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男の美学と女の品格

ときどき家の本棚を整理してみると、自分の趣味嗜好や最近影響を受けているものに気づくことがある。

最近、本棚のエッセイエリアを整理していて気づいたのは、私は『女』がテーマのエッセイに惹かれやすいということ。

ちなみに、私はビジネス書や小説は人のおすすめで買うけれど、エッセイだけは自分の足で探しにいくようにしている。

エッセイはその瞬間に心が必要としているものを選ぶべきで、人のおすすめはあてにならないと思っているからだ。

ビジネス書を読むには頭が疲れているけれど、何か活字を追いたい。かといって小説を読むほどの時間はとれない。

そんなときに重宝するエッセイ集は、気づけばいつのまにか本棚の一角を占拠している。

中でも、女性の生き方や美意識をテーマにした本がことのほか多い。

ざっと目についたものを羅列してみる。

・女性を美しくする言葉(中原淳一)
・大人の女が美しい(長沢節)
・反貞女大学(三島由紀夫)
・女たちよ!(伊丹十三)
・わたしの三面鏡、わたしの台所(沢村貞子)
・女が愛に生きるとき、女はふともも(田辺聖子)

上記に加えて幸田文や白洲正子、向田邦子、小泉今日子、石田ゆり子、小林聡美、小川洋子などのエッセイが並ぶ。

どうやら私は、自分で思っている以上に女性の生き方や美意識のようなものに関心があるらしい。

一方で池波正太郎の『男の作法』や塩野七生の『男たちへ』も好きだし、最近ハマって読んでいる武士道や葉隠はTHE・男の美学にまつわる論考だ。

つまり私は男性的な美学と女性的な品格について学ぶのが好きなのかもしれない。

本棚を整理しながらそのことに気づき、これだけ性の多様性が叫ばれている中で、私はなんて全時代的な人間なのだろうと暗澹たる気持ちになっていたけれど、ふとこれは突き詰めれば『いかによく生きるか』への興味なのかもしれないと気づいた。

私が好きな本は古典や作家が古い人間であることが多く、ダイバーシティやフェミニズムなんて言葉すらなかった時代に書かれたものがほとんどだ。

するとどうしても仕事における美学は男性のものとして書かれがちだし、生活を豊かにする品格は女性のものとして書かれる傾向がある。

ただ、それらの書物を『男女で分ける旧時代の読み物』と断じてしまうのはもったいないのではないかと私は思っている。

本に書かれていることの根底は、平成が終わろうとしている今も大きく変わってはいないはずだからだ。

いち社会人として、プライドをもっていい仕事をするとはどういうことか。
生活を豊かにし、感性を磨くためには日常の中で何を心がけるべきか。

便宜上、それぞれ『男性向け』『女性向け』に書いてあるけれど、社会的役割として性差の垣根がなくなっている今、私たちは両方の書物から学ぶべきなのかもしれない。

『男子たるものかくあるべし』『女の幸せはこういうもの』というメッセージは、たしかにもはや時代錯誤でナンセンスだ。

しかし、そこに書かれているエッセンスは、男女関わらず役に立つものも多い。

現代に生きる私たちは、誰もが男女という枠に二分されるのではなくグラデーションの中で生きている。

だからこそ、自分の中の男性的な美学と女性的な品格どちらも育てるという意味で、かっこいい人間の生き方を過去のエッセイから学ぶ必要があるのだと私は思っている。

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