見出し画像

小売業の本質は『ブランド体験の総合デザイン』である

『小売業は"総合体験企業である』──。

先週金曜日に出演した『夜エクスプレス』にて、小売業をこのように定義しました。

これはダグ・スティーブンスが書いていた『Every Company is Experience Company』を私なりに解釈したものですが、最近よく語られる『体験』とは単に店舗での体験ではなくより包括的な体験を含むものだと私は考えています。

番組中では15分という限られた時間だったこと、小売業以外の方も見ている番組であるという点からこの説明はあまり深堀りできなかったので、『ブランド体験の本質とは何か』について改めて考えてみたいと思います。

まずこれまでのセオリーとして、『売る』がひとつのゴールとして設定されてきました。マーケティングファネルの最後に購買が位置付けられており、消費者に買ってもらうことを意識して商品開発から広告宣伝、流通チャネル設計が行われていました。

そしてモノを売るためには自分たちの商品がいかに魅力的であり、素晴らしいものかをメディアを通してアピールしなければなりません。期待値を上げて手に取ってもらい、財布を開いてもらうこと。そのためにもっとも効率的な方法を考えるのが小売業の『正しいあり方』だったのです。

しかしインターネットとスマートフォンの登場によって、情報摂取の面からも商品入手の面からも消費者の選択肢は無限に広がりました。近所の店舗に売っていないものはネットで探せばECで手に入るし、SNSを開けば友人たちが毎日何かを使ったりどこかに行った感想をアップしています。つまりこれまで小売業から見てゴールであった『売る』は、消費者が人に感想を伝えるという行為におけるスタート地点になったのです。

ここで考えなければならないのは、人の感想は事前の期待値に左右されるという点です。

これまでは買ってもらうために美辞麗句を並べたり、綺麗なモデルを使ってイメージを上げることが善とされていましたが、事前の期待値を上げすぎると実際に手にとったときのギャップが発生し、市場に流布する口コミの内容が悪化してしまいます。

また、単にモノのよさを語るのではなくどんなシチュエーションでどんな感情や感覚を得ることができるのか、その商品を通して得られる体験そのものを説明する必要も出てきました。

つまりブランドの体験設計とは、商品を売るために店舗での体験やオンラインのUIを改善するだけに止まらず、そもそも何をきっかけに商品を手に取り、それを使うことでどんな体験を得て、その人が誰にどんなかたちで勧めてくれるかまでを総合的にデザインするということなのです。

このサイクルを回していくことこそが、小売業が総合体験企業に進化できるかの分水嶺になると私は考えています。

海外発のD2Cブランドがこぞってリアル店舗に参入しているのも、単に商品を試す場が必要だとかオンラインだけでは差別化できなくなったという『売る』ための理由からではないはずです。彼らの価値はブランドの思想や理想とする未来といったソフトであり、その発露として商品があるだけで、体験自体に価値があれば商品を売らずに体験に課金することも可能なのです。

例えばグウィネス・パルトロウが手がける『goop』は、まさに思想を核にしてセレクトショップ、オリジナルプロダクト、メディア、イベントを融合させたブランドです。

すでに自分たちの商品があるとつい『これをどう売るべきか』から発想しようとしてしまいがちですが、本来は『そもそもどんな体験を作りたいのか』から考えるべきで、その手段として商品を作るべきか、場やイベントを作るべきか、それともメディアからはじめるべきかに落とし込んでいく必要があるのです。

その上で、体験者が自分と似た属性の人に魅力を語ることで仲間が増えていく、という流れこそがこれからのブランドの作り方であると私は考えています。

こうした変化を体現しているのがファッションレンタルサービスのRent the Runway。先日時価総額10億ドルを超え、ユニコーン入りを果たした注目のスタートアップ企業ですが、なんと顧客獲得の94%が口コミや友人紹介によるものなのだそう。

スケールのためにはマス広告を打ったりプロモーションにお金をかけなければならないというのがこれまでの定説でしたが、口コミベースで急速に成長するユニコーン企業が出てきたことは、時代の変化をよく表していると思います。

では口コミや顧客からの紹介を増やすためには何が必要なのでしょうか。私は、一見インフルーエンス力のない人こそが真のインフルエンサーであると考えています。

例えば自分自身がそれまでまったく興味のなかった趣味やアーティストをどうやって知ったかを思い出してみると、ほとんどの場合そこに人が介在しているはずです。つまり友人や家族、恋人など自分の『興味がある人』が興味を持っている対象だからこそ自分も興味を持った、という流れが多いはずなのです。

私の中でのインフルエンサーは、この2つを満たしている人のことを指します。

①120%の愛情で語れること
②「何」ではなく「誰」で聞いてくれる人がいること

そしてインフルエンサーマーケティングの失敗の多くは、②をフォロワー数で考えてしまうことに理由があると思っています。フォロワー=ファンではないのは言わずもがなですが、ファンの中でもその人が発信する情報にファンがついているケースと、人そのものにファンがついているケースがあります。

情報にファンが付いている場合は『何を言っているか』に価値を感じているファンが多いため、その人の文脈から少しでも外れた場合の影響力はかなり小さくなります。

それよりもお茶をしていたときに友人が話題に出した商品や場所の情報の方が人の行動を変える可能性が高い場合もあります。

つまりお金をだしてギフティングしたり口コミを書いてもらうよりも、そもそも使った人が友人に話したくなる要素があるか、おすすめしたいと思ってくれるかにお金と労力をかけた方がいいケースも多いのです。

そしてそのためには単に見た目がインスタ映えであるとかおすすめしてくれた人に特典をつけるといった小手先のテクニックではなく、ブランドとしてどんな体験を生み出したいのかに常に立ち返る必要があります。

ブランド体験を設計することは、それぞれのセクションに一本の思想的な軸を通すことで、総合的なブランドメッセージを顧客に届けることに他なりません。

顧客の体験をいかに企業の論理ではなくユーザー・オリエンテッドな発想で構築していけるか。

今後選ばれるブランドに必要なのは、ブランド体験のグランドデザインを描くことなのではないかと私は考えています。

★noteの記事にする前のネタを、Twitterでつぶやいたりしています。

ここから先は

0字

「余談的小売文化論」の内容に加え、限定のSlackコミュニティにご招待します!

消費文化総研

¥2,500 / 月 初月無料

「消費によって文化を創造し受け継いでゆくこと」を考えるコミュニティマガジンです。 有料マガジンの内容に加え、購読者限定Slackで議論を深…

余談的小売文化論

¥800 / 月 初月無料

「知性ある消費」をテーマに、現代の消費行動や理想論と現実的な問題のギャップについて考え、言語化しています。「正解」を語るのではなく、読み手…

サポートからコメントをいただくのがいちばんの励みです。いつもありがとうございます!