美しくて難しいものを、そのままマス化するということ

大半の人は美しくて難しいものに興味はなく、わかりやすい面白さに惹かれるもの。だからマスに届けたいのなら、自分の難しいこだわりなんて捨てなければならない。

何かを創ったことがある人ならば、少なからずこの壁にぶつかったことがあるはずだ。

難しいものを難しいままにしておけば、少数の人にしか広がらない。でもそれをわかりやすくしてしまえば、本来の意図から変質してしまう。売れないままでも自分の信念を貫くか、ある程度マスに迎合して活動の存続を優先させるか。創作活動を続けていくためには、腹をくくってどちらかを選ぶしかない。芸術の世界にはそんな思い込みがあるように思う。

でもきっとそれは思い込みで、『どちらも』を目指すことはできるはずなのだ。一郎さんのインタビューを読むたび、そのチャレンジングな姿勢にいつも感銘を受ける。

上記のインタビューの中で、一郎さんは音楽が持つ力についてこう語っている。

走れメロスの一文を読むのにあんなに苦労していたのに、歌になった瞬間に覚えて暗記して歌っている。音楽ってズルいなと思って。

僕も美しい言葉を書けたら、歌にして皆に覚えてもらいたいって思ったのが、音楽を始めたきっかけなんです。

だから自分が音楽を作る上で絶対に守りたいのは、言葉の美しさとリズム、それとメロディ。それは自分の中で、0を1にする時に、ハードルを高く持っているところですね。1を100にする作業は世の中に伝える上で、ある種の戦略的なところもあるけれど、0を1にする時のパーソナルな部分はずっと変わらない。その時から変わらないですね。

『美しくて難しいこと』を、その中身を変えることなく音楽という乗り物によって多くの人に届け続ける。このアプローチこそが、本当の意味でのイノベーションなのだなと思う。

そして彼が、サカナクションというバンドが、『消費』されない理由はそこにある。

以前、バズらない力についてnoteを書いたことがある。

わかりやすいものは、わかりやすいからこそ瞬時に人から人へと伝わり、広まっていく。しかしその分飽きるのも一瞬で、一通り『わかった』状態になってしまうと、人はなかなかリピートしたりしない。

そしてみんながいいと言っているからという理由で近づいてきた人は、みんなが離れていけば同じように離れていく。それをつなぎとめるために迎合するようになっていった瞬間、創造性は死にはじめる。

とはいえ続けるためにはお金も必要で、10人や20人相手に作るだけでは専業として食べていけない現実もある。だからこそ『バランスの問題』として誰もが悩むところなのだろうけど、一郎さんの場合はややアプローチが異なるような気がしている。

一般的なアプローチが難しいものを少しずつシンプルでわかりやすいものに変えていくチューニングのようなやり方だとしたら、一郎さんの場合は難しいものをそのまま核に置きながらわかりやすさで包んで渡すようなアプローチなのかもしれない、と思う。

私は音楽の難しいことはわからないけれど、あの独特のリズムやメロディに惹かれて聴き込むうちに、難解な歌詞がじんわりと脳に染み渡ってくるあの感覚は、サカナクションの曲以外ではなかなか体験できない。

悲しいとか楽しいとか、すでに言語として表現されている感情以外の、複雑でグラデーションのある感覚を呼び起こす曲。しかもそれだけ高度なものを作りながらも、『わかる人にだけわかればいい』という態度ではなく、いかに多くの人に届けるかを常に考え続けているところに、サカナクションのサカナクションらしさがあるのだと思う。

わかりやすさに惹かれて受け取った瞬間、その包みが開いて『美しくて難しいもの』が溢れ、人の感性を刺激していく。それは教育ともまた違って、人に本来備わっている感受性を刺激することで、『感化されていく』に近いものなのではないかと思う。

私たちはつい、難しいこと、複雑なこと、そして美しいことは、わかる人にしかわからない特別なことだと思ってしまいがちだ。パッと見ただけでわかる豪華さやゴシップ的な面白さ、白か黒かのわかりやすさがなければ、マジョリティには刺さらないのだと、一種の優越感を含みながら、そう思い込んでしまっている節がある。

でも、美しくて難しいことを、美しくて難しいまま多くの人に届けることは、不可能ではないことをサカナクションは証明している。

そしてそれを可能にしたのは、一郎さんの『美しくて難しいもの』に対する絶対的な信頼なのではないかと思う。

音楽の中で、本当に美しいものを作ろうとすると理解されないものになっていく。はるか遠くのものというか、人が手を伸ばそうともしない遠いものになってしまうけれど、それが本当に美しかったら、いつか手を伸ばしてもらえると思うんですよ。

人の根底にある、複雑な美しさに感動する心をどれだけ信頼できるか。

それこそが、彼の長年のアプローチを支えているものなのではないかと思うのだ。

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最所あさみ

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