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労働市場の新潮流:サラリーマン債権とサブスクリプション契約の革新


1. はじめに 

 一般に資本は「金融資本・人的資本・社会資本」に分類されます。本ブログでは主に金融資本に関して様々な角度から考察していますが、今回は「人的資本」に関して整理いたします。 

2. サラリーマン債権:労働者の権利と価値の再定義

 ピケティの「21世紀の資本」でr>gが示されて以降、多くの方がr収益を得るために人的資本から得た収益を金融資産に変換するゲームに勤しんでいます。これが一般人が資本主義ゲームで生き残る唯一の手段だからです。 

 本稿では金融資本のベースとなる人的資本について深堀します。人的資本は言い換えると「稼ぐ力」です。数値で表現すると給与額です。資本主義ゲームにおいて人的資本は大きければ大きいほど望ましいです。(社会的に価値が高いと評価される) 

 一般に人的資本は年を重ねると減少し、代わりに金融資本が増加します。人的資本は一種の債券であり、これをサラリーマン債権(債券)と呼びます。毎月一定額が決まったタイミングで振り込まれるので疑似的な債券という感覚です。 

 サラリーマン債権(債券)は流動性に乏しいという性質があります。容易に譲渡(転職)が出来ず、日本では価格(給与額)も上がりにくい仕組みです。しかしながら勝手に売却出来ない(解雇規制)というオプション(特約)が備わっているため、期待リターンは低いながら安定性が高い(ボラティリティが低い)のが特徴です。 

 多くの会社員はこのような性質の人的資本(サラリーマン債権)を背負っています。これは一種のサブスクリプション契約であり、ブラック企業では、労働者のサブスクリプション契約が、実質的には企業による労働力の過剰利用を可能にするものと解釈できます。 

 ブラック企業では無くても企業と労働者は相反する利益を有しており、一方は出来る限り効率的に働かせるインセンティブが働き、もう一方は如何に楽をするかというインセンティブが働きます。 

 労働者はサラリーマン債権を駆使して余剰資金を金融資本に変換し、投資家へのジョブチェンジを果たすことでサブスクリプション契約を解除する自由を獲得することが出来ます。逆に言うと投資家として独り立ちするまでは債権放棄も契約解除も出来ません。 

 これは資本主義ゲームの厳然たるルールですが明示されるケースはほとんどありません。自身で気付くしかありません。しかしながら、学校教育や会社ではこのようなことを教わる機会はありませんので身近に資本主義ゲームを理解している友人がいる、書籍で知識を得るなどの機会が必要です。 

「サラリーマン債権」を金融資産に変換するプロセスを示す図

3. 逆搾取:サラリーマンが資本主義を逆手に取る戦略

 歩合制ではない一般の労働者は「月額〇万円で私の1か月分の労働力を売ります」というサブスクリプション契約を締結している状態です。買い手(会社)からすると出来る限り使い倒して大きな付加価値(利益)を生み出そうというインセンティブが働きます。 

 このように考えると労働者は一方的に搾取されているように感じますが、日本は解雇規制が強くよっぽどの事情が無ければ解雇は困難です。サブスクリプションは一種の麻薬です。毎月決まったタイミングで振り込まれる給与が自身を組織に縛ります。 

 歩合制でない限り、会社員は成果を出しても出さなくてもそれほど給与は変わりません。賞与で色付けされる程度です。サブスクリプションは頑張るインセンティブが働きにくい契約形態です。 

 サブスクリプション契約を通じて、私たちは労働市場における労働者と企業の関係性の一側面を明らかにしました。この契約形態は、一見すると企業が労働力を確保し、労働者が安定した収入を得るための合理的な方法として機能しています。しかし、この構造の中には、労働者が自らの労働力の価値を最大化し、さらにはその条件を逆転させる潜在的な力も秘めています。

ここで少し発想を逆転させます。

 基本的に労働者と会社は搾取構造となりますが、解約が困難なサブスクリプションという性質を利用し「逆搾取」構造を検討します。終身雇用は雑に整理すると若い20代・30代は会社に搾取され、40代でイーブンになり、50代では貢献以上に給与がもらえる逆搾取状態となります。 

 逆搾取は馴染みのない表現ですが大雑把には「貢献分以上の給与を得ている状態」を指します。終身雇用と年功序列が機能していた時代であれば50代以降は多くの組織で逆搾取が発生していました。

 90年代以降、企業はその負担に耐え切れず、中高年を対象とした早期退職制度の活用やリストラを推し進め、人件費のコストパフォーマンス改善に励みました。 

 これまでのサラリーマン債権は概ねクーポンが予測可能(定期昇給)で満期まで保有する前提(終身雇用)の債券のようなものでした。しかしながら現在は、途中売却(転職)・償還あり(解雇・倒産)の変動クーポンの債券のようなものです。 

 バブル崩壊前のサラリーマン債権の格付けは投資適格のBBB以上が普通(ある程度大手であれば倒産リスクが低い)でしたが、現在のサラリーマン債権の信用格付けは全般的に低下傾向にあります。過去であれば安泰であった業種であれ不祥事の発生や技術革新への対応次第でどうなるかわかりません。まさに一寸先は闇です。 

 このような不確実な状態ではサラリーマン債権は「時価評価」が必要となります。年功序列でいずれ本来の価値に見合うかそれ以上に引き上げるのではなく、常にリアルタイムで適正価値を判定する時価評価制度が不可欠です。 

 ベンチャー企業では年功序列は存在しないので時価評価が基本です。転職市場も時価評価が主流になってきました。スキル×経験をベースに転職市場の需給によって時価評価額が算出されます。これが現在のトレンドです。 

 話を「逆搾取」に戻します。逆搾取は以前から年功序列の最終フェーズでは存在しておりました。それは参加者(労働者)が事前に合意したルールでした。本稿で整理する逆搾取はそのよう合意に基づくものではなく、歪みを利用したアービトラージの一種です。 

 とはいえ、自身の貢献度が給与と比較して妥当か・少ないのか・多いのかは判断が難しいところです。一般に会社組織を維持・発展させるには年収の3倍程度の利益貢献が必要と言われます。もちろん管理部門等は直接的に利益貢献が困難であることから、どの職種・業種にも適用できる汎用的な物差しではありません。 

 組織貢献と逆搾取をどのように両立するかですが、基本となる考え方があります。①残業をしない、労働時間を短くする。②出来るだけ付加価値の高い業務に注力する。③汎用スキルを重視する。④業務時間を活用してスキルを習得する、などです。 

 最初の残業・労働時間は時間単価を意識した行動です。特に管理職は残業代が支払われないので時間単価を強く意識する必要があります。次の付加価値業務については色々な観点がありますが「大きく経験値を積める業務・個人の実績として対外的に公表可能な業務」が軸となります。 

 汎用スキルに関しては独立・転職も視野に入れた際の時価評価に耐えられるスキルを指します。逆に所属する組織独自の業務手順にはあまり価値はありません。 

 スキルの習得は業務に関係がある前提で業務時間を活用することが望ましいです。スキルアップは不可欠ですがこれが外出しとなるとタイムマネジメントが困難になるため、可能な範囲で正当な理由を持って業務時間を利用することが望ましいです。 

 逆搾取というと「さぼる」という印象を抱きがちですが、そうではありません。労働契約はギブ&テイクです。よって与えられるもの(給与)以上の働きはせず、効率的に成果を出し、可能な限り自分の将来のために時間を使う行動方針を指します。 

 労働契約の義務を果たしつつ、際限なく引き上げられ続ける目標とは距離を置くことが重要です。過剰な労働から距離を置き、相応の貢献を果たし、可能な限り自分自身のために振る舞うことが本稿での「逆搾取」です。 

 組織に雇われている労働者に可能な抵抗はこの程度が限界とも言えます。資本主義は壮大なピンハネシステムです。資本家>経営者>労働者という階層が存在し、余剰資本は上位カーストが吸い上げる仕組みになっています。 

 現代が過去と違うところは階層が生まれながらの身分で固定されていない点です。労働者でありながら資本家見習いという存在もあり得ます。多くの労働者は最初から資本家を目指してすらおりませんが、資本家見習いを20年程度続けることで、FI(Financial Independence)の達成が現実味を帯びてきます。 

 人的資本を効率的に金融資本に転換し、労働者から資本家見習いにジョブチェンジをして、FI(Financial Independence)を手に入れ経済的・精神的・時間的な自由を手に入れること、これが現代資本主義ゲームにおける成功への細い道となります。 

人的資本を金融資本に転換し労働者から資本家へジョブチェンジを示す図

 2024年から新NISAがスタートしました。新NISAはこの資本主義ゲームを攻略する大きな武器となります。NISA以外にもイデコや401k、生前贈与、各種控除の利用、退職金の受け取りの活用など武器は複数存在します。 

 プレイヤーはこれらの武器を自身の状況に合わせ組み合わせることによって個々人の最適解を目指すことになります。それぞれ与えられた環境が異なるため、使えるオプション・使えないオプションの差がある点については致し方ないことであり、そこは仕様として割り切るしかありません。配られた手札で最善を考えるに尽きます。 

4. サラリーマン債権と資産のバランス:新時代のアセットアロケーション

 最後にサラリーマン債権を考慮したポートフォリオについて言及します。一般にポートフォリオ構成と言うと、株式・債券・不動産・コモディティ・現金の組み合わせで語られます。 

 しかし今回は少し視点を変えてポートフォリオを整理します。「人的資本・金融資産・現物資産」という切り口で整理します。人的資本は「想定給与債券」を意味します。退職までの想定収入の合計を指します。若い人は人的資本が大きく、定年間近の方は小さくなります。 

 現物資産は不動産や金を指しますが、少し注意が必要です。ここでの不動産や金はリートやETFではなく、生の不動産であり、金の延べ棒のようなものを想定しています。 

 有事の金と言われますが金融商品化された金は金融市場がクラッシュした際に本来の価値が担保される保証がない点に注意が必要です。本当の有事とは預金封鎖や金融商品の売買が不可能な状況を指します。このような場面では金ETFは金本来の価値を発揮することが困難である点に注意が必要です。 

 平時にポートフォリオの分散効果を高める目的であれば不動産も金も金融商品化されたアクセスが容易な資産形態で保持する方が理に適っていますが、原資産は同じでも現物資産と金融資産は異なる性質を持つ点を理解する必要があります。 

 このような前提のもと「人的資本・金融資産・現物資産」を組み合わせることがマクロ視点のアセットアロケーションとなります。一般的な資産運用では金融資産のみを対象とすることが多く、やや視野が狭い印象を受けます。 

人的資本・金融資産・現物資産のマクロ視点を用いたアセットアロケーションイメージの図

 例えば公務員の場合、安定したサラリーマン債権であることから金融資産は株式の比重を高く設定し、債券や現金の比率を極力低くするのも戦略と言えます。

 逆に自営業の方の場合、人的資本からの収入にブレ(ボラティリティ)が大きな傾向にあるので、金融資産は安定的な運用が期待できる債券の比率を高めるという考えもあります。 

 現物資産はある程度の資産規模に達するまでは不要です。不動産は流動性が低いこと、銀行からの借り入れ(レバレッジ)が必要なことが多く、金融資産と比較して扱いが難しいです。(その分、上手く売買できた場合の期待リターンはリートよりも格段に高いです) 

 貴金属は金が基本ですがプラチナも候補として検討可能です。銀は単価が低いので保存が手間なので除外します。金やプラチナの購入は三菱マテリアルや田中貴金属のような専門店を利用します。購入方法はスポット・積立などがありますが、有事の資産を想定するのであればスポット購入で自宅保管一択となります。 

 尚、金などの売買に係る所得は譲渡所得に分類され、金融所得とは異なる扱いになる点に注意が必要です。金ETFは20%分離の金融所得扱いになるため、損益通算等も考え現物との使い分けが必要です。 

 マクロなアセットアロケーションの整理には最初に人的資本(サラリーマン債権)の棚卸が必要です。自身の人的資本がどのような性質を有しており、残存期間がどの程度あり、どの程度の収益が期待できるかを自身の人生計画を勘案して見積もります。 

 そのうえで金融資産の配分を決定します。そしてある程度(1億円程度)の資産が貯まったらリスクヘッジの観点から現物資産の組み込みを検討します。現物資産に関しては個人差があり検討の結果、不要という判断もあり得ることを補足します。 

 自身の人的資本(サラリーマン債権)の分析は馴染みが無いプロセスかと思いますが、大きな資産価値を持つアセットクラスであることから客観的な分析が重要です。特にサラリーマン債権は個人差が大きな資産であるため、特徴の把握が鍵となります。 

 サラリーマン債権の運用は金融資産のようにオルカンでOKというような汎用的な最適解が存在しません。自身でどのように運用するかライフプランと相談が必要です。 

 技術の進化もあり私たちの生活は過去と比べ格段に便利になっていますが、資本主義ゲームの難易度も過去と比べ格段に上がっています。昭和の時代であれば、これほどあれこれ考える必要はなく、用意されたレールの上を走るだけで済んでいました。 

 しかしながら現在はゲームのルールをしっかりと理解し、自分に合う武器を見極め、寄り道をせずに正しい道を歩むことが必須となりつつあります。イージーモードの時代は既に過ぎ去り、ヘルモードに突入しています。私たちはこの点をしっかりと認識し資本主義ゲームと付き合う必要があります。

 5. まとめ・展望

 本論考を通じて、サラリーマン債権、サブスクリプション契約、そして逆搾取という現代労働市場における新しい概念とその影響について掘り下げてきました。これらの概念は、従来の資本主義の枠組み内で労働者が直面している課題とチャンスを浮き彫りにし、マクロ視点からの資産配分の重要性を再認識させるものでした。

 将来への展望として、労働市場の動向と個人の資産戦略は、ますます複雑な経済環境の中で予測が困難になっています。しかし、この不確実性の中にも、新たな可能性が潜んでいます。技術革新や市場の変化に適応し、自身の「サラリーマン債権」を賢く管理し、さらに「逆搾取」という発想を活用することで、労働者は自らの経済的地位を向上させる機会を見出すことができます。

 今後、労働者は自らの人的資本の価値を高め、その価値を最大化するために、より戦略的なアプローチを取る必要があります。また、資産配分に関しても、マクロ経済の動向を見極めながら、柔軟かつ戦略的な管理が求められます。未来への準備として、自己啓発、スキルアップ、そして経済的知識の習得がこれまで以上に重要になってくるでしょう。

 最終的に、労働者自身が自らのキャリアと財務の主導権を握ることが、不確実な未来においても繁栄する鍵です。個人の努力だけでなく、社会全体としても、教育や制度の面で支援することが、この新たな時代の課題に対応するためには不可欠です。

 この論考が、読者の皆様にとって、資本主義社会における労働と資産管理に関する新たな洞察と、未来に向けた行動の着想を提供することを願っています。


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