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有価証券の歴史とSTO②

はじめに 

 前編では「トークン化された金融」として有価証券の変遷・STO誕生の契機・問題点について整理いたしました。後編ではビジネス観点からSTOを分析し、よくある誤解についての整理・STOビジネスのグランドデザイン・STOの意義・個人的に期待することを整理します。STOの大枠理解は前編を参照ください。

1. よくある誤解

前編は概論でしたので今回はポイントを絞りつつ深堀していきたいと思います。STOのメリット・特徴として一般的なメディアでは以下のような説明が見られます。 

  • 24時間取引可能

  • データの改竄耐性が高く信頼性が高い

  • 取引コストの削減

  • 所有権をより小口化できる・少額調達が容易

  • 即時決済が可能(T+0・即時DVP)

  • グローバルで取引しやすい

 これらは何をベンチマークに述べられているのか整理が必要です。分かり難い要因はベンチマークが混在している点です。比較対象として仮想通貨と株式等の伝統的有価証券が混在しております。 

1-1. 24時間取引可能は正確か?

 まず24時間取引ですがご存じの通り株式市場では実現できておりません。これは技術的に不可能なのではなく歴史的な経緯で取引時間が日中に定められているからです。売買がシステムでマッチングされる以前は「場立ち」と呼ばれる人手を介したマッチング手法でしたので24時間は厳しいですね。現在ではHFT(High Frequency Trade)と呼ばれる業者がコンピュータによる自動売買で1秒間に数千~1万回程度の売買注文を捌く世界です。取引が全てシステムマッチングであれば24時間取引は技術的には問題ないはずです。昨年、東証が取引時間を30分延長する方針を発表しました。たかが30分ですが結論を得るには紆余曲折があり、24時間取引という案は当分実現しないと思います。 

 24時間取引は仮想通貨では既に実現済みです。とはいえデメリットも存在します。24/365で取引可能であるがゆえに、週末や深夜帯など出来高が低い時間帯に大きな注文が入ると取引所単位で一気に価格が変動いたします。裁定取引によって突発的な価格スパイクは時間経過で収まりますが仮想通貨は厳密な一物一価ではありません。ポジションを持っている場合、常にマーケットをウォッチ出来る手段がないと突発的な価格変動時に大きな損失を被る可能性がございます。いつでも気軽に取引可能な点はプラスですが、週末も相場から気持ちを切り離すことが難しい点はマイナスかもしれません。

 ST取引では技術的には24時間取引は実現可能ですが実施しておりません。これは株式市場がなぜ24時間取引に移行しないのか、という問いに対する回答と共通する部分がございますが、メリットよりもデメリットが大きいからです。STに関しては開始されたばかりでまだセカンダリー市場が形成されておりませんが、数年後にSTのセカンダリー取引がスタートしても24時間取引の必要性は乏しいです。理由は絶対的な取引量不足です。市場の拡大と共に取引ボリュームは拡大しますが、ボリューム以外にも問題がございます。こちらは株式市場の取引時間拡大と共通する課題となります。

少し古いレポートですが下記レポートで分かりやすく説明されております。
望まれる株式市場の取引時間拡大(NRI:大崎貞和氏)

1-2. データの改竄耐性が高く信頼性が高いは正確か?

 次に改竄耐性とデータの信頼性ですが、株式等の伝統的有価証券の取引では“証券会社・取引所・ほふり等の事業者が信頼できるかどうか”と言い換えることが出来ます。伝統的有価証券の取引では金融ライセンスを有する金融機関を監督当局が指導することで安全性・信頼性を担保してきました。金融機関には取引データを改竄するインセンティブはありません。

 仮想通貨の取引では2パターンに分けて考える必要があります。まずP2P取引のパターンです。(オンチェーン取引)この場合には「データの改竄耐性が高く信頼性が高い」が一部のケースで当てはまります。具体的には相当の規模を有するパブリックブロックチェーン基盤に限定されます。パブリックチェーンであっても特定のグループで過半の独占が容易な基盤の場合、前提が覆ります。別パターンとして仮想通貨取引所を相手とした取引パターンです。(オフチェーン取引)これは伝統的有価証券の取引と同様で“規制されたエンティティである交換業者を信頼できるかどうか”と言い換えることが出来ます。株式であれ仮想通貨であれ仲介業者を経由する場合には、仲介者を信用する必要あります。

  STの取引でも仮想通貨動揺に2パターンに分けることが理論上可能です。とはいえ、STのP2P取引は仮想通貨以上にハードルが高いため、ここでは証券会社経由を前提に考えます。STの取扱いは証券会社経由となるため、パブリック基盤ではなくコンソーシアムと呼ばれる特定グループが管理するDLT基盤を採用することが一般的です。この場合、信頼性の確保はPoWのようなハッシュ計算ではなく別のコンセンサスアルゴリズムで処理されます。Txの確定にはIBFTなど決められたアルゴリズムによるチェックはありますがTxに含まれる価格などの数量の正しさをバリデーターがチェックするものではなく形式チェックです。よって特定の金融機関グループを信頼するという点においては伝統的有価証券の取引と相違ありません。

 改竄耐性とデータの正確性に関して補足すると、改竄耐性が高くてもデータが正しいことの証明にはならないので注意が必要です。改竄耐性は書き込まれたデータが事後的に書き換えられる可能性が低いことを示しているだけで、書き込まれるデータの正しさとは別問題です。そもそもデータ自体が不正な場合、改竄耐性はバリアとして機能しません。金融機関同士の取引において意図的にデータが不正であることはあり得ませんが、仮想通貨の場合は不当な利益を得るためにハッキングやバグを用いた操作等が考えられるため別観点での注意が必要です。 

1-3. 取引コストの削減は正確か?

 続いて取引コストに関してですがSTは一概に安価とは言えません。株式等の伝統的有価証券取引の仕組みはこれまでの長い歴史の中で時間をかけて効率化を進めてきました。その過程において紙媒体から振替制度へシフトし、ポストトレードにおいてもSTP化が進んでおり、資金決済においてもCCPによって効率的な運用がなされ、決済期間も出来る限り短縮する方向で検討が進められております。また金融インフラは装置産業であることから各国ともに処理を集約させる傾向にあり、スケールメリットを享受できております。

  仮想通貨の取引コストは2パターンに分けられます。オンチェーン取引におけるTxコストと、取引所取引における売買手数料です。オンチェーン取引におけるTxコストは固定コストではなく変動コストであるため、取引ボリュームが少ない時代は安価でしたが最近では高騰を続けており、必ずしも安価とは言えません。(DeFi・NFT等によるGas代高騰)そもそも何に対して安価と言われているかですが、仮想通貨の場合は銀行による国際送金と比べて安価と言われておりました。よってここでの比較対象はBTC・ETHのTxコストと銀行経由の国際送金コストです。直接的な手数料・即時性の観点からは仮想通貨が優れており、安全性・価格変動の観点では銀行送金が優れております。仮想通貨の場合はウォレットアドレスを誤り送信した場合、取り戻し不可能です。また価格変動が大きいため100万円の送金のつもりが実質的に90万になってしまうこともあり得ます。

 オフチェーン取引である取引所(交換所)取引は株式取引と構造は同じですが、市場が統合されておらず小さな取引所が乱立しているため価格発見機能も不十分で一物一価とも言えず、スプレッドが大きく開いている場合も多いため、伝統的有価証券取引と比べて取引コストは高く付きます。

 STの場合、仕組みは伝統的有価証券同様ですがフレームが確立されておらず、システム・オペレーションともにこれから構築していく必要があるため効率性が落ちます。将来的に市場が拡大していく中で規模のメリットも享受できるようになります。ST取引ではコスト削減が実現できる、というのは仲介者である金融機関を経由せずP2Pで取引が可能なので金融機関に支払う手数料が不要になるためコストが削減できる、ということを言いたいのだと思いますが、前提から間違っております。日本のST法規制を見る限り金融庁はP2P取引をさせるつもりは1ミリもありません。法令に則った自己募集によるP2Pを止めることは出来ませんが、実務的なメリットが皆無なので宣伝目的以外で事例が生まれることはないと思います。 

1-4. 所有権をより小口化できるは正確か?

 小口化でも前提において誤解があるようです。まず小口化ですが株式では株式分割によって小口化が可能です。また単元未満株を利用することでも小口保有が可能です。債券でも同様で個人向けでは最低金額が法人向けと比較し小口化されております。(債券はホールセール向けは1億円単位以上が一般的、個人向けの場合は10万円程度から購入可能)伝統的有価証券においては事務負荷・投資家メリット・実需に応じても小口化していると言えます。 

 仮想通貨の場合、売買単位がものすごく小さな単位まで設定されていることが多いです。もともとデジタルな存在であるため1単位未満の売買も問題ありません。注意点としては売買単位の小口化は出来ますが、所有権ではないということです。一般的にBTC等の仮想通貨には所有権の概念は存在しないと言われております。所有権の客体要件として有体性がありますが平成27年お東京地裁ではこの点が否定されております。詳細は東京地方裁判所判決/平成26年(ワ)第33320号で検索ください。 

 STの場合、基本的な考え方は株式等の伝統的有価証券と同様です。メディアでは技術的に可能なことと実務的に可能なことが区別なく議論されております。STの場合、確かに技術的には小口化することに支障はありませんが、実務的に100円単位でのSTの募集が簡単に出来るかは別問題です。証券会社を通じた募集の場合、証券会社のバックシステムの制約で100円からのST発行などは困難です。

 文脈的にはこれまでのファンド募集と比較して売買単位の小口化が容易、という感じがしますが実需としてどこまで小口化ニーズが存在するか不明です。尚ファンド保有者は厳密には利益配当請求権と出資金返還請求権等を有していると解されており、原資産の所有権を有しているわけではありませんので、そもそも所有権という表現がミスリードだと感じております。 

1-5. 即時決済が可能(T+0・即時DVP)は正確か?

 即時決済ですがこれは今すぐ得られるメリットではなく将来的なメリットです。株式等の伝統的有価証券の決済期間は短縮の方向で国内・海外ともに検討が進められ、ゆっくりとではありますが改善されております。仮想通貨の場合はオンチェーン取引ではアドレスから別のアドレスへの送信で即時完了するので証券決済のようなポストトレードの整理は不要です。 

 STOの文脈で即時決済(DVP)が議論される前提としてはモノ(ST)とカネ(SC)が安全な形で決済される基盤が必要です。現在議論されているCBDCやSC(ステーブルコイン)の実装が前提となっております。証券取引においてこれまでもカウンターパーティリスクを縮小するため、決済期間の短縮(T+3からT+2への動きなど)、CCPへの取引集中などの施策が進められてきました。将来的にT+0は実現するかと思いますが、RTGS(Real-Time Gross Settlement)が採用されるかと言うと資金効率性の観点から難しいと思われます。実務上の期待効果と負荷を天秤にかけると、引け時点でネットした結果(差分)を当日(T+0)で決済し、翌日に持ち越さないという形に着地するのではないかと思います。 

1-6. グローバルで取引しやすいは正確か?

 グローバルで取引しやすい、という主張は仮想通貨の文脈を引き継いでいるように思えます。株式等の伝統的有価証券の場合、商品毎に取引ルールが金商法・日証協の自主規制によって定まっております。 

 有価証券に分類されるSTはICOトークンのように勝手にグローバルオファリングは出来ません。各国の投資家を対象に募集行為をする場合は、各国の規制を準拠する必要があります。またセカンダリー売買も私募発行され投資家自身で鍵管理しているレアなケースを除くと金融機関等がSTを管理しているので譲渡は金融機関経由での売買となります。現状セカンダリーマーケットが確立されてないため、OTCでの取引となりますが最良価格での約定は困難でしょう。海外STの国内取引に関しては相当先の話になります。法令上、外国証券に分類されるSTの取引も可能ではありますが日証協含め実務的な準備は進んでおりません。 

 仮想通貨の場合も以前は無法地帯で特にルールがありませんでしたが近年は仮想通貨の売買には交換業の登録が必要で、自主規制機関であるJVCEAの自主規制ルールの順守も必要である。あわせて直近ではFATFのトラベルルール等への対応も求められており、自身の仮想通貨だからといって気軽に外部アドレスへの送金が困難になってきました。

 JVCEAのAML/CFT対応は下記を参照ください

  違法な取引や不適切な団体への資金流入を阻止するための対応として致し方ない部分がありますが、仮想通貨の当初の思想は中央集権的な権力からの自由であったかと思います。今の状況は他人に手綱を握られコントロール権を失った状態と言えます。技術的に出来ることと社会的に許されることのギャップが急速に縮まる中、仮想通貨の自由とは何かを考えてみる必要があります。 

1-7. まとめ

 STOの特徴・メリットとして説明される代表的な内容について軽く触れました。ここでは個々の検証が目的ではなく、以下の点をご認識いただきたいです。 

  • 比較対象が仮想通貨・株式など混在しており比較軸が定まっていないこと

  • メリットとデメリットが表裏一体となるケースもあること

  • それぞれ異なる前提を採用しており、前提次第で結果がいくらでも変化すること

  • 技術的に可能なことと実務的に可能なことは実際は異なるが同一視されていること

  • 今すぐ実現可能なことと将来的に実現可能なことは異なるが同一視されていること

 ポイントは一般に宣伝されているほど万能ではなく、現時点において用途は限定的である、という点です。潜在的な可能性はありますが2~3年で効率的な金融インフラとして普及したり、主要な金融商品として成長することはありません。用途を見極め付加価値を発揮できる領域を見出すことが必要となります。想定より長くなってしまったので②はこの辺で終わりますが、需要がありそうでしたら後日、③としてSTOビジネスのグランドデザイン(提言案)を投稿したいと思います。

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