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年に一度きり

私は寅年生まれ。守り本尊は虚空蔵菩薩である。この菩薩の使いは鰻とされる。そのため鰻は食べないようにしている。

三代目古今亭志ん朝師は、寅年生まれであった。二ツ目時代、身内に不幸が重なったときに、母のりんさんから「あなたは信心が足りない。」と言われ、寅年の守り本尊の虚空蔵菩薩を祀る谷中の寺に詣でた。そこの住職に「虚空蔵菩薩の使いは鰻であるから、虚空蔵菩薩の縁日である13日は食べないようになさい。」と教えられた。だが、縁日の日だけ食べないというのは実に都合が良すぎる。だったらこの先絶対に食べまいと決めて40年間、大好物であった鰻をピタリと断った。

「ニュースステーション」で久米宏さんが「最後の晩餐」(2001年9月6日放送)と題したインタビューで、志ん朝さんに「最後に何が食べたいですか」と尋ねると「鰻を死ぬほど食べてみたい」と答えている。その放送からひと月も経たない2001年10月1日、亡くなってしまった。享年63歳。

志ん朝さんのニュースを聞いて、涙が止まらなかった。仕事の途中だったが、もう何もやる気が失せてしまったことを覚えている。
鰻断ちはそれ以前からしていたが、志ん朝さんがあれだけの断ち物をしていたにも関わらず、これほど早くに亡くなってしまったことがなんとも引っかかった。

それ以来、志ん朝さんの命日だけ、鰻を食べることにしている。「死ぬほど食べてみたい」と言っていた志ん朝さんへの供養と、志ん朝さんを守ってくれなかった虚空蔵菩薩への「抗議」の気持ちで食べている。

今年も、志ん朝さんのご冥福を祈りつつ頂いてきた。

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