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まるでドラマのようだと、誰もが言うけれど。

日本中が熱狂した、侍JAPANの世界一奪還。野球好き以外にまでその熱狂は広がり、この数日はタイムラインが野球の話題で溢れかえっていた。

今年の日本代表は、大谷翔平とダルビッシュ有という大スターをはじめ、ヌートバーや村上宗隆など話題になる選手が多かったことも人気の理由のひとつだろう。

そしてそれ以上に、「主人公・大谷翔平」のためのドラマの筋書きかと思うほど劇的な展開が続いた。野球好きでなくとも伝わる大谷の凄さと「持ってる」感。振り返ってみれば、ドラマにしてはできすぎなほどドラマチックな物語。

けれど現在進行形の試合はどう転ぶかわからないリアリティショーだからこそ、誰もが手に汗を握りながら応援し、感動し、涙した。

決勝戦の終盤だけでも、これでもかというほどドラマが詰め込まれていた。

一点差で迎えた9回表、大谷がクローザーとしてマウンドに出てきたこと。2アウトでちょうど最後のバッターとしてトラウトが出てきたこと。2009年WBC決勝でダルビッシュが優勝を決めたときと同じ、外角のスライダーで三振に打ち取ったこと。

現実は小説より奇なり。この言葉を地でいくような展開だった。

大谷だけではなく、このWBCでは不振が続いていた村上宗隆が見せたドラマにも、日本中が歓喜した。

メキシコ戦の最終回、一打出れば逆転の場面。その日も振るわなかった村上くんは、大谷が打ち吉田正尚が四球で出塁した絶好の場面を振り返りながら、「バントも頭をよぎった」と語っていた。

令和初の三冠王とはいえ、高卒5年目の23歳。国際試合の経験はまだ少なく、CSや日本シリーズといった短期決戦を戦った経験もそう多くない。それに加えて、一次リーグで4番に据えられながらもここぞの場面で凡退し続けたことが、日本中の注目を集めることになってしまった。

こんなにもプレッシャーがかかる場面に送り出さなければならないことに、ファンとしてはただただ胃が痛かった。本当ならもっと気楽にのびのびやらせてあげてもいいはずの年齢で、すべてを一身に背負って、たった一人で打席に立たなければならない。その孤独とプレッシャーは、想像を絶するものだっただろう。

3年前、村上くんについてこんなnoteを書いた。

まだピカピカの高卒2年目。チームで頭角を表し、ただただ期待だけが膨らむ、上り坂を駆け上がっていくだけだった頃。

あれから3年経って、あっというまに村上くんはチームの主軸となり、若き主砲としてここぞの場面で打ちまくり、三冠王のタイトルまで獲得した。ずっとファンの期待に応え続けてきた、私たちの希望。

そんな村上くんが、WBCでは期待に応えられない自分に焦り、悔しがり、辛そうな顔をしている姿が目立った。普段ヤクルトにいるときは、いつでも落ち着いていて、胆力があって、勝負強くて、自信満々にバットを振っていた村上くん。ああ、彼もプレッシャーを感じたりどうにもならない自分に焦ったりするのだ、と安心と応援と切なさが混じったような、なんとも言えない気持ちになった。

そしてそのプレッシャーは、大谷のいう「計算される選手」になってきたからこその苦悩なのだ、とも。

普段ヤクルトのなかでは、主砲といえど18歳から可愛がってきてくれた人たちに囲まれ、慣れ親しんだ球場でいつものファンからの声援を浴びながら、思い切ってバットを振ることができる。みんなが「かわいいムネ」として扱ってくれるし、打てなければ忖度なくいじってくれるからこそ、「若手」としてのびのびプレーできる。

でも日本代表のクリーンナップに選ばれた以上、「まだ若いしね」「いい経験ができたね」ではすまされない。若手から中堅へと、期待から計算へと変わっていく成長痛を、彼はいやというほど感じさせられたのだと思う。

19歳の村上くんを見ながら、私は「大きく成長していくだろうからこそ、きっといつか感じるはずの壁」に思いを馳せていた。

もちろんずっと自己ベストを更新し続けてくれればそれに越したことはないけれど、人生はそううまくいくことばかりではないから、人の期待に応えようとしすぎずのびのび打って欲しい、と思うのだ。

たとえ打てない時期が訪れたって、これまでもらってきた夢と感動を糧にまた一打を信じて応援しつづけるのが、ファンという生き物なのだから。

そして最後の最後に、村上くんはこれまでの声援に応えるかのような一打を放った。みんな、君のそれを待っていたんだ!と言いたくなるほどに美しい、いつもの「村上宗隆」のヒットだった。

このドラマもまた、日本中を席巻した。WBCではじめて知ったであろう人たちも、途中何度も落胆しながらもあの一打に一緒に熱狂してくれた。

けれどそんなドラマは、大谷や村上やダルビッシュといった限られた選手だけにあるのではない。選手の数だけ、ファンの数だけ、それぞれのドラマがある。

今回は普段野球を見ない人にもわかりやすい物語が短期間のうちに詰め込まれていただけで、シーズン中にはひと試合ひと試合のすべてにドラマがある。

他の人にとってはとるに足らないようなシーズン中の一試合も、特定の選手を応援していたり、個人的な思い入れを持って見にきている人にとっては、かけがえのないドラマが生まれることがある。その「奇跡」に気づけるかどうかは、自分が積み重ねてきた物語の厚み次第だ。

国際試合のような大舞台でなくても、私たちの人生だって、奇跡とドラマに溢れている。大谷のような絵に描いたような主人公には慣れなくても、泥臭く目の前のことをコツコツやっていくことで日の目を見るときはくるかもしれない。

日本代表のすべての選手が誰一人欠けることなくきちんと戦力として自分の役割を果たし、その結果が世界一の栄光をもたらしたように、もっと言えば選手だけでなくその家族や裏方さんたちの支えがあってこそ頂点を獲れたように、私たちにも私たちの役割があり、ドラマがある。

はたから見たらなんてことない出来事も、自分にとっては大切な物語になるなんてことは、いくらでもある。

今日からまた、私たちも自分の物語を紡いでいく。自分なりのドラマを演出し、最高の瞬間を手に入れるために。

▼カバー写真はMLB公式の動画アカウント「Cut4」が投稿した写真より。


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