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ホタテの矢印 Go to fisterra #0僕の旅と巡礼

僕が旅に出た理由を、ここに書こうと思う。

その要因は経験にあると思うので、経験についてもここに書いていく。

少し長くなるかも知れないが、お付き合いいただけると僕は嬉しい。

巡礼 宗教上の聖地、聖域に訪れ(参詣)おまいりすること

イエスの弟子ヤコブが歩いたと言われている、フランスとスペインの国境「ピレネー山脈」のフランス側の麓の町 saint-jean-pied-de-port (サン-ジャン-ピエ-ド-ポール)からスペインの北に位地するガリシア州の州都(県庁所在地みたいな)santiago-de-compostela (サンティアゴ- デ -コンポステーラ)という街まで約800kmの巡礼路「通称カミーノ(camino)」という道がある。

小学六年の夏

2012年の夏休みと前後含む三ヶ月間、ヨーロッパ周遊の旅に父親に連れてってもらった。そのうちの一ヶ月と少しの出来事が、一番僕の心に残っている。旅に出た第一の要因がここにあると思う。

僕と父親と弟の三人は「カミーノ」を 7月16日~8月23日の39日間かけて歩ききった。暑い夏に小学生にはかなり重い荷物を持って、決して楽しいばかりではない日々を過ごした記憶がある。

今思えば正直、小学生がよく歩いたなと自分で思うほどだが…今の残ってる歩いた思い出を、一言で言い表すなら「楽しかった」の一言だろう。

一度目の巡礼

毎日毎日ただ歩くだけの生活なのに、歩いてるだけで多くの大人達が話しかけてくれる、君たちのおかげで元気がでたよと感謝される、見知らぬ町の人が君たちは強い!!なんて叫んでくることもあった。

ただ歩いてるだけで、どうして知らない人に感謝されたり、ほめられたり、喜んでもらえたりしたのか、その時はわからなかった。

細部までは覚えていない記憶ばかりだが、仲良くなったアメリカ人と多くの時間を共に過ごして、とても楽しかったこと、お別れの日に彼が先にでようとしてたタイミングで僕はうんこしてた…w

熱中症で父親が本気で死にそうになったこと。

レインコートを着て大粒の雨(霰だったかな?)自分の汗と外の湿度での不快感に、身体に刺さりにくる霰が鬱陶しいのなんの

何度も水不足を味わうなかで、グミを口にいれて飲み込まずに唾液を出してごまかすなんてこともした。

弟がめちゃめちゃ怒られた日、一緒に歩いてた若いスペイン人のがすごい気まずそうにしてた、粘って夜遅くまで歩いたが、木の下で野宿して朝露でビッチョビチョになったこと。

スーパーの駐車場で、くだらんことで笑い死にそうになったこと。

その時の自分では分からなかったが、思う通りにいかない悔しさというか、ままならない感情が溢れて涙が溢れた日

異常なほど食べたカップケーキに、1€サラミ、超美味しかった生ハム、トルティージャ、レチェ・カリエンテ(ホットミルク)、蛇口ワインなどなど思い出の食べ物もたくさんある。

綺麗な女の人にハグされる度に、鼻の下をのばしてたことも…

まだまだありますが、大切な思い出ばかりで今でも良い経験だったと胸を張って言えると思う。

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高校一年の冬

これが第二の要因にあたると思う

2016年 12月23日~12月30日の一週間 人生初の一人旅

夏から始めたアルバイト…特にたいしたお金の使い方もしないなか、ある日父親が言った一言が僕に刺さった。「バイトした金で海外行けるじゃん」

それを聞いてカンボジアの航空券の値段を調べた僕は、「行けるじゃん」と思ったのを今でも覚えてる。

カンボジアを見てた訳は、父親の友人が住んでいて、その人には小さい時かから良くしてもらってた。いつか遊びに来てと言われていたのがあり、行きやすいなと思ったからだ。

その人は連絡を取った僕に、二つ返事でおいでよと言ってくれた。

こうしてその人のお世話になる形で、人生初一人でカンボジアに行くことになった。

一人でカンボジアへ

出国ギリギリで父親に手伝ってもらい、うまくまとまった荷物を持って、家族総出で空港まで見送りにきてくれた。

暑い国に行くからと、真冬に半袖短パンに薄いパーカーだけで凄く寒くて、少し風邪気味になった。

僕が始めてのった便は、とてもややこしかったが、人に聞きまくることでなんとかなったので、できてしまえば思ったより難しくないなと思った。

刺激

今でも鮮明に思いだせる…カンボジアの空港の出口をくぐった瞬間の空気

むわ~っとした空気、なんともいえない独特な匂いに、あちこちから聞こえる騒音、キラキラと妙な光かたをするライトのまぶしさに、だれかを待ってる人達と、タクシー、トゥクトゥクやホテルの勧誘に集まった人の多さに目を細めた。

こんな世界があるのかと、僕に電撃が走った。

カンボジアではいかにお金を稼ぐか、毎日必死に物を売ろうとしてる人や、必死に話しかけてくるトゥクトゥクの運ちゃんがどこに行ってもいる。

夜の市場の喧騒に、蒸し暑くてにぎやかなクリスマス色に

町中こんがらがった電線に、全方向から車の来る、信号の無い交差点の隙間をバイク、原付、トゥクトゥクが攻める攻める

日本の常識なんて一切通じない「別世界」に、僕は心惹かれた。

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進路 旅に出る

やりたいことがなかった僕の中にあったのは、「完全な一人旅がしたい」

短い言葉にするなら「さすらい」のようなものに、憧れていたんだろう。

高校出たら就職して、ある程度お金ためたら海外を旅する。それが漠然とした僕の進路だった。大学という選択肢は、お勉強が嫌いな僕には最初から無かった。

しかしカンボジアに行き、高一の後半から見え方が変わった僕は、やりたい仕事もないのにこのまま就職して良いのか考えるようになったのと、一人旅に出たい欲が出始めたんだろう。

高校三年生の進路選択時に、僕は特別学びたいことが無いのに大学は違う、お金がたまったら辞める前提で就職したら、二年も待てないだろうと…会社側に失礼だと思った。

なので短期でフリーターで稼いだ金で、旅にでようと思い決断した。

決断できたのは、カンボジアの旅がかなり効いてると思う。

旅の目的

ひとつだけハッキリしてる目的が、「もう一度あの場所へ」今度は一人であの巡礼の道、「カミーノ」を歩きたいということ

どうせ歩くなら前より長い距離をなんて、ふわっとした条件持って

ついでにやりたいこと見つけられたら最高じゃん!!

くらいの感覚で、僕は自分探し(Looking for myself)の旅をすることを決めたのです。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

僕の今は、過去の経験によってなりたっています。 

経験させてもらえた環境、その環境を作ってくれた「親」に恵まれたことに、僕はとても感謝している。

未知への挑戦は怖いけど、その先には良いことしかなかった。旅に出て本当に良かったと思ってる。


旅に出れば、「行った国と自分だけがルール」

足踏みした分、起きたかもしれないドラマが無くなっていく

次の投稿からは、僕の二度目の巡礼の話です

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