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「平成」からの卒業

今年に入ってなんども耳にしてきた「平成最後の夏」というフレーズ。

平成が終わってしまう前に、これだけは絶対やろうと心に決めたことがあった。

それが時間との戦いだということは一昨年の試合でマスクを被っていなかったことから察していたし、何より私がどんなに望んだって、チームが勝ち上がってこの舞台に来てもらわないことにはどうにもならない。

でも、なぜか自然と『それはきっと今年だろう』という気がしていた。

そして今年を逃したら、もう一生チャンスはないだろうということも。

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ひよこは、生まれたときに見たものを親だと認識する。

人も同じように、思春期を支えてくれた存在をスターだと認識するのかもしれない。

劣等感とか罪悪感とか虚無感とか、そういう10代特有の理由もないしんどさは、身近な人よりも手が届かないほど遠くにいる人の方が癒してくれることも多い。

その言葉が「私」に向けられたものではない気楽さと、だからこそ「私」に刺さる当事者性のバランスがちょうどよかったのだろう、と今になって思う。

天才とチームを組むということ。
自分の価値をどう発揮すればいいのかという劣等感と自問自答。
そして、『自信は努力によってしか得られない』という気づき。

今振り返ってみればごく初歩的な当たり前の学びではあるのだけど、私はこのとき『天才と渡り合うには努力するしかない』と腹落ちして理解したし、大げさかもしれないけれど人生が変わった瞬間だったと思う。

私は今でも、自分が天賦の才能を与えられた分野なんてないと思っている。

何も持っていないからこそ、自分で力を得る努力をするしかない。

15歳のときそのことに気づいてから、『努力』は私にとっても好きな言葉のひとつになった。

挫けそうになるたび、自分で『Effort』と編み込んだミサンガを見返しては『もしいつか面と向かって会える日がきたとき、恥ずかしくない決断をしているか』と考えたし、常に『同じだけの努力をしているか』を自問自答してきた。

結果的に望み通りにいかないこともたくさんあったけれど、その努力は確実に自信という財産になっていった。

今の私があるのは、あのとき『努力』の価値を教えてくれた人のおかげだとつくづく思う。

人生は、本当に小さなことで大きく変わる。
10代の頃の出会いは、特に。

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私は好きな選手や憧れのアーティストに会うのがあまり好きではないのだけど、それはある意味怖いことだからなのかもしれない。

彼らのプレーや音楽や言葉を通して感じたことや学んだことが、実はまったくの見当違いで私が大事に育ててきた想像を壊すことになったらどうしよう、という恐怖。

痛いような真実の美しさに迫るよりも、ふかふかした想像の中にいたい。
そういう甘えた心が少なからずある。

だから私にとって誰かに会うということはうきうきするような類のものではなくて、幻想を打ち砕かれることを覚悟して挑む決闘に近い気がしている。

そう、それはつまり『はじまり』ではなく『終わり』なのだ。

あれから15年経って、もうイッパシの大人になって、最後に自分の中の子供時代を終わらせるとしたら、やっぱりこの人には会っておかなければならない。

そんな暑苦しい決意を胸に対面したその人は、想像通り優しくて朗らかで、あの頃私がこういう大人になりたいと思っていたままの人だった。

『今年が最後のつもりだったから、よかったです』

とにこやかに言われたとき、きっとタイミングは今しかなかったんだろうと思った。

大学受験のあの頃でも、夜行バスで揺られたあの時でも、去年でも一昨年でもなく、無駄なものを削ぎ落とした純粋な感謝を伝えるのは今しかなかったんだろうと。

最後に震える声で感謝を伝えて、これで私の「平成」は終わったと思った。
それは同時に、自分の子供時代との決別でもあった。

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『会いたい!』と純粋に思っていたあの頃、『会ったその先』の人生があるなんて想像もしていなかった。

憧れと尊敬をぎゅっと握りしめて15年を走り抜けてきたからこそ、急に目標を失ったような気持ちにもなる。

でもここから先は、過去の憧れを追い越していかなければならないのだと思う。

さようなら、平成の夏。

私は今日から、新しい時代への一歩を踏み出している。

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