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解読 ボウヤ書店の使命 ㉑-2

 とうとうヒヨドリの子育ての時期になり、早朝からベランダで騒いだりしなくなった。一日に一回程度顔を出し、柵に止まってとある方向に飛ぶのを見せてくれる。こっちの方に居ると告げている。樹木のどこかに巣を作り、雛が生まれたのでみんなで護りながら虫を集めて食べさせている。カラスなどの大きな鳥が弱った雛を狙うので、巣がどこにあるかがわからないようにかくれんぼだ。森で私の姿を見かけると「ピ」と小さく鳴く。私も小さく「ピ」と応答するが、決して居場所を探したりはしない。雛が育ち、飛ぶ練習をしてベランダに来てくれるのを心待ちにして待つ。
 というわけで、今日は(2023年5月17日)森は通り過ぎるのみとして、サントリー美術館で開催中の『吹きガラス~妙なるかたち、技の妙』展に足を運んだ。行く前には高級デパートの美術工芸品展のような感じではないかと思っていたのだが、全く違った。一世紀に作られたガラスから現代作家による大きなアート作品まで幅広く展示されていて、ガラスの歴史、成り立ち、繊細さと力強さなど、あらゆる角度から改めて学び直し、新たな目線で観ることのできる展示となっていた。
 繊細だったものが経年変化で貫録のある姿になっているガラス作品は生物のようだ。古いのだから物理的には壊れやすくなっているはずだが、なんだか強くなっているかのように思える。ガラスとして生まれ、一世紀から今世紀まで地球に形を保ち続けているなんて、すごいことだなと感動させられた。美術館の壁がひとつ取り払われていたことにもハッとさせられた。

 では、短編小説『スカシユリ』の解読に入ろう。
 昨日、解読『ボウヤ書店の使命』㉑の1として掲載し、改めて読んでみて、さらに、『駅名のない町』と『キャラメルの箱』からの流れについて初めて考えたことになるのだが、『スカシユリ』の主人公のハトコは『キャラメルの箱』に登場するりんごおばちゃんの不倫相手男の妻の位置付けになるのだと思う。ハトコの夫はほとんど家にはいない。つまり、大局的にはりんごおばちゃんの所に行っているとも考えられるのだ。この小説内ではそのことをハトコが知っている設定にはなっていないけれど、そんな夫を持つハトコのとあるエピソードが描かれていると考えられなくもない。

 物語は、雨が降り始めると、ハトコが近所の人たちに「雨ですよ」と教えるシーンから始まる。洗濯ものが濡れてしまうのを心配しているのだ。そして、自分だけが洗濯物を取り込むのが悪いような気がして、窓から「雨ですよ」と教えている。しかし、その日、いつまでも干したままにしている家があったので気になり、仕事から帰って来た娘のサクラにその件を話すと「おせっかいだ」と指摘されたことから、ハトコの心がざわつき始める。せっかく作っておいた食事もサクラはほとんど食べない。なんとなく母親のハトコのことをうざったく思っているのが見え見えなのだ。
 そして、ハトコはどしゃぶりの中を外に飛び出し、いつもは行かない方向へと向かって歩き始めた。不安になって戻ろうとしたり、迷ったり。そこへ、黒い犬を連れた老人が歩いて行くのが見え、思い切って後を着いていく。その駐車場で犬と老人はボールで遊び、その後、ハトコが見たものは——。


《突然、雨空の中に轟くような音がし始めた。金属すら突き破るようなエンジン音。遠くから徐々に徐々に近づいてくる。
(なに? こんな時間に、米軍機?)
 驚いたのか、犬は人物の元に駆け寄って留まった。
(明るい。米軍機って、こんなに眩しかったかしら?)
 目を細め、さらに光を遮ろうとして腕を目の上にかざした。
 息をひそめて光の方を見ていると、いよいよ飛んでいるものが、ほぼ真上に来た。しかし、それが一体何なのかは眩しすぎて見えない。これまでおとなしかった犬が、飛行物体に向かって力の限り吠える仕草をしている。恐らく野生の喉をグルグルと震わせ、犬歯をむき出しにしているだろう。吠える声は轟音に消されて聞こえない。しかし、犬が体を震わせるほどに挑んでいるのは分かった。とうとう人物の元を離れ、駐車場をぐるぐると走りながら、飛ぶものに向かって吠えたてている。腰の曲がった人物は、犬を制することもなく、じっと立って眺めている。
 明るい。明るすぎる。ますますハトコは目を細める。飛行物体は駐車場の上を旋回し始めた。
(あれは?)
 明りで照らし出された地面の先に、黄色い花が群生しているのが見えた。
スカシユリ?)
 光の海の中に一瞬輝くように姿を現し、明りが去ると暗闇に沈んでいく。明滅するその先は、激しい雨に打たれているせいもあって、花びらがゆらゆらと揺れて、飛行物体に拍手を送っているように見えた。歓迎している、もっと、照らしてと。所狭しと群れ咲きながら、黄色く声を発しているのか。ハトコは、その狂ったような喜びの声を、実際に聞いたような気がして身震いをした。》

 と、今、ここまでを抜粋して、「これはUFOだと書きたかったのではないか」とありきたりな解説を書こうして、「あっ」と声を出してしまった。
 スカシユリ。だ。
 もう少し抜粋してみよう。

《一方、犬はますます吠えている。恐れているのだろうか。それとも、憎しみだろうか。雨空から飛行物体を追い出そうとして牙をむいているのだろうか。飛行物体が少し遠ざかれば吠える声が浮き上がるけれど、ほとんどは轟音に消されて、ただひたすら虚しく吠えたてている。飛行物体に向かう犬の姿が駐車場の中に光と共に現れては消える。影が伸び、また闇に溶けた。
 ハトコはスカシユリの咲いているところまで歩いていった。雨に打たれながら飛行物体に手を振る花の近くまで行って、匂いを嗅いでみたくなったのだ。柵を跨いで中に入り、ユリが群生している中に入る。誰もいないのだから叱られはしない。ビニール傘を閉じ、雨に打たれながらスカシユリの中に座り込んで、空を飛ぶものを観ようと仰ぐ。金属の音。耳をふさぎたくなる。どうして飛んでいるのだろう。顔にまともに降りかかる雨を何度もぬぐう。そんなことをしても無駄だ。容赦なく降って、ぬぐってもぬぐっても降り落ちてくる。諦めて息を吸い込む。雫が鼻にまで入ってきそうだわ。吐き出す、もう一度吸い込む。この喜んでいる花の匂いを嗅ぎたいのだから。見渡す限り黄色。生き物のように揺れている。土の匂い。葉の青臭さ。水滴の散るような息を吐き出す。でもユリは、どうして匂いがないの? また吸いこみ、吐き出した。しかし、いくらそれを繰り返しても、そこに花の匂いはなかった。狂ったように咲いて、飛ぶものに手を振るユリの生命力の中にハトコは沈み込んだ。何度も何度も息を吸い込み、吐いている。時々、飛行物体の眩しすぎる光が、ユリとハトコを照らし出す。フラッシュのように。》

 これは2013年に書いたものだが(佐藤洋二郎先生のクラスでも提出したはずだが、最初に書いたのは新潮講座の上田先生のクラスの課題だったかもしれない)、どうして「スカシユリ」なのか自分ではあまりよくわかっていなかった。今日、この2023年5月17日になって、
 ――これはユリゲラーのことじゃないか?
 オーマイガー!
 となった。UFOの話なのだから。
 たった今、気付いた。

 今日で完成するつもりだったが、あまりの衝撃。
 今日はここまで。


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