開会式後に肯定的な意見が急上昇、今からでも手のひらを返してオリンピックを楽しもう

日経新聞朝刊に「五輪ツイート、開幕を機に変化」という記事が掲載されていました。NTTデータがツイッターへの投稿を分析した結果、開会式の前後で肯定的な意見と否定的な意見の量がが逆転していたそうです。

開幕前は直前まで関係者が不祥事で叩かれるなど暗い話題が続きました。中止を求める論調も根強かったと思います。しかし開会式は視聴率が56・4%を記録するなどの大きな注目を集めました。翌日から開催された各競技では日本人選手のメダルラッシュで湧いています。ツイッターのタイムラインを眺めていても、開会式を堺にして好評と不評が大きく逆転した雰囲気は肌感覚で分かります。私は元から東京オリンピックを応援するスタンスでした。多くの人がオリンピックを楽しんでいる様子を見るのは非常に愉快です。

この盛り上がりの逆転を「手のひら返し」だと批判する声もあります。特にオリンピック開催に強く反対をしてきた立憲民主党や日本共産党の方々に対してです。彼らはオリンピック開催に反対して選手らの活躍の場を奪おうとしていました。確かにそんな彼らがオリンピック選手の活躍を歓迎するのは妙な話です。立憲民主党の蓮舫議員はスケートボード男子で堀米選手が金メダルを獲得した際に称賛のツイートをしました。するとそのツイートに対して多くのツッコミが入ります。概ね「ダブルスタンダードだ」という意見でした。安易な中止を求めず、どうすれば成功に導けるのかを一緒に考えていれば、今頃は一緒に盛り上がれていたでしょう。

しかしながら「手のひら返し」が絶対悪だと私は思いません。だれしも手のひらを返す瞬間はあります。私もクリーンエネルギーの特にソーラーパネルに関しては人生で何度も立場を変えています。男女の交際においても、理想の相手だと思って交際をしたけど「思っていたのと違った」と言って別れるのが世の常です。

手のひらを返すにあたって重要なのは明確な根拠です。何を根拠にしてどう意見を変えたのか、説明が可能であれば結構だと思います。結構だというよりかは必要最低限です。手のひらを返すとはつまり脳内の情報が更新されたのを意味します。情報を更新しながら意見を変えるのは生きていく上で必要な行為です。私はむしろ手のひらを返せる人のほうが信用に足るとさえ思います。

オリンピック中止の先頭に立っていた方々も手のひらを返して一緒に楽しめば良いと思います。ただし、何の説明もなく立場を変えれば蓮舫議員のように袋叩きに遭うだけです。どういう理由で中止を求めていたか、どういう根拠でそれが誤っていたと分かったか、今はどういう理由でオリンピック開催を認めていたか。明確にすればよろしいかと思います。ただし、それで支持者がついてくるかは別の話です。

ちなみに蓮舫議員の説明に関して、私は納得できていません。


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