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出逢ってくれてありがとう

ホンの1世紀前までは『人生50年…』なんて平均寿命が短く長寿が珍しかった頃の言葉。100年なんてもの凄く大昔?だけど昭和は64年、平成は31年目で元号が変わったのをこの身で経験して来た昭和生まれにとっては大正時代なんて祖父母の世代なんです。既に自分も歴史の一部な気分のお年頃です(笑)

こんだけ長く?生きて居れば、それぞれの年代に好きになって『ファン』として夢中になった人もそれなりに居ます。テレビや雑誌を夢中になって追い求めて友人たちと大騒ぎしているだけで満足していた学生時代…ワイドショーで見掛ける追っ掛けをするファンなんて熱狂的な異次元のバイタリティのある集団だと思っていた子どもの頃(笑)・・・歌手のコンサートなんて都会に住んでる人の行く所と言う感覚でした。テレビのCMで見掛けるコンサートのお知らせに「行ってみたいなぁ~」ぐらいだったのが高校の時に友だちに誘われて一大決心で行った『中島みゆき』さんのコンサートは今でも忘れられません。オールナイトニッポンのDJでお喋りする声とレコードの歌声…『歌手中島みゆき』として優しくファンに語り掛ける生の声は自分の知っているどの声よりも優しく心に響きました。幸運な事に翌年の開催地に選ばれた地方公演が地元でした。勝手知ったる会場の周辺なので楽屋入口に止まるツアートラックに興奮して急いで帰宅してコンサートへ出掛けた思い出…終了後にも出待ちをすることが嬉しかった田舎者でした(⁠ ⁠ꈍ⁠ᴗ⁠ꈍ⁠) 

ドームライブまで遠征してしまう我が妹とは違いオクテなファン生活の地味なわたしです。バブル全盛期に結婚した後は生活する中で映画館が無くなり…ビデオレンタルが主流になり…MTVが流行り…映像の世界だけで自分の『好き』が回転していたなぁ…と今更ながら思います。レンタルが盛んになる事でテレビの映画番組も減り…レンタル開始期間が早まり遠出をしてまで映画館に観に行かなくなってました。子どもが出来てからはお出掛けがてらのイベント的に通ったポケモン映画(笑)は保育園時代から10年ぐらいでしょうか?夫のオタク趣味の映画も娘が付き合う様になって母はアフターの食事だけに参加してました。子どもと仕事に追われる様になってからは録画番組を見る事だけが楽しみになっていて…好きな俳優さんや歌手は居ても録画番組の選択基準の様な存在になっていました。

そんな生活が一変したのはあの夏の出来事でした・・・『三浦春馬』
大好きな俳優のひとりで『ごくせん』でブレイク直前から見ていたのとコロナ禍であった事やら…色んなタイミングが理由で彼にハマッて行きました。それは観ていたのに漠然としか見続けて居なかった自分への後悔が多分にあったのです。
それまでレンタルしかしたことの無いドラマDVDをBOX買いしたり…SNS発信をしたり…普段の生活まで一変しました。コロナ禍で友人と会えない事もあってSNSの友人がリアルでの交流に繋がって行きました。哀しいキッカケでしたがファン同士の交流は楽しく生活の中での楽しみにもなっていました。自分は経験しなかった舞台へ通い続けたエピソードや色んな話しを真夜中に何時間もDMで会話したり…それなりに楽しかったのですが突然現れた存在に慄き、その場所から遠ざかってしまいました(泣)
それまでも誹謗中傷の嵐の中で傷付く事が堪えられなくなりつつあったので、自分の中だけの大切なモノを守る為に『三浦春馬』と言う存在から離れnoteでの発信も止めました。
それでも現在いまの自分であるキッカケを作ったのは彼の存在なので彼の事が無ければ名前も知らなかった舞台中心の俳優さん達…『イリュージョニスト』が無ければ出会わなかった人たちでした。そこから配信を観るようになって『舞台』に対して興味を持ちました。スマホの小さい画面で観た舞台をもっと大画面で見たくて注文したDVD。Xmas頃に届くのを楽しみにしていた1年前…再び目にした悲報『神田沙也加』。彼女が生まれる前からを見聞きしていた世代にとっては衝撃的過ぎて言葉も無いとはこの事です。テレビのワイドショーや雑誌で活動は見かけて居たけれど、詳しくは知らなかったので過去のインタビュー記事などを読んで多方面での活躍だった事に再び驚きました…。

そんなキッカケから『1789 バスティーユの恋人たち』の東宝版の円盤を購入して宝塚でも上演されていた事を知りました。舞台としては宝塚が初演だったんだ〜みたいな始まりで宝塚の円盤を検索する様になって月組版『ベルばら』と出逢いハマって行ったのです。SNSのアカウントも宝塚垢で切替えて世界が変わりました。華やかで楽しく…何よりファンの方たちが『ご贔屓』と呼び愛する世界が温かくて癒やされました。宝塚にハマり…月組にハマり…『珠城りょう』と言う存在にハマリました。
ただ作品だけを追い掛けて観ていたのなら現在の自分は居なかったと思います。彼女が卒業して新たなステージで再始動するタイミングと一緒であった事も幸運だったのかも知れません。タカラヅカオンデマンドでのトークやイベントの番組を見て…宝塚関連の書籍を購入して記事を読んだりした事で、役者としての彼女の魅力や人格に触れる事が出来ました。自然な流れで彼女自身を大好きになっていました。
成り立てのファンに在りがちでSNSで検索を掛ける中では出会いたくない部類の記事を目にすることもありました。だからと言って自分が感じたモノとの違和感は埋まることなく、何処にでもいる誹謗中傷が好きな詮索好きな人種だと無視する事を既に学んでいました。本人が発信したモノでは無い事に傷付く必要は無くて…見ることは選ぶ事が出来るのだから…敢えて選ばない!を選択する事は必要です。


宝塚と出会い…珠城りょうと出逢い…現在のフォロワーさん達との出逢いはファンクラブに入る事から始まりました。

SERENOでの1年間は、これまでの自分の人生(笑)の中でもとても色濃い1年でした。
誰かを好きになって夢中になって追い掛ける事がこんなに幸せなことなんだと気付けた事に感謝です。自分の人生とは無縁の境界線上に居る人たちは憧れて眺める存在だと思い込んで居ました。
そうではなくて…自分の生活の一部にさえ成る存在だった…その人の存在自体が幸せで彼女が幸せと感じてくれている事が自分にとっても幸せなんだ…と感じた1年間でした。
時代が変わり…ファンの在り方自体が変わっているのかもしれませんが、コロナ禍と言うことが吉作用となって舞台観劇すら叶わない新たなファンであってさえ夢中になって追い掛け続けた1年間でした。

ファンクラブサイトでのdiaryで語られる言葉は彼女の優しい人格が現れる素敵な世界です。読み返しては涙が溢れる様な元気を取り戻す様な…そんなファンに寄り添ってくれる空間です。

『珠城りょう』さん…出逢ってくれてありがとう。
卒業後に新たなステージへと踏み出してくれてありがとうございます。過去作からファンになった自分にとっては現在、目の前に居てくれる幸せを日々噛み締めています。貴女に出逢えて感謝します。


1年が終わる前にどうしても伝えたかった方たちへ…

元気です!

楽しく恋しています!

今までに出会い…いまはチョット離れている貴女に

拙い文章への共感やサポートありがとうございますm(_ _)m