女の朝パート64
11月9日土曜日の朝の9時頃。
山手線田端のスタバに女達は集まった。
椅子に座ったら、何も喋らない。
そんな手はずでいた。
この日、田端のスタバに招かれた女は、
思いがけない事の連続に顔だけ辛うじて笑えた。
時々で珈琲は飲めたけれど、
窓の外を眺めるふりなしには、
スタバの椅子に座り続ける事は非常に困難だった。
椅子に座った女は顔を伏せたまま何も喋らない。
見るに見かねた女が珈琲を指差し、
女は漸く珈琲を飲んだ。
先に座っていた女は、
その女がやっと椅子に座るの確認すると、
女のその怒りが少し収まったきがした。
兎に角今はこのまま椅子に座っていようということになった。
しかし座った女達の会話は全く弾まない。
『ね~窓の外をみてごらんよ!』
遅れてやってきたと思われる女の、
勢い余った声が、
座っていた女達の耳に突として入ってくる。
その次の瞬間だった。
先程まで静謐に過ごしていた女達の態度が何故か急変する。
1人の女は、
持っていたスマフォの画面に指を併せ、
必死になってその画面を叩き始める。
1人の女は、
身体を右反転すると、
隣に座っていた女の耳元で何かを囁き呟き始める。
その声に耳を傾ける女はうんうん頷きながら、
時々クスクス笑った。
画面を叩いている女の向かいに座っている女は、
そのテンポにあわせるかのように、
1人ぶつぶつ呟き始める。
その女の声に、
画面を叩いていただけの女もぶつぶつと応え始める。
椅子に座った女達の変化に、
居たたまれない気持ちになったのか、
女が1人、口を開こうとした時、
その女の左隣に座っていた女が、
素早く女の唇に人差し指をあてがいながら、
『シー!』と一言発すると、
その女の動きを制したのだった。
女は従順だった。
思いがけない事に顔を赤らめると、
その女に何か言いたそうなのを我慢し、
ただ珈琲を啜った。
椅子に座らせられたばかりの女にとって、
女に寄って差し出された珈琲は、
産まれて初めて飲むお飲み物だったのかもしれない。
珈琲を口に含んだ瞬間からそれを飲み干すまでの間、
ひたすら美味しいと呟くだけで、
他の事なんてどうでも良さげだったから。
その時、遅れてやってきたと思われた女が、
珈琲を片手に持ちレジから戻ってきた。
2度と同じ過ちを犯さないのよ!
そして1日として同じ空もないんだから!と、
更に勢い余る声で女達に言うと、
何事もなかったかのように、
スタバを去っていったのだった。
それから直ぐのこと、
女達は口を動かすことをやめ、
一斉に窓の外に顔を向けボケッとし始める。
スタバにまで来て椅子に座らなかったあの女は何?
誰があの女をスタバに呼んだの?
スタバの椅子に座ったら何も喋らないと言うルールは確かに守っていたわ。
珈琲豆の原材料ってなに?私の本能が勝手に口を動かしたのよ。
ワタシは、笑っただけで喋ってはないわ。
他人事ではないと思ったからワタシは一言発しただけよ。
女は、女達がそう言っているような気がした。
11月9日土曜日の朝の九時頃。
田端のスタバの椅子に座ったら、何も喋らない。
たった一人の女だけが、
そのルールを破らずに済んだのだ。
女は、思いがけない女との遭遇と、
自分の幻聴症状に、
心から納得すると、
逃げるようにスタバを去ったのだった。
完
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