成熟とは、緊張の場面が増えること

「今までで一番緊張した」。

その一言で、彼も不安に思うことがあるのだと当たり前のことに気付かされた。緊張は不安の裏返しだ。うまくいかないかもしれない、失敗したらどうしよう。そんな不安を抱え、緊張していたのだと。

すでに八回目となる開幕のマウンドが「今までで一番」だったことにも驚いた。普通は初めて指名されたときが一番緊張しそうなものだし、回数を重ね場数を踏むことで緊張も和らいでいくイメージがある。
だからこそ、押しも押されぬベテランエースになってから「一番」が更新されたことに、私は驚きを隠せなかった。

なにより、菅野は緊張とは無縁の人だと思っていたので彼の口から「緊張した」という言葉が出てきたことにも驚いた。

菅野は常々「不安は技術でしか解消できない」と語ってきた。マウンド上で緊張しないためには、絶対に抑えられると自信を持てるだけの技術を身につけるしかないのだ、と。

彼のそんな現実的で努力志向なところが、私は好きだ。エースであるがゆえに、負けられない、打たれてはいけないプレッシャーに誰よりも直面してきた選手である。だからこそ精神論に頼ることなく、マウンド上で最後の最後に頼れるのは打たれない自信のある球を投げられる自分自身だと語る姿に説得力がある。

とはいえ、人は必ず老い、衰えていく。年齢を重ねれば体力も筋力も落ちていくし、年数がたてば癖を見抜かれ対策されることも増える。
にも関わらず、結果を出せば出すほど周りからの期待は増していく。体はもう全盛期の自分とは違うと本人はわかっていても、実績をもとに評価するまわりの人たちは「全盛期」を期待する。経験を重ね信頼が高まるほどに、そのギャップが本人を苦しめる。

菅野に関して言えば、メジャー挑戦の余波で調整が遅れた結果思い通りの結果が出せなかった昨シーズンへの負い目も、今年開幕投手を務めることへのプレッシャーにつながったのかもしれない。今年は昨年と違ってきっちり調整ができたのだから、結果を出して当たり前。ファン以上に、本人がそう思って自分を追い込んでいたのではないかと思う。
成熟すればするほど背負うものが増えて、プレッシャーとの戦いも増える。

新人は緊張でガチガチになってしまうこともあるけれど、ベテランになれば肩の力を抜いてのびのび活躍できるようになる。と、私たちは思い込んでいる。

けれど実際は年数を重ねるほど周りからの期待が高まり「当たり前」のハードルは上がっていくし、成熟とは得たものを積み重ねるだけではなく、未成熟な時期ならではの能力を失うことでもある。だからこそ周りから成熟したと評されたとしても、自分自身への不安は消えないどころかより高まったりする。

菅野が「今までで一番緊張した」と発言したのは驚きだったけれど、同時にこれからの彼の野球への向き合い方がどう変化していくのか楽しみに感じる部分もある。
自分の思うような投球が難しくなり、技術への自信だけではプレッシャーに打ち勝てなくなったとき、それでもエースの責任を果たすために、彼はどう考えて試合を組み立てるのだろう。チームの勝利のために、自分の役割やピッチングをどう再構築していくのだろう。
決して順風満帆ではなく、何度も何度も逆風の中で戦ってきた菅野だからこその「もがき方」がきっとあるはずだと思う。

菅野を好きになったのは投球の美しさに一目惚れしたのがきっかけだったけれど、あの頃の球威や伸びはなくなっても彼のピッチングに惹かれるのは、「チームの勝利」という目的からブレることなく、一本筋の通った哲学をもつところにある気がする。
成熟するにつれてできなくなることも増え、不安を感じる場面も増えるかもしれないけれど、彼がそのプレッシャーを乗り越えていく姿に、私はこれからも励まされ続けていくのだろうと思う。


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