら接するも、一度もその気持ちは妻に届かない。

それでも、怒るでもなく見放すでもなく、ただただ今の妻を受け止める。

毎月5日になると、現れるはずのない夫の名前を書いたプラカードを持ち、律儀に駅で待つ妻と付き添う夫の姿が映し出されるたび、相手に「YES」と言い続ける葛藤を感じました。

側にいることでより辛くなってしまうとしても、他人として側にいる。

愛していればいるほど、その決断は重く苦しいものだったと思います。

ラストでしんしんと降り積もる雪は、そうして重ねた時間と愛のメタファーなのかな、と思ったり。

愛とは、雪と同じように静かに、でも確実に降り積もっていくものなのだと。

そしてこの「妻への家路」を観てふと思い出したのが、オノ・ヨーコとジョン・レノンが出会うきっかけとなった作品「Celling Painting」。

脚立に登って、上から吊るされた虫眼鏡を使って天井を見ると、小さく「YES」と書いてあるというコンテンポラリーアートです。

人はみな、自分に「YES」と言ってくれる人を探し求めているものだと思います。

でも本当に大切にすべき愛情は大声で愛を叫んでくれる人ではなく、静かに大きな「YES」をもって待っていてくれる人なんじゃないかと思うのです。

何ができるとか、肩書きとか評価なんてものに左右されずに、いつもそこに佇んで、「YES」と微笑んでくれる人。

きっと私たちは、そうやってお互いに「YES」と言い合える人を探して旅をしているのでしょう。

私も深く大きな「YES」を用意して、そのときがくるのを待っていたい。

そんな純愛もこの世にはきっとあると信じたくなる、苦しいけれど心が温かくなる、素敵な映画でした。

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(Photo by tomoko morishige)

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