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「風」


#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門

「あらすじ:リーンとヨテはある村で暮らしている、仲の良い幼馴染。ある時、不吉な黒い人間が村に現れる。」

本編

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四つのエレメントがこの地に現れる時。
大地は引き裂かれ、空と海が荒れ狂う。
四つのエレメントがこの地を去る時。
この世は平和を得るだろう・・・
 
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どうっと風が吹いた。
生ぬるいが、辺りを薙ぎ払う強さがあった。
地面に生えている草が、一斉に倒れた。
どこから来た風なのか。
それすら分からず、ただ立ち尽くしていた。
 
Ж
 
春の訪れは意外と早く訪れた。
家の脇を通る川べりに、ダージリンの綿毛が舞っているのを、いち早く見つけた。
それは、まるでばあやから聞いていた「そら」から舞い降りるお天道様の使者のようだった。
ふわふわ舞う綿毛を取ろうとして、体制を崩したリーンは、次の瞬間、誰かの腕に支えられているのを感じた。
腕の感触を待たずとも、近くにヨテがいることを知っていたリーンは、すぐさま身を翻して腕の中から離れ、体制を整えた。
「捕まえられると思った?」
リーンは背中まである金の髪をひとなでして、幼馴染に言った。
「いや、別に」
ヨテが笑う。
リーンと違う黒髪が、陽の光で輝いている。瞳は栗色の輪に彩られた、薄い緑色だ。リーンはその髪の色と瞳を美しいと思う。
美しい子は、この村に沢山いるが、ひときわヨテは美しいと思う。
「捕まえてごらん」
リーンはそう言い放ち、くるっと回って走りだした。ヨテが仕方ないなとつぶやいて追ってくる。

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村は王国の外れに位置している。
国という大きな「かたまり」の中に、一応村は属しているが、ほとんど自治に近い。
豊かな森に囲まれたこの村を構うものはあまりおらず、村のものも、外をあまり知らない。
村長はリーンの祖父だ。
とても厳格ではあるが、村の者に慕われている。
いつも農作物を抱えた村人が話にくる。祖父はものを多く話す方ではないが、村人の話に時折深くうなずいたりしている。
そうした祖父をリーンは心から尊敬していた。
リーンの父と母はリーンが幼い時にすでに死んでいる。
村人が死ぬと、村は一斉に喪に服すが、父親と母親が死んだときは、特に村の沈黙が深かったようにリーンは記憶している。
なぜ死んだのかは今まで聞いたことはない。
祖父と祖母がそれまでと一切変わりはない愛情を注いでくれいていることが分かっているから、リーンは泣かなかった。

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ヨテは村の中央に住んでいる。
村小屋からの幼馴染でリーンと同い年だ。
同い年というだけでもリーンは心強いと思っているが、ヨテは村人の中でも際立って美しい子だった。そのくせそれを気にかけている風でない。
だからリーンはヨテが自慢だ。
ヨテにかなうものなどいない。そんな風に感じる。

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ヨテの手が背中をかすめる。
リーンを捕らえることなんて簡単なのに、ヨテはそうしない。
リーンはくすくす笑いながら、この幼馴染との追いかけっこを楽しんでいる。
春の空気は心地よく、走ると少し汗ばんだ。
しばらくのうち、どちらかともなく走るのをやめ、土手で寝ころんだ。
草木の匂いも何もかも美しいこの世界。
リーンは隣で伸びをしているヨテに話しかけた。
「ねえ、隣の隣に住んでるお姉さん、都市の男の人のところに嫁ぐんだって」
へえとヨテは答える。
「なんでも、貴族の家系で、王様とも繋がりがあるって。今は商人らしいけど、お願いすれば何でも買ってもらえるんだって。羨ましいね」
リーンは横を向いて、ヨテの表情を確かめた。
ふ~ん、と興味なさそうな様子でヨテが答える。
「何でも買ってもらえるって、羨ましいか?リーン」
「羨ましいよ。だって、服も縫わなくてもいいそうだし、それに、村人よりもずっと長生きだって」
「・・・」
「それが本当だとしたら、都市には不老不死のお薬もあるのかもしれない。病気の人の薬だって、高価なものでも手に入る」
リーンは、強く言った。
以前、聞いたことがある。
父親と母親がなくなる前、都市から商人がやってきて、薬を売ろうとしたことがあったそうだ。
商人の姿を見るなり、村長の祖父が激怒し、すぐさま追い返した。
相当な怒りようだったらしい。
それを見ていたある村人が、その薬さえ手に入れば、お父さんとお母さんは死なずにすんだのにね・・・、とリーンにつぶやいた。
薬。
それを手に入れていれば、両親は死なずにすんだ。それさえ手に入れれば。
「リーン」
ふと思い出の中にいたリーンを連れ戻すかのように、ヨテがリーンの手を握って言った。
「でも、その薬というのは、お前のおじいさんが絶対駄目だと言ったやつだろう?」
「そうなんだけど・・・」
「だとしたら、おじいさんの言うことを聞かなくちゃならない。変なものだって都市にはあるかもしれないから」
「変なものって?」
「まだその薬を飲んで、長生きしたものはこの村にはいない。どうしてそれが、良いものだと分かるんだ。おじいさんが反対したのにはきっと理由があるはずだ」
そうなのかもしれない。リーンは考える。
でも、そうじゃないのかもしれない。リーンには分からない。まだ村には私たちの知らないことが沢山ある。
「理由か。でも、そうだね。ヨテが言うように、変なものかもしれない」
くすっと肩をすくめた。
分からない中でも分かることがある。ヨテがすごく自分のおじいさんを尊んでいること。それが分かっただけでも嬉しい。
リーンは、ヨテの手を握り返す。
「分かった。じゃあ、こうしよう。お姉さんに直接都市や薬のことを聞くっていうのは?お嫁に言っても、きっと村には帰ってくるから、その時に聞けばいい」
うん。
とかすかにヨテがうなずいた。
風が心地よく頬をかすめていく。
甘い匂いも満ちてきた。お昼だ。
「行こう」
ヨテが立ち上がり、そう言ってリーンを引っ張った。
その時、リーンは思った。
いつまでも。
いつまでも。
ヨテとこうしていられますように。ずっと一緒にいられますように。
村小屋の鐘の音を遠くに聞きながら、二人はまた走りだした。

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その年、王国には様々な問題があった。
いくつか存在する都市に謎の疫病があったこと。
隣の国と戦があるかもしれないこと。
王国の継承者がいないこと。―つまり世継ぎが生まれていないこと。
様々な困難が降り注いでいた。

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疫病は、ある日どこからともなくやってきて、一つの都市の中を駆け巡った。幸い都市に出入りする者は厳しく制限されていたので、すぐに他都市に疫病が広がることはなかった。
しかし、と、ある役人の回想は語る。
疫病はすぐには広まらなかったものの、少しの間「沈黙」し、再び他の都市に襲い掛かった。
その時は、初めの都市よりも早く広がり、死者の数も増えた。
人々は恐れおののき、王が最も危惧していたことが現実になった。
都市から脱出したものが、他の都市に流れ着き、そこで再び疫病が広がっていったのだ。さらに、恐れは怒りに代わり、王政を批判するものも現れた。
苦しむ民に何が出来るか王は必死に考えたが、事態を打開することはできずにいた。

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リンゴンと村の鐘が鳴った。
帰る時間だ。
リーンとヨテは、村小屋から一番に出てきた。お腹がぺこぺこだ。すぐに家路につくと二人で示し合わせていた。
お昼にリンゴの煮物を食べてから、何も食べていない。帰ったらばあやの手作り料理をたっぷり食べよう。
そう思って二人が土手をあるいていた時。
向こうから人らしき人が近づいてきた。
「ねえ、ヨテ」
リーンがその姿を見て、ヨテを呼んだ。
ヨテも何か察したらしく、リーンの手を握り、人らしいものをじっと見つめた。
その姿は異様だった。
全身黒く、何か模様のようなものも見える。歩いているのは確かに人なのだが、黒い塊は右に左にヨタヨタと捩れながら歩いてくる。
「人・・・か?」
ふっとヨテがつぶやいたとき、風が吹いた。

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どうっと生臭い空気が辺りを包んだ。
最初何が起こったのかも分からなかった。
ただ、この匂いが村のものではないことは分かった。
一瞬どこから来た風なのか分からなかった。
嵐のように、そらから来たものでもなかった。
リーンは立ち尽くしていた。

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どうっと再び風が凪いだ。
はっと我に帰った時、ヨテがリーンを突き飛ばし、地面に一瞬伏せてから走り出した。
「ヨテ!」
リーンが叫ぶ。ヨテは黒い塊に向かって走っていく。
その走りは、今朝、同じ土手を追いかけっこした時の速さとは比べ物にならない。
そして。
「φ§ΛЁ・・・・!!!」
何か呪文のようなものを唱えた。
その瞬間。
ふっと、黒い塊のような人間の姿が消えた。
「ヨテ!!!」
再び大きな声でリーンは叫んだ。
「リーン!!!」
ヨテがこちらに再び走ってくる。リーンも走り出す。
「大丈夫か。ケガはないか」
険しい、しかし優しい顔を見て心底ほっとした。
「ヨテ、あれは何だったの?ヨテは何をしたの?」
矢継ぎ早に聞いた。何が起こったのか知りたい。
「あれは、闇だ」
簡潔にきっぱりとヨテは言う。じっとリーンを見る目。真剣な瞳。
「・・・闇・・・」
「そうだ。闇だ。あっちから出てきた」
「・・・あっちって」
「この世の果てだ。そこは闇しかない。そこから出てきた。」
「・・・」
くっと苦しそうな表情をヨテは見せた。
この世の果て。
この世とあの世の境界。
リーンは面食らう。
この世の果てなど想像もしたことがなかった。いつも世界は村の中だけだった。都市は外ではあったも、この世の果てではなかった。闇しかない果て。ヨテの苦しそうな表情。
「・・・そこから来たことは分かった。でも、ヨテ、あんたは何をしたの?どうしてそんな顔してるの?」
ヨテは目を伏せた。
何かを言おうとしている様子は分かった。リーンは先ほどのことを頭に浮かべる。果てというところから、あの闇の人間が来た。そして、とても臭い匂いを発していた。ヨテは「それ」を消し去った。
「オレは・・・。風使いだ。・・・風を操る術者だ」
リーンは、さっと、見わたし、辺りに人がいないことを確認した。何か、聞いてはならないこと、人に聞かれてはいけないことを聞いたような気がしたからだ。
風使い?
「オレは、お前とお前の大切なものを守る。それだけだ」
くっとヨテがまた険しい表情をした。けれど、その言葉に嘘はない。リーンは知っている。ヨテが誰よりも自分を大切に思っていることを。
だから、これ以上聞いちゃいけないと思った。
「・・・ヨテ・・・」
「リーンは、ただそこにいてくれればいい。オレが誰であろうと。何者であろうと」
「・・・分かった」
リーンも唇かんだ。
きっとヨテは自分を守ってくれる。きっと。ヨテは信じられる。
でも、あの不気味な闇というやつを思い出すにつれて、身ぶるいがしてくる。そして、そして信じると決意する心とは裏腹に不安も押し寄せてきた。
リーンは再びヨテに向き合い、ヨテを抱きしめた。
ヨテが私を守るというなら、私もヨテを守る。
何が出来るかも分からないけど・・・。

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その日は眠れなかった。
夢を見た。
巨大な黒い塊にヨテが吸い込まれていく様子を、ただ黙って見ている自分がいる。
泣くことも叫ぶことも出来ない。
ただ、立ち尽くし、ヨテを飲み込んだ塊がその存在が消えていくまで、立ち尽くしていた。

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都市では疫病の対策が行われていた。それぞれの都市を完全に遮断し、壁は一段と高くなった。
疫病にかかったものは、どこかへ連れて行かれた。人々はますます沈黙するか、王政への批判をした。
どこからこの疫病がきて、生活はどうなっていくのか。なぜ、収まる気配がないのか。
そもそもこの疫病は、収まることが出来るのだろうか?
沈黙と批判は王国全土に広まった。
王は何をしているのか。
自分たちを救わないのか。
これは、隣国の仕掛けた戦ではないのか。
狂っていく生活に、人々はなすすべがなかった。
やがて王は決意した。
この疫病の真犯人を見つけると。
そして、一番最初に疫病にかかった都市に、軍を送りこんだ。

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翌日村の中心で、ヨテを待った。
村小屋へはここから少しだ。
昨日の出来事と夢のせいでリーンは眠れなかった。
やはり、ヨテに聞きたいことがあった。ただ一つ。風使いに私もなれるのか?
風使いになれたら、私もヨテを守れる。不気味な闇というものから、ヨテを、家族を守れる。
そうしたら、安心だ。
その提案を、合流したヨテに聞いた。
しかし、聞くんじゃなかったと思った。ヨテがとても苦しそうな表情をしたからだ。
「ヨテ、私はなにも危険なことをあえてしたいんじゃない。ただヨテ、あんたが心配なの」
「・・・それは出来ない。風使いはなろうとしてなれるものではない・・・」
「分かる。分かるよ。夢を見たの。ヨテが闇に連れていかれるところを。私はそこでただ立ち尽くしているだけ。何も出来ないの。それが悔しいの」
「・・・」
ヨテの綺麗な瞳が暗い。私の声は届いただろうか?
「リーン。さっきも言った。お前を危険にさらすことも出来ないし、術者にはさせない」
「・・・ヨテ」
真剣な表情に気圧されて、リーンは怯んだ。

Ж
 
その刹那、またもや不吉な気配がした。
ぞわっとリーンの背中が身震いした。
誰かが見ている。
そしてその距離は近い。
 
風が吹いてきた。
どこからともなく。
はっとヨテは身構え、辺りを見回す。
やがて手を組み、呪文を唱えた。
「ЗΔτΞ・・・!!!」
リーンは身を守ろうとしたが、風がどこから吹いてきているのか分からず、ヨテにしがみついた。
「リーン!オレの傍を離れるな!」
そうヨテがそう言い放った瞬間、ざっと地面から黒いものが立ち上がり、辺りを一瞬にして覆いつくした。
「ヨテ!!!」
叫ぶ声もかき消される!
リーンはヨテを必死につかむ。
夢だ。あの夢と同じだ。
ヨテが。このままだとヨテが連れ去られてしまう・・・!!
風が薙いでゆく。
目の端に赤いものが映った。火だ。
風に煽られて揺らいでいるのは炎だ!
「ヨテ!燃えている!」
ふっと目をやると、ヨテの衣に火がついていた。
「λξБ・・・!!!」
ヨテが呪文でかき消す。
そして強い力でリーンを抱き寄せる。
「・・・水を」
「え?」
「水を想ってくれ。そうすれば、オレが水を出す」
火になぶられている間も、冷静な声でヨテがリーンに告げる。
ヨテがそう言うなら!
必死に水を想った。水の女神を思い浮かべた。村小屋の本で見た、美しい水の女神。目の前にありありと思い浮かべた。
嵐のような水が現れた。
水は火を飲み込み、見る間に沈静化していく。
ヨテを目の端に捕らえながら、リーンは強く念じた。水の神様!
脂汗をにじませながら、ヨテは呪文を唱える。一方でリーンを抱き、一方の手で空中に向かって叫んだ。
「闇よ!お前たちの居場所を突き止めた。去れ。今すぐ!」
はっと、ヨテを見る。なぜかその言葉を聞いてはいけない気がした。居場所を突き止める。このどこからともなく吹いてくる、嫌な風は一体どこから来ているのか。空か。いや違う。
この世の果てだ。
「待ってヨテ!」
咄嗟にリーンはヨテの裾を引っ張って叫んだ。
「私夢に見たの!ヨテが連れ去られるのを!だからお願い。もう辞めて」
ヨテが視点をリーンに合わせる。
「何を言っている」
「もう、火は消えた。何か違うの。昨日と違うのよ!だから、もう帰ろう!」
「まだだ。まだいる!」
そう叫んで、ヨテはリーンを離した。
「どうして!?どうして離れないで!」
「お前は大丈夫だ。家に帰れ。今すぐ!」
「お願い。待って。私も行く。ヨテと行く」
必死にすがりついた。
その瞬間、強烈な匂いが辺りを包んだ。かっ、とヨテは険しい目を配った。
「!!!」
ヨテが小さな声で呪文を唱える。
ぐわっと世界が回った気がした。ふっと足元から地平が失われ、身体が宙に浮いていた。ヨテの腕をつかもうとする手はむなしく空を切った。
「リーン、また会おう」
悲しげな表情で、しかし強い瞳でヨテは叫んだ。
リーンは気を失った。

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王国の役人が出した答えはこうだった。
一番初めの都市、そこで、長い間ある実験が行われていた。
病に倒れた民に、ある薬が渡された。薬はある程度効果をあげたが、一定量を超えた薬を飲んだものにある変化が見られた。
皮膚に紫の斑点ができ、咳と微熱がその後続く。
疫病だ。
王は問うた。
薬は誰が手に入れたのか。
役人は答えた。一番最初の都市の商人です、と。
ただし、その商人の正体は軍人ですとも伝えた。
ただちに軍を一番都市に送り込む。
静かに王は告げた。

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ヨテ。
ヨテ?
どこにいるの?
私もヨテと一緒に行く。
どこまでも。
 
ふっと目を覚ました。家の天井が最初に目に入った。
そしてその次にばあやの心配そうな顔がリーンを覗き込んでるのが分かった。
「・・・ばあや」
うっすら涙を浮かべたばあやが大丈夫ですよ、ここはもう安心ですと言う。
「・・・ヨテは?」
頭に鈍く残る記憶をたどる。そうだ、ヨテはこの世の果てから来た闇と戦った。そしてまだ戦っているのかもしれない。
たった一人で。
「・・・ばあや。話て。どうして私がここに寝ているのか。ヨテはどうしているのか。ばあや、貴方はきっと何かを私に話してくれる」
ポロっとばあやの目から涙が零れ落ちた。
深くうなずくとばあやは話始めた。

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ばさっと絹の布が払われた。
リーンは祖父の部屋に来ていた。
手元にある本を閉じて祖父は孫を迎え入れた。
「おじいさん。違う、村長様。お願い。私をヨテの所に連れていって」
だしぬけにそう告げた。しかし、驚きもしないことは分かっていた。初めから分かっていたのだ、この村の民は。
「ヨテはまだ戦っているの。闇と。私はヨテを守る。だからお願い。私を風使いにして」
分かった。と村長は言った。
「・・・ありがとうございます」
リーンはそう言って、その場で跪いた。

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その昔、この村の全ての民が風使いと言う特殊な魔法を使いこなしていた。人々は静かに暮らし、時折都市に出かけて、仕事をした。
都市が発展し、仕事がなくなるにつれて、次第に人々の風使いとしての力も失われていった。
風使いとしての役割は終わったのだと人々は考えていた。
ひっそりと世間の目を逃れて生きていこうと村の民は考え、技の継承も行わなかった。
やがて、本当の安らぎを得た。
王国の端で、自治を得ながら畑を耕して生きていこう。そう考えたに違いない。
風使いとしての器に足る者も村から現れなかった。器になるには相当な体力を消耗する。それに耐えうるだけの力を持つものがいなくなった。
それは喜ばしいことだった。そう思っていた。
しかし、ある日、唐突に技の器に足る力を備えた者が生まれた。
ヨテだ。
人々は怯えた。
風使いの力が必要になる。
それは、新たな戦の始まりではないかと。
そして、それは現実となった。
今ヨテはここにいない。
この事実がどういうことを意味しているのか、村人はよく知っている。

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跪いたリーンに村長は厳かに告げた。それはそなたの本当の意思かと。もしかしたら命を失うかもしれない。
孫娘というより、一人の戦士として聞いているのだと、リーンは理解した。
死を覚悟するのかと。
術者になるということは、つまりそういうことであると。援軍はいない。
「はい」
きっぱりと告げた。
ヨテ。
ヨテのいない世界などいても意味がない。そんな生に意味はない。
分かったと村長は告げ、棚から一冊の本を取り出し、折ってあったページをめくる。
柔らかく手でページをなぞると、その手を天に向け、そしてふっと息を吹きかけた。
金色の文字がリーンに降り注ぐ。
どくどくと血が波打つのが分かった。
もう後戻りは出来ない。
村長は、リーンの覚悟を知り、そして孫娘を戦場に生かせる決意をした。
リーン。
必ず帰って来なさい。
そう言って、村長は部屋を出て行った。
ぐっと唾を飲み込み、リーンは叫んだ。
「さあ、闇よ。私はお前たちと戦う!ヨテを返せ!ヨテ!今すぐ行く!」
ばんっと、身体が壁に叩きつけられ、またリーンは意識を失った。

Ж

黒い黒い闇が続いている。
どこまでも、暗い。
宇宙(そら)の暗さと違う。のっぺりとただ暗い闇が続いている。
ヨテ。
リーンは心でつぶやいた。
いるんでしょ。私。リーンよ。
わーん、わーんと耳鳴りがする。
ヨテ。
もう一度、つぶやく。
ふっと首をまげ後ろを振り返った。
ヨテ。そこにいるの?
大地の戦慄きのような耳鳴りが大きくなった。
ぱっと明るい場所にいきなりリーンは転がり出た。
静かな水辺だ。
リーンははっとした。
その畔にヨテが倒れている。そして、その頭上に黒い影が覆いつくそうとしている。
「ヨテ!」
全神経を使って叫ぶ。
その瞬間影はヨテから離れる。
「ξζИΛ・・・!!!」
リーンは唱える。魔法の呪文を。
怯んだ闇は形勢を変えて、リーンに向かってきた。
「!!!」
捕らわれる寸でのところで、空に紋も描き、咄嗟に身体を立て起こす。
しかし、ずるっと足元を何かが掬った。
泥だ。
水辺だと思っていたのは沼なのだ。
リーンの身体は、ずるずると沼にはまってゆく。
そうしている紋によって散らばっていた闇がまた一塊となってリーンに襲いかかった。
「嫌・・・!!!」
声にならない声をリーンがあげた。
その瞬間。
ヨテが起き上がり、手を組み、呪文を唱えるのを見た。
「!!!!」
ヨテ!
生きている!
「ヨテ!こっち来ちゃだめ!」
またもや、行く手を阻まれた闇は、一層影を濃くして再び襲いかかった。

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王国の軍はまず、一番都市の片っ端から住民を調べ上げた。
抵抗するものは、捕らえて地下の牢屋に押し込めた。
商人は都市から姿を消し、跡には人が暮らしていたというわずかな形跡だけが残っていた。
裏切りものがいるに違いないと、役人は王に報告した。
軍が到着する前に、密告したものがいると、役人は言った。
一体誰が。
王は問うた。
王の近くにいるものでしょう。
と役人は告げた。

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リーンに襲い掛かった闇は、何度もリーンの魔法に邪魔されて、まるで生き物のようにくねくねと姿形を変えてきた。
もうこれまでかもしれないと、リーンが思った時。
強い風が吹いた。
それは、すがすがしく清涼な風だった。
ヨテが放った最後の風だ。
直感的にリーンは感じた。
だから、自分の残る力の最後をふり絞り、リーンも紋を唱えた。
風は二人から解き放たれ、闇をなぎはらった。
闇が霧散していくのを見て、リーンは倒れた。すぐ傍まで来て倒れたヨテの手を握った。
ヨテの汗にまみれた黒髪をリーンはかき揚げ、その美しい瞳がもう開かないことを悟った。
ヨテ。
私たち、ずっと一緒にいようね。
ずっとずっと。
どこまでも一緒にいようね。
二人で笑い合いながら、追いかけっこをしようね。
リーンは力つき、最後の願いを空に放った。
輝く濃い緑の草むらの中で、二人はいつまでも、走り続ける。
ヨテと、私と、村人と。
みんな一緒にいようね。
どこまでも。
どこまでも。
いつまでも。
 
                                 完

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