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有価証券の歴史とSTO①

はじめに 

 前回記事では「DeFiの本質価値」として概要整理・伝統的金融との対比・規制の考え方・今後の展望・課題解決・市場価値について整理しました。前回の「分散化された金融」と関連し今回は「トークン化された金融」としてSTO(Security Token Offering)について有価証券の歴史と関連させ、その意義を整理いたします。前半は有価証券の変遷・STO誕生の契機・問題点について整理し、後半でビジネス論点を深堀をいたします。

1. 有価証券の歴史

 最近投資を始めた方は株式や債券の実物を手に取ったことがないかもしれません。現在、発行される株式や債券は券面不発行が原則で上場企業の株式等は証券保管振替機構(以下、ほふりと称す)で管理されております。(一般に株式等振替制度と呼ばれます)非上場企業でも株券を発行することは稀であるため証券会社の方でも若手は紙媒体を手に取ったことがないかもしれません。振替制度・券面不発行が現在の立ち位置です。 

 少し時間を遡ると「社債、株式等の振替に関する法律」により振替制度がスタートする前は実際に株券債券が発行されておりました。債券の利息がクーポンと呼ばれるのは当時の名残で昔は債券に付いている利札を切り離して金融機関に持ち込むことにより投資家は利息を受け取っておりました。配当金も昔は郵便局等で受け取っていた記憶があります。今は便利になっており「株式数比例配分方式」という方式を選択することで証券口座に自動で振り込まれます。 

 有価証券は長らく紙媒体で発行・管理されておりましたが「技術の進歩・業務の効率化・高度化・グローバルな動向」などの影響を受け、2000年代に電子化に向け様々な法律改正を経て電子化し、ほふり管理体制へと変化しました。ほふりWebサイトの沿革ページを確認すると法改正の歴史・金融インフラの進化の過程がよくわかります。

※ほふり沿革ページ抜粋:https://www.jasdec.com/about/office/history.html          

 前回の記事ではDeFi=分散型金融について解説しました。DeFiはインフラ・ガバナンスが分散され、処理機能が自動化されているという特徴がありました。CeFi=集権型金融である現行制度(株式等振替制度)とは大きく異なります。集権型と分散型のどちらが優れているかを論じるつもりはありませんが、歴史を俯瞰するとテクノロジーの進化を背景に金融という規制業種においても権威への挑戦として集権型から分散型への変化が見られます。

有価証券の発券方式の遷移

紙媒体(昔)→振替制度・券面不発行(現在)→トークン化(未来)

  物理的な株券を発行せず信頼できる組織(ほふり)の台帳(DB)の更新により有価証券を管理するモデルの次のステップとして、有価証券をトークン化しDLT(分散台帳)技術を活用し特定の組織に依存せず有価証券を発行・管理する仕組みがSTOです。 

2. STO制定の背景

STOの法改正経緯・スケジュール

執筆者作成                                       

  2018年の金融庁研究会設置の経緯は一時期話題となったコインチェック事件です。とはいえコインチェックのハッキングによる流出事件は最後のトリガーでした。2017年は業界全体が拡大し取引所各社の口座数は大きく増加し・BTC等の主要仮想通貨の価格も大きく上昇いたしました。同時にICO(Initial Coin Offering)と呼ばれる仮想通貨の新規発行(募集)を利用した資金調達手法が拡大した時期でした。急速に拡大したICOは詐欺的なプロジェクトも多く、一部は投資性を有しておりトークンは仮想通貨ではなく有価証券に該当するのではないか?という議論が生まれました。米国ではHowey基準に従って投資契約(investment contract)に該当するICOもありました。

 ICOの法的リスクの高まりを受け、証券法に準拠した有価証券トークンの発行にシフトしたのがSTOの始まりです。金融庁の報告書で「投資性ICO」と表記されていたものが法改正で「電子記録移転権利」と呼ばれるようになり、この仕組みを用いた有価証券の発行(資金調達)をSTOと呼んでいます。制定経緯から推察できますが金融庁はSTO(当時は投資性ICO)を普及・育成する目的で法改正したのではなく、詐欺的案件が多発するICOをより厳しいルールである金商法に含めることで抑止することを目的としておりました。尚、投資性を有さないICOは有価証券ではなく仮想通貨に該当することになりますが、実質的な登録審査・コイン審査の放棄によりしばらくの間、休止状態となっておりました。(2021年にようやくIEOとして復活しました)

金融庁報告資料から抜粋                               

電子記録移転権利の定義

                               

 電子記録移転権利の定義は分かりにくいですが要するに、二項有価証券(みなし有価証券)として区分されていたファンド持分や信託受益権をDLT基盤等を用いて電子化(トークン化)してトークンに財産価値が表章されたものです。

 「電子記録移転有価証券表示権利等」というものがありますが、こちらは対象となるトークン化有価証券の幅が広がったもので株や債券等も含む概念です。纏めると以下のスライドのように整理されます。

執筆者作成                                       

3. STOの問題点

 STOは多数の問題を抱えますが主要なものを列挙します。

  1.  税制(金融・証券税制の適用外)

  2. 譲渡の対抗要件(確定日付問題)※産業競争力強化法の改正で一部特例有

  3. 流通市場(PTS規制問題)

 税制は極めて深刻な問題で法律改正で二項有価証券から一項有価証券扱いとなったセキュリティートークンは株式等と同様に50名の勧誘・開示規制の適用を受けます。株式・債券・投資信託等の証券税制適用の有価証券と同様の規制水準にも拘わらず、税制は従前どおり二項のままです。現状はウォレットの秘密鍵管理に代表される高度な技術・開示規制の強化、不利な税制とマイナス要素を組み合わせた商品となっております。確定申告も必要です。 

 対抗要件問題は弁護士の方が指摘されておりますが、民法の債権譲渡にかかる問題です。具体的には匿名組合等のトークン譲渡に際して第三者対抗要件の確保に関する内容で、トークンというデータの移動と権利の移動をどのように当事者以外に知らしめるかという問題です。従来型の匿名組合は原則譲渡禁止で例外的に買取フローが存在しておりましたが、STは法律上も高度な流動性を前提とした商品であるため、セカンダリーでの譲渡フローが求められますが”対抗要件確保の手段である確定日付がオンライン完結しない”という問題点がございました。今の時代、公証役場での確定日付取得というプロセス自体が天下りの温存でしかないので産業競争力強化法による小手先の手当ではなく、一刻も早く根本的な見直しを希望します。(政府が推進するデジタル庁の施策にもフィットするかと思います) 

 流通市場問題は金商法の問題で①PTS該当性・②PTSの業務範囲、が主な論点となります。日本ではPTSの定義が大雑把で金融庁の匙加減でPTSとOTC(店頭取引)の境界が曖昧です。金融機関としては予見可能性が低く事前にお伺いを立てる必要がありますが、これが非常に手間です。明確な基準を示してくれるわけでもなく、当局の裁量行政です。業務範囲に関しては金商法では主となる市場(例えば東証のようなもの)が存在することが前提となっており、PTSはその補完という位置付けとなります。株式であればその前提で問題ありませんがSTの場合は主市場が存在しませんので、現行規定をそのまま適用しようとすると色々と問題が出てきます。売買方法・数量規制もPTSが制度化された当初の補助的扱いの名残となります。 

 大きな問題点を3つ示しましたが、他にも特定口座問題・少額調達に不向きな高コストな管理態勢の要求・限定的な適用除外範囲(実質使い道に乏しい)・分別管理負荷と保護預かり前提の制度設計など様々です。有価証券の歴史を俯瞰しても大きな転換点となりうるポテンシャルを秘めたSTOですが議論が尽くされず稚拙に制定された結果、穴だらけの制度設計と言えます。今後のSTOの拡大に必要な施策は実務の実態にあわせた制度改正です。民間部門の取組みは三菱UFJ信託銀行が主導するST研究コンソーシアムの活動を参照ください。個別課題の詳細及び解決案については別の機会で触れたいと思います。

4. 参考文献等

  • 金融庁:仮想通貨交換業等に関する研究会報告書(平成30年12月21日 )

https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20181221-1.pdf

  • ST研究コンソーシアム公表資料(2021年10月)

https://www.tr.mufg.jp/ippan/pdf/secondary_teigen.pdf

https://www.tr.mufg.jp/ippan/pdf/secondary_report.pdf 

https://www.tr.mufg.jp/ippan/pdf/dlt_report.pdf 



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