蛇(小説)

 蛇についてかんがえるのは、もう慣れてきたように思う。
今、目の前にあって、触れている車のハンドルも、わたしにとっては蛇なのだ。
 彼の家の前に着いたのでメールをしたら、彼はさっぱりとした格好と表情で助手席に乗り込んだ。うすい黄色のポロシャツに紺のジーンズ。
 「おはようございます」彼はちょっとふざけて笑いながら言い、
シートベルトを締めた。その音が何かの合図みたいだった。蛇が舌を出したのかしら。彼とふたりきりだとはとうてい思えない。わたしが運転するのだとは思えない。体はアクセルを踏み、車を操作した。
 彼は雑誌を読んだり途中で寄ったコンビニで買ったアイスクリームを食べたりした。白いバニラアイスだった。わたしはスムージーをときどき飲んだ。ガソリンはまだまだある。
 ほんの少し、海のにおいがしてきた。ハンドルが熱くなってきている。
ぬるくなったスムージーを飲み干す。赤信号で待っている時、彼が時々手を握ってくる。わたしはわざと力強くにぎる。「痛えよ」言いながら彼は笑う。白いハンドルに手をもどす。信号が黄色になり、スピードを落として、止まる。
 「進んでしまうか、止まるのか、迷う時あるよね。どきどきする」
彼は少し遠くを見つめながら言った。「そうだね」私はぬるくなったスムージーを完全に飲み干してしまう。のどを通り抜けたスムージーはあたりまえすぎるほどに体内におさまりわたしの血液のぬるさを加速させるみたいだった。
 「わたしもアイス食べたいな」
 「俺もコンビニ行きたい。もう少し先にあるはず」
コンビニに着いて車をとめたら、眠くなってきた。
 「ごめん、休憩したいから、アイス買ってきてくれる?フルーツのキャンデーだったらなんでもいいよ」
  「わかった」彼は行ってしまった。戻ってくるはず、と強く思った。なんとなく雑誌を眺めていたら、指を切ってしまった。なめても、止まらなかった。血の味がする。早くキャンデーが食べたい。
 わたしは周りを見わたし、彼が今どこにいるのか、目だけで探した。

※この小説はフィクションです

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