「INFJは自分がない」?
※この記事はINFJの私が個人的な考えを書いたものであり、INFJを代表するものではありません。
タイトル、カギカッコで括りましたが…
INFJの方で、たまにそう思うことってありませんか?
「INFJは自分がない」
先に結論から言うと、この記事は
いやいや、そんなわけないよ!!!
て事を言いたくて書いています。
私も今まで、INFJの皆さんと共有したいテーマの一つとして
自分と他者の境界の不明瞭さ、自分自身の掴みにくさ(主に他者と関わる上で)などの
何とも言えない不思議で、苦しみすら伴う感覚について、たくさん表現してきました。
この辺は多くの反応をいただき、やっぱりに自分だけじゃないんだなぁ…と安心もしました。
心理機能について調べたことのある方はわかると思うのですが、
私たちの主機能は「内向直観(Ni)」、
補助機能は「外向感情(Fe)」ですよね。
どうも「自分がない(かも)」と感じられるのは、
この2つの掛け合わせで大部分が説明できそうな気がしています。
まずは主機能の「内向直観(Ni)」。
こちらのシリーズでも説明しているように、MBTIで内向直観とは「可能性を見据えるもの」であり、16タイプ理論も掛け合わせると、その過程で物事の本質(明言化や視覚化されていないものごとの背景、パターンや骨組み等)を見据えるもの、という説明ができると思います。
(正しくは調べることをお勧めします)
「物事の本質」ですからそもそも「自分」からは離れています。
さらにはっきりとは見えないため、人から疑惑の目を持たれたり、先に誰からも理解を得られないことを悟って自己不信に繋がりやすくなります。
私の場合、自分の要となる、一番熱意を注いできた思考が、ちょっとした外部の刺激で全て無意味なように感じられ、絶望感や自信喪失に陥ることもよくあります。
このようなことから、社会を生きる上で、自分の輪郭を自分でも捉えにくくなる要因が内向直観にはあると感じています。
(もちろん内向直観が私たちに与える影響はそれだけではありません。それは後ほど書きます)
また、補助機能の「外向感情(Fe)」。
調べると比較的こちらの方がわかりやすく、数も多く出てくると思いますので詳細な定義は省きますが、
端的に言ってしまうと、「周囲の感情が満たされるように動こうとする」心理的な機能のこと。
それが叶えば自分自身も満たされるようなもの。
(こちらも正しくは調べることをお勧めします)
「周囲のため」とありますから、こちらの方がより「自分がない」と感じられる要因につながりそうな気がしますよね。
まさにそうで、「内向直観」と掛け合わせると「物事の本質=自分ではないものを見ている」、さらに「外向感情」で「周囲のために」動くわけですから、
唐突に「あなたはどう感じるの?一体何がしたいの?」と突き付けられると迷いが生じ「私って自分がないのではないか」と感じてしまうのも仕方がないと思えます。
では、INFJは本当に「自分がない」のでしょうか?
言い換えると、「世界(自分が居ることが想定されない)の理想のために生きる」ことが私たちの使命なのでしょうか?
あるいは、そう生きることが本当に私たちの幸せなのでしょうか?
「幸せ」については、人それぞれだと思うので、私個人が断言はできないと思います。
けど、「自分がない」かと聞かれたら、私は「全くそんなことはない」と思います。
なぜ私がそう思うかを、ここから説明します。
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