環境音という人工的な音

 一時期、環境音というものにハマって聞いていた。お気入りだったのは、タイプライターの音とキーボードの音。滞りなくタイピングする音を聞いていると落ち着く。そして、自分の作業も捗っているという錯覚が起こる。
 タイプライターの音は情緒がある。エンターキーの代わりに用紙の位置が文頭まで戻る、チンッ、の音も最高だ。キーボードはキーボードで色々な種類があってタイピング音も違う。キーボードも奥が深い。あと種類は違うが、万年筆の音も好きだった。カリッ、カリッ、と金属の先端が紙に触れている音。まさに原始的。だからといって使うことはないが。
 そういう環境音というのは往々にして存在している。振り返ってみると、そういう音を求めているときは、心的状態があまりよくないときだったのかなと考える。単調な音を求めるということは、外の刺激に疲れているのかもしれない。逆に複雑な音を求めるときは(音楽とか)まだ心的状態はマシだと言えるだろう。あくまで経験則でしかない。

 環境音、というと自然に発生している音を想像するかもしれない。しかし、録音、整音、データになってしまえば自然な音とは言えない。確かに自分の耳に入ってはくるが、それは本来の音と違う。それに限りなく近い音、ということになる。楽器というものそういうもので、同じ音を出しているのではなく、それに限りなく近い音を何度も繰り返しているということになる。だから、同じ演奏というのは二度とできない。常に変化する。ただ、録音として残ったものは変化しないので、楽器に触れたとき、同じ音を鳴らしていると勘違いする。別に勘違いしようとも、良いものは良い、と言い切れるだけの寛容さは欲しいところだが。

 時々は外の音を聞く。以外に自分達の世界は身勝手な音で溢れかえっている。それは生活を営む音だ。それを感じ取るのはとても疲れるのだが、それを聞いた後に静かな部屋で音楽を聴いてみる。きっと、耳に蓄積された環境音に比例して音楽に含みが与えられる、と思いますよ。それに反比例して騒がしい場所に赴かなくなるのは否定できません。 


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雨小歩叶

wood hot radio

音楽を聞き流しながら書いている、とってもライトなエッセイです。(全29回)
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