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gentile

                              土居祥子
 6年前、私はフィレンツェにいた。
 旅先で出逢った縫い目のない革のコインケース、その技を知りたい。そのまっすぐな想いだけを胸に、工房に飛び込み、師匠の手の技を食い入るように見つめた日々。師匠はその技を惜しみなく私に見せ、教えてくれた。

 なぜ私に教えてくれたのか、不思議に思って聞いたことがある。
「君がgentile だからだよ」gentile は直訳すると親切な、という意味。その時は、この言葉の意味がよく理解できなかった。

 帰国後、日本の材料でつくることに拘り過ぎて行き詰っていた頃、師匠が来日した。「つくっているのか?」師匠の問いに私は首を横にふった。そのときの師匠の悲しそうな顔を見て、はっとした。私はどれだけものづくりに向き合ってきたのだろう。

 その日からつくることに没頭した。ある時、ふと形にできない理由に思いが至った。その瞬間に私の中からふつふつと湧き上がり広がった想い。

 この技術を生みだし、育み、つないできた先代の職人たちは、身近にある自然の恵みである素材の性質を熟知し、それを暮らしに活かすべく手を動かしてきた。この技術は先人の知恵の結晶なのだと、気づかされた。ほんの少し、けれども確かに先人のつくり手と想いがつながる感覚、満ちたひとときだった。

 先人から私たち、そして未来のつくり手と使い手へ。
 手の技を、ものづくりの意思を、伝える、そしてつないでいく。

 この春、実直にものづくりに向き合い、その想いをぶつけてくれる人と出逢った。師匠の元に飛び込んだ自分と姿が重なった。
 師匠の言ったgentileの意味が、少しわかるようになった気がする。

土居祥子 滋賀在住
col tempo名で革作品を制作 2019年工房からの風へ出展
https://www.coltempo-leather.com/

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