『クィア・アイ』から考える、社会課題の伝え方
NETFLIXオリジナル作品の中でも特にファンの多い『クィア・アイ』。
ファブ5がそれぞれの特技を生かして依頼主を変身させていく物語は毎回感動的で、観ているこちらまで人生を肯定され、励まされるような気持ちになる。
『クィア・アイ』の魅力はいたるところで語り尽くされているので感想はそちらに譲るとして、この番組を観ながら私はアメリカという国の複雑さや社会課題についても考えさせられることになった。
民族、人種、宗教、セクシャリティ──。
多様な価値観の人たちが暮らしていくことについて、アメリカは先進国であり自由の国だと無意識に思い込んでいたけれど、それは単なる『思い込み』だったと番組を観て気付かされたのだ。
それは普段ニュースを眺めているだけでは決して想像が及ばない、もっと身に迫る気づきだった。
例えば、ファッション担当のタンはパキスタンにルーツを持っている。インド系移民の依頼者のコーディネートをしているとき、『僕たちがこうして仲良くしているのは奇跡だよね!』という彼の発言がどういう意味なのか、私はよくわかっていなかった。
そして視聴後に調べてみて初めて、インドとパキスタンの戦争の歴史や民族的な遺恨について知ることになった。印パ戦争もカシミール問題も耳にしたことはあったし言葉としては知っていたけれど、これまではどこか遠い国の話にすぎないと聞き流していた。
自分の大好きなタンの発言だったからこそ、そこではじめて『自分ごと』として興味を持ったのだ。
それ以外にも、黒人のカラモが警官に苦手意識をもつ理由や、南部では宗教の問題もあってゲイへの差別が根深いということも、番組を観なければ知り得なかった、もしくは興味のない話題だっただろうと思う。
中でも特に印象的だったのは、ゲイの依頼主が継母にカミングアウトするのをサポートする回だ。
ファブ5の全員が、自分の実体験と苦悩を語っている姿を見て、まだまだアメリカでも問題が山積みであることに衝撃を受けた。
さすがに問題が一切ないとは思っていなかったけれど、同性婚ができる州も増えてきたし、海外ドラマでもしょっちゅうゲイのキャラクターがでてくるし、比較的当たり前に受け入れられているのだと無意識に思っていた。
彼らは番組の中でもよく『自分らしくあること』の重要性を説いているのだけど、カミングアウトについて語るシーンを見るまで、彼らがその言葉通り生きられるようになるまでにどれだけの苦労や辛さや悔しさを乗り越えてきたのかを想像したこともなかった。
想像してみようと思うきっかけすらなかった、と表現する方が正しいかもしれない。
そこに課題があることはわかっている。たしかに問題だと思うし、力になれることがあればなるべく力になりたいと考えるくたいの良心はある。
でも、日々の慌ただしい生活の中で私たちは自分や自分のまわりの人までしか関心を持てないし、早く『わかろう』としすぎるがゆえにパターンに当てはめすぎてしまい、それが差別につながっていくこともある。
まず知ってもらうことが大切だけれども、人は自分から遠い話題であればあるほど、たとえ目にしたり耳にしたりしても本当の意味で『知ろう』とすることはない。
『クィア・アイ』を観る前の私が、そうだったように。
この体験を通して私が思ったのは、深刻な課題や知ってほしい大切なことほど、正面から伝えるだけではなく、『楽しい』『面白い』をきっかけに知ってもらう入り口も作る必要があるのかもしれない、ということだ。
例えば『クィア・アイ』のファンは、ファブ5がゲイだろうと黒人だろうと、彼らのパーソナリティそのものを愛しているはずだ。
そのパーソナリティの中に、『ゲイ』や『黒人』といったステータスが含まれているにすぎない。
私たちファンが彼らにハッピーであってほしいと思う気持ちはそういうバックグラウンドがあるからではなく、ひとりの人間として彼らのことが好きだからであって、そのためにいくつか難しいことがあるのならそれを応援してあげたいと思う。
この順番で課題を認識する機会がもっと増えたら、みんなが『知る』機会がもっと増えていくんじゃないだろうか。
私は『万引き家族』や『海街diarly』で有名な是枝監督作品や、チャン・イーモウが文化大革命への疑問を裏テーマに撮った作品群が好きなのだけど、これらも作品として楽しむだけではなく、社会課題を考えるきっかけを提供しているところが好きな理由だ。
もちろんエンターテイメント作品は誰もが課題意識を持って見ているわけではないし、メッセージが正しく伝わる保証もない。だからこそ真摯なジャーナリズムやドキュメンタリーが必要なのだけど、かといってそれだけでは伝わる範囲が狭くなってしまうこともある。
まず1人の人間として、ひとつの生き方として興味をもち、ファンになってもらうこと。そしてその中に出てくる壁や課題を同じ視点で体感してもらうこと。
そんな伝え方もまた、求められているんじゃないかと思うのだ。
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