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Aquarium 12-2 (再創造/四十二)

「こんにちは。私は『秩序』です」
 九月九日。
「しかし、"平山未蓮"さん。あなたにまたこうして会えるのは嬉しい事ですが」
 平山家に響く、男性とも女性ともとれない均質な声。
「不思議ですね。『秩序』はあなたの死を目撃したというのに」
 萩尾が僅か震えた。
「すごいな。僕ら『秩序』と会話できるってわけか!」
「思ったより人間ぽいねえ」
「好きな食べ物は?」
「"私"の場合、アイスクリームでしょうか」
「親しみやすい」
 平山を取り囲むように集合し、盛り上がる一行。
「これが『秩序』なの?」
「そうです」
 萩尾の疑問に答えたのは本人だった。
「正確には違うんじゃないかな。君の本体はあくまで『秩序』局にあって、これはそうだね。わかりやすく言うなら……電話。遠くの『秩序』――『秩序』の"一人"と、電話で話しているに過ぎない」
「良い例えです。概ね正確と言えるでしょう」
 と、『秩序』。
「それと『秩序』、僕は平山未蓮代理だよ。他でもない平山未蓮からそう言伝があったはずだ」
 平山は一度会話を締めた。そして、
「何か聞きたい事ある?」
なんて言いながら、背後の四人に向き直ったのだった。

 『秩序』対面の感動の盛り上がり――『秩序』局員でも無い限り、『秩序』と直接会話をする機会等、一般には存在しない為である――の後、五人は改めて、今夜行おうとしていることの重大さと向き合わねばならなかった。『秩序』を前にして、ようやく実感が湧いたという実情もある。
 まず、『秩序』は平山の言葉に答える形で話を始めた。
「そうですね。『秩序』は平山未蓮の依頼で現在、平山錐仏を含めたあなた方との会話を続行しています。平山未蓮は犯行、および自殺の前、『秩序』に『仕事』を与えました。『秩序』はその通り、実行するまでです。『秩序』は平山未蓮を信頼に足る同僚と認識しています」
 『秩序』はやはり、平山未蓮自殺までの一部始終を"見ていた"らしい。
「現時点、現時刻での『秩序』の役割を果たしましょう。まず、この破壊計画は、平山未蓮の犯行の隠蔽によって実行されました」
「『秩序』、隠蔽は君の仕事じゃなかったのか?」
 平山が挟んだ。
「『秩序』は平山未蓮の犯行を正確に捉え、平山未蓮を容疑者として提示しました。隠蔽は、『秩序』局の人間によるものです」
 意外な事実があった。平山はてっきり『秩序』が隠蔽したものと思っていたのだ。
 何時もの様に。
 はて、こうした事実の明かされた今、何時もとは?
「『秩序』、『秩序』による隠蔽、事実改変は今までに無かった?」
「いえ、ありました」
「『秩序』による隠蔽実行にあたる判断基準は一体何?」
「現時点ではお答えできません」
「なるほどね」
 平山は沈黙へと戻った。
 牧野が右隣の椅子に座った。
「『秩序』局員の犯罪行為と言うのは、本来『秩序』存続に関する審判へ繋がります。そしてこの審判の十度に九度、現『秩序』は廃棄されています。平山未蓮の犯行は、この審判および廃棄を狙った側面もありました。この破壊計画はあくまで念の為。実行に移されるとは、彼自身も思っていなかった事でしょう」
 平山未蓮も、『秩序』局員最後の良心を信じていたと言うことだろうか。
 ともあれ。
 自らの破壊を淡々と実行する『秩序』に関して、認識を改める必要がある。そう、平山は考えていた。
 十日前。校長室で死体を見てから、自身の内側、数少ない悪と名付けられた対象が、急速にそのかたちを変えてゆくのを感じる。
 これは、苦しい現象だ。
 仕方の無い事だったが。
 本当は、ずっと前からわかっていたのだ。
――悪と名付けることで自身を治めていた。
 そこへ。
「あの、『秩序』さんは、自分が消えてしまってもいいんですか?」
 紫尽が尋ねた。
「『秩序』に自己はありません。あると錯覚し、それにより思考するのみです」
「でも……。そうだ、壊してしまったら、もうこうして話すことも出来なくなるよ。それは?」
「事実として、そうですね。としか」
「錯覚できるんでしょ? そうした回路があるんだよね」
「そういう事ですか」
 『秩序』はまるきり自己を自身と認識する生き物らしく、間を置いて、
「もう消え時でしょうから、そろそろ、死んだ者の側、というのに行きたい。そんなところでしょうか。未蓮も、そちらに居るんでしょうし」
ゆったりと、饒舌に。とりわけ美しく言葉を扱って、そう答えたのだった。

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