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きみと共に


「はぁ…はぁ…はぁ…」

息遣いが荒い
少しでも遠くへ

 "あいつ"から逃げなくては

迫り来るそれに身体を飲み込まれるイメージが離れない
いつもそう、気付いたら追いかけてくる
すぐ後ろに"あいつ"はいるのだ

 今度こそ、無理だ
 逃げきれない

脚が言うことを聞かない

 いま、わたしはどこにいる?

いや、そんなこと考えている場合ではない

 早く逃げなくては
 早く、早く、早く

脚がもつれる
地面に倒れ込む

視界が闇に飲み込まれてゆく

 もう、だめだ…



どれほどそこに居たのだろうか

『おーい』

誰の声だ?

『おーい』

繰り返し呼ぶ声がこだまする

重たい目をそっと開ける

「誰?」

 見たことのない姿がそこにある
  もしかして…

『誰?なんて失礼だなぁ。
いつでもぼくはきみを見守っているっていうのに。』

 "あいつ"か?
 ほんとうに"あいつ"なのか?

目の前で起きていることに、頭がついていかなかった
大きな大きな黒い影が
こんな愛らしい姿をしていたなんて

『あ、いま考えていることわかるよ。
小さいなぁって思ったでしょ!』

 なんだこれ
 急にフレンドリーに話し出したぞ

『酷いなぁ。ぼくはもともとこの姿なのに。』

 何を言っている?
 思考がついていかない

 私が見た”あいつ”はどこへ行った?

『信じてないでしょ。』

 えっと、つまり
 ”あいつ”がいま、目の前にいるこれか?

「きみが”あいつ”なのか?」

『そうだよ!』

「わたしは、生きている?」

『もちろん!』

 それならば、今まで私が恐れてきた”あいつ”は何だったのか?
 幻想か?
 いや、そんなはずはない
 確かにそこに居たのだ

『ぼくはいつも、きみの近くにいたよ。
きみが気付いていたかはわからないけれど。』

 そうか
 あぁ、そうかもしれない
 いつも、近くに何かがいた
 温かな、何かが
 それは時として影を落とす

 どうして?

『何故変化するのかって顔をしているね。
それはきみ次第さ。
きみがぼくなのだから。』

言っていることが、わかるような、わからないような
言葉がふわふわと宙を舞う

ただ、ひとつだけ
わかったことがある

「えっと…、きみはわたしの敵ではない?」

『あ!やっと信じてもらえた?』

嬉しそうに、微笑んだ

 この感覚を、覚えている
 心がふわっと温かくなる、この感覚を
 喜びに満ちた、この感覚を

ふと、我に返る
 そうだ、わたしは急いでいるんだ

「こんな所で立ち止まっている場合じゃないの。行かなきゃ!」

立ち上がり、走ろうとする



脚に力が入らない

『何をそんなに急いでいるの?』

呑気にきみは言う

「だってあいつが…!」

『きみの言うあいつはぼくでしょ?
ぼくはここに居る。急ぐことないよ。』

「そう、だけど…でも!
この地図の通りに進まないと!」

そう、わたしは急いでいる
少しでも早く前に進むために

『地図?ああ、それ。
どこで拾ったの?』

「どこでって、貰ったの。
これが近道だよって教えてもらった。」

『ふふふ、近道ねぇ…』

「なによ、その意味深な笑い方」

『その地図、よく見た?
ほんとうに近道かなぁ?』

「え、どういうこと?」

『その道はきみの道じゃないよ。』

 わたしの道ってなんだ?
 これしか道はないじゃないか

『わからない?無理もないか。
この道は、はじめは平坦に見えても、そのうち断崖絶壁が出てくるよ』

 そんなこと急に言われてもわからない

「わたしはどうしたらいい?」

 早くそこに辿り着きたいのだ
 こんなところで立ち止まっているわけにはいかない

『どうしたらって、地図があるでしょ』

「地図って、さっききみがそれじゃないって言ったじゃない」

『確かにあるよ、ほら、左手に』

知らない間に地図を手にしていた
あまりにも自然で、ある事に気づかないほど

「え、遠くない?
終わりまで書かれていないし、これ本当に地図?」

『近道が全てとは限らないよ』

この道はどこに繋がっているのだろう
わたしは、どこを目指していたのか
わからない

ただ、見覚えのある場所がそこにはあった

「ここって…」

『気が付いた?
これは、今まできみが通ってきた道だよ。』

そうか、
わたしの軌跡がそこにはあった

『地図はきみが作るんだよ。』

きみはそう言って微笑んだ

地図を見つめる
今まで歩んできた道を振り返る
出会ってきた、たくさんの人たちが浮かんで
温かな気持ちが湧いてくる

わたしだけの、温かな地図がそこにはあった

先のことは目に見えない
未来がどうなるかもわからない
けれど
確かに歩いてきた道がある

たくさんの人たちと出会ってきた
それぞれの道があって、交わった

もう、出会わない人も
また、出会う人も
これから、出会う人も
これから、見る景色も

たしかに繋がっている

わたしの地図はここにある

『さぁ、行こうよ』

「うん。
これからも、よろしくね」




読んでくださり、ありがとうございます。
コーチたちのアドベントカレンダー。
誰かから贈られた”キーワード”で物語を綴っていく企画に参加しています。


わたしに贈られたテーマは『時間の経過を味わう』でした。

コーチングに出会う前のわたしと出会った後のわたし。
コーチングに出会って"いまを味わい尽くしたい"と思うようになりました。
いまが繋がってできた道のりを振り返ったとき、当時のわたしはわたしなりに最善を尽くそうと頑張っていたんだなぁと認めることができました。
昔のわたしがいたからこそ、その経過を味わうことができる。
だからこそ、改めて"いま"を大切にしたいと感じています。

時間経過の中で忘れてしまう出来事もある。
忘れることを恐れていたときもあったけれど、忘れることは自然なこと。
道のりを振り返ったとき、ほんの少しでも輝くカケラを拾っていけば、大事なことを取りこぼすことはないのかな、仮に取りこぼしたとしても、また出会うことができるよね。
そんなことを考えるようになりました。

時間の経過を味わって、軽やかになった自分に気づくことができました。

素敵なテーマを贈ってくださった方、ありがとうございました。


全ての出会いに、感謝を込めて。
この物語が、誰かのもとに届きますように。

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