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「世界中を敵に回しても」が比喩じゃない時代を生きる私たちは

『世界中を敵に回しても、私はあなたの味方だから』

小さい頃に読んでいた漫画や観ていたアニメでこのセリフがでてくるたび、自分の人生には関係ないことだと思っていた。

だって私の言葉が『世界中』に届くことなんてありえないわけだし、学校で友達と喧嘩したって全員が敵になることなんてない。

だから、『世界中が敵になる』なんて子供の頃の私にとってはフィクションの世界の話だった。

でも、それから20年近く経ってインターネットというものが生まれ、誰もが当たり前にSNSを通して発信できるようになった今、『世界中を敵に回しても』は比喩でもなんでもなく、現実に起きることになった。

もちろん今だって地球上の70億人全員が敵になるなんてことはありえないのだけど、押し寄せる憎悪が可視化されると人はそれが世界のすべてだと思ってしまう。

『私が見ている世界には敵しかいない』という状況は、誰の身にも降りかかる可能性があることなのだ。

しかも、自分のフォロワー数が少なくても、フォロワー数が多い人に見つかってしまうことによって意図せず広がってしまうことは多々ある。

NewsPicksのインタビューで渡辺直美さんが『今の若い子たちは毎日が本番だ』という話をしていたのだけど、高校生という大人と子供のギリギリの境目でネットが当たり前になった世代としては、この感覚はよくわかる。

私たちが子どもや学生の頃って、むちゃとかやってたじゃないですか。私なら、バイト先でちょっとつまみ食いしちゃったり(笑)。
でも、SNSみたいに上げる場所がなかったから、その場で親や大人に怒られるだけで済んでましたよね。
徐々に「こういうことはやっちゃいけないんだ」と気付き、無事に大人になってから「本番」を行うようになっていく。
でも、今の子たちって、いきなり毎日スマホで撮って世界中に発信して、下手すると世界中から叩かれて、職場も学校も家もバレちゃうわけですよね。
それって、リスク高すぎるなと。

たとえアカウントに鍵をかけていても、悪意を持った誰かにスクショをとられてインターネットの海に放出されてしまったら、もう取り返しがつかない。

友人とのおしゃべりの中で冗談で言ったことをそのままつぶやかれたら、自分の本意ではないかたちで受け止められることもある。

若い子に限らず、私たちの生活はいつだって『本番』で、気をぬくと見ず知らずの人から攻撃されてしまう時代になってしまった。

これまでは一部の芸能人や政治家に『有名税』として我慢を強要してきたことが、まったく有名人でもない一般人の私たちにも降りかかるようになってきたのだ。

そして人生100年時代と言われる今、人生の中で一度は世界を敵に回す経験に直面する可能性も飛躍的に上がった。

だからこそ、敵に回さない方法を考えるだけじゃなく、そうなってしまったときにどうするかを考えておく方がよっぽど転ばぬ先の杖になるんじゃないかと思う。

例えば日本に住んでいる以上は地震のリスクから逃れられないように、情報化社会に生きている以上は見ず知らずの人から攻撃を受けるリスクがある。

そのときのために備えるには、『世界中を敵に回しても私はあなたを信じている』と言ってくれる人、そして自分がそう言える相手を日頃から作っておくことなんじゃないかと思う。

わざわざ言葉で確認しなくても、私が理不尽な目にあったら代わりに怒ってくれて、『そうか私は今怒ってよかったのか』と思い出させてくれる人や、いいところを伸ばすことで幸せになる方法を一緒に模索してくれる人。

目の前の損得に惑わされず、そうやって真摯に付き合ってくれる人たちとの関係を丁寧に編んでいくことこそが、必要以上に負の感情を持続させず、人生を楽しく生き抜くコツなんじゃないだろうか。

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今日のおまけは、『今月のVERYメモ』。
毎月欠かさず読んでいる雑誌・VERYの観察ログです。
(店舗メディアコミュニティSlackに投稿した粗いメモを成形したもの)

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