エースの矜持。

背番号1番をエースと呼ぶらしい、と知ったのは高校野球を見始めた中学2年の春だった。

『4番でエース』という言葉があるように、野球において『エース』と言えばピッチャーのことだ。

絶対に点を取らせない、負けないピッチャーのことを、私たちは『エース』と呼ぶ。

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しかしよく考えてみれば、自ら点を取ることのないポジションを『エース』と呼ぶスポーツは珍しい。

サッカーならエースはストライカーだろうし、バレーならアタッカーだろう。野球と同じく攻守がはっきりわかれているアメフトでも、エースといえば攻撃の要となるQBだ。

つまり他のスポーツにおいては『勝てる選手』がエースと呼ばれるのに対して、野球においては『負けない選手』こそがエースと呼ばれるのだ。

この2つはチームを勝たせるという意味では同じだが、かかる重圧の性質はかなり異なるだろう。

もちろんここぞのところで点を決めなければならないプレッシャーはどんなスポーツにもあれど、エースピッチャーは自分がマウンドに立ち続けている間、相手のバッターに常に勝ち"続け"なければならない。

つまりエースピッチャーに必要なのは、他スポーツのエースのような一瞬のチャンスを逃さないアタッカーとしてのセンスではなく、相手にどれだけ揺さぶられても長時間崩れない安定したスキルとメンタルなのだ。

そして何より、ピッチャーは得点に貢献できないポジションだ。

※セ・リーグの場合は打順も回ってきますが、それはあくまで『バッター』としての役割であって、純粋なピッチャーの役割としては守備のみ、という意味です

つまり自分が0点に抑えたところで、必ず勝てるとは限らない。

もし自分のチームも点が取れなくて0点に抑えられてしまったら、引き分けに終わってしまうのだ。

ピッチャーの仕事は相手に点を与えないように抑えることだが、それは『よくて引き分け』を作ることでしかない。

勝てるかどうかはチームメイトが点を取ってくれるかどうかにかかっているので、0点に抑えたらあとは攻撃で点を取ってくれることを祈るしかない。

エース同士の対戦ともなると6、7回になってもスコアボードに0が並び続けることがあるが、その間のピッチャーのじりじりした焦りと緊張感を思うと、並みの精神力では到底耐えられない職業だなと改めて感じる。

他のスポーツでも逆にどんなに自分が点を入れても守備がザルだったり(野球界ではこれを『一緒や!打っても!』と表現する)、パスをつないだ後は相手に任せるしかない状況は多々ある。

しかし勝ちの賞賛以上に負けの責任を負い、一人マウンドに立ち続ける野球のエースは、孤独感と責任感の面で他のスポーツと比べて特殊な役割なんじゃないだろうか、と思うのだ。

もちろん野球はあくまでチームスポーツだし、ピッチャーが一人で抑えているわけではなく、女房役とも言われるキャッチャーをはじめ、守備によって助けられる場面も多い。

一方で、プロにおいてはエースといえども完投することは稀で、基本的には中継ぎ・抑えと呼ばれる別のピッチャーに引き継ぐことになる。どんなに自分が0点で抑えても後のピッチャーが打ち込まれることだってあるのだ。

それでも彼らは、自分でコントロールできない『勝ち』を信じてベストを尽くし、相手打線を0点に抑え続ける。

『負けないこと』こそが、エースの証だからだ。

以前、ベイスターズのエースである今永くんの『援護がないというのは防御率0点台の投手が言うこと』という発言が話題になったことがあるが、負ける状況を作らないことがエースピッチャーの仕事なのだろうと思う。

私たちはいつだって、エースの背中に望みを託す。

何万人もの人からの期待と祈りを背負うプレッシャーすらも乗り越えて、相手のスコアボードに0を刻み続けること。

それこそがエースの矜持なのかもしれないと、ユニフォームに刻まれたエースナンバーを見つめるたびに思うのだ。

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最所あさみ

白球を追いかけて。

"野球"の面白さについて、女子的なきゃっきゃした視点とか突然ビジネスっぽい視点とかちょっとななめな感じからおとどけします
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