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「みんな敵がいい」の真意

先日何気なく勝海舟の『みんな敵がいい』という名言をツイートしたら、思いがけずたくさんの反応があった。

勝海舟の名言の中でも、この一節はとても『勝海舟らしい』言葉だ。
彼ほど四方八方敵ばかりの人生を送った人もそういないだろう。

幕臣でありながら開国派を支援し、一戦交えることもなく君主を『敗戦の将』にした勝海舟は、開国派から見れば敵陣営でありながら、幕府側から見れば裏切り者であり、どちらの陣営にも居場所のない人だった。

実際に何度も命を狙われ、一歩間違えれば暗殺されていてもおかしくなかった勝海舟は、まさに『みんな敵がいい』を地で行くような生き方をした人だった。

とはいえ、はじめてこの言葉に接したときは『無闇に敵を作らない方がいい』という考え方との矛盾を感じてうまく自分の中で消化できていなかった。
しかしフリーランスとして自分で仕事を作るようになって、やっと言葉の真意がわかるようになってきた。

勝が言いたかったのは『敵を作れ』ではなく、『味方などいないと思え』ということなのだと思う。

この世に本当の味方なんてあるものか。自分の身は自分で守るもんさ──。

カラッと笑いながらそう語る勝海舟の姿が浮かんでくる気さえする。

新しいことをはじめるとき、誰が応援してくれるだろうか、何人が協力してくれるだろうか、と味方の『票』を数えたくなるのが人情だ。
誰だって新しいことをはじめるのは不安だし、少しでも自分に賛成して便宜をはかってくれる人を増やしておきたいと思う。

しかし、その安心感はそもそも勝手な思い込みでしかなく、いとも簡単に裏切られることになる。

いざとなれば誰だってまずは自分の身を守ることを優先する。
はじめたときは仲間だ、味方だと思っていても、利害関係の風向きが変われば敵味方はいとも簡単に入れ替わる。

それをいちいち『裏切りだ』『味方だと思っていたのに』と責めたところで何もはじまらないし、恨みが募るばかりだ。

だからこそ『味方なんていない』と明るい諦めを持っておくことこそが、無駄な期待と失望を繰り返さずにすむ秘訣なのではないかと思う。

これは私が事あるごとに引用している小林秀雄の『本当に信じているものがあれば徒党を組む必要はない』という話にも近い気がしている。

僕は僕流に考えるんですから、勿論間違うこともあります。
しかし、責任は取ります。
それが信ずることなのです。
信ずるという力を失うと、人間は責任をとらなくなるのです。
そうすると人間は集団的になるのです。
自分流に信じないから、集団的なイデオロギーというものが幅をきかせるのです。
(小林秀雄「信ずることと知ること」)

***

勝海舟はわざと挑発するようなことを言って敵を作っていくタイプの人ではあったのだけど、表面的な好き嫌いや敵味方という考え方とは別に、彼の中には『人は利害で動く』という超合理的な哲学があったのではないかと思う。

尊敬や陶酔も恋のようなもので、一気に燃え上がるタイプの人ほど冷めるのも早い。
どんなに『一生ついていきます!』と語っていても、情勢が変われば人はいとも簡単に態度を変える。
そもそも武士の『忠義』だって、封建制度というシステムに組み込まれていたからこそ発展したものであって、心から君主に恩義を返すために仕えようと思っていた武士がどれだけいたかわかったものではない。

さらに言えば、人は自分が見えないものを見ている人に恐怖を感じる生き物だ。
はるか先の未来を見通して100年後のための舵取りを考えていた勝が他の幕臣や為政者たちに理解されなかったのは当然だろうし、彼の考えが理解できないがゆえに反発した人も多かったのではないかと思う。

つまり、先が見通せるということ、人と違うものが見えているということは、それだけで敵ができてしまう要因になりうるのだ。

しかしこれは逆に言えば、周りが敵だらけということはそれだけ自分が他人に容易に理解できない世界を見ているという証拠でもある。

だからこそ彼は『敵がいないと、事ができぬ』と言ったのではないだろうか。

事を成すということは、誰にも理解されない世界を生きるということ。

真の味方など存在し得ず、安住の地などないと理解するところから、すべてははじまるのだと思うのだ。

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