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「書き癖」は、そのままで。

ほぼ毎日記事を書いていると、「口癖」ならぬ「書き癖」に気づくようになります。

例えば私の場合だと「そもそも」「なのかもしれません」「とはいえ」あたりの単語は、ほぼすべての記事に入っているような気がします。

こうしたわかりやすい単語だけでなく、構文にも癖があります。

同じく私の例で言えば、まず「先日こういうことがありました」→「それって抽象化するとこういうことですよね」→「ってことはこの分野だとこう当てはめられますね」という流れで書いていることがほとんど。

自分でもこれだけの癖に気づいているので、毎日読んでくださっている方はもっとたくさんの「最所あさみっぽい」表現を発見しているかもしれません。

上記で書いた以外の私の書き癖があったら、ぜひ教えていただきたいものです。

さて、それはさておき。

この「書き癖」、面と向かって指摘されるとかなり恥ずかしいものです。

さらに、自分の表現の幅を広げるという意味でも、新しい書き方に挑戦すべきかなと思って地味に意識していた時期もあります。

しかし、最近は逆にどんどん癖をだしていこうと思うようになりました。

というのも、WIREDの「ヴェンチャー」をはじめとするユニークな表現が、Web時代の新たなクレジット表記として機能するのでは?という考察記事に納得したからです。
(探しても該当記事がでてこなかったので、心当たりのある方はぜひ教えてください…!)

WIREDというメディアの表記ルールはかなり独特で、「ヴェンチャー」「イノヴェイション」など、単語使いを見ただけでWIREDの記事だと判断できるほどです。

Webの記事はバイラルしやすいため、「どこが書いたか」よりも「何が書いてあるか」が重要になり、記事の出典元が意識されることはほとんどありません。

しかし、WIREDのように読んだだけで「この表現はWIREDだな!」と判断できる表記ルールがあると、無意識に出典元であるメディアを意識することになります。

これは個人でも同じことで、個人的に大好きな西澤千央さんの野球コラムはライター名を隠されていても「あーこの言葉使いと隙あらばつっつを差し込んでくる感じは西澤さんだな」とわかりますし、スイスイさんのコラムも「このテンションはもしや…!やはりスイスイさん!!」と気づきます。

よく使うワードや例え方の切り口など、その人の癖はイコール「らしさ」であることが多いのです。

黒子として書く機会が多い専業ライターさんはこうした「らしさ」の出力をコントロールする必要がありますが、あくまで自分の専門領域があった上で表現手段のひとつとして「書く」という手段をとっている人は、どこで書いても自分だと認識してもらえるような書き癖を積極的につけていく方がよいのではないかと思います。

書き手が増える時代だからこそ、自分の癖を逆手にとって「らしさ」に昇華していくことが、これからより求められていくのかもしれません。

(私の文章ってこの締め方が7割ですよね、自覚あります。笑)

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(Photo by tomoko morishige)

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