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日記

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『僕の好きな女の子』が、好き。

「おすすめの映画は?」と聞かれると、うまく答えられない。 すすめたその時から、すすめられたその人の作品体験は始まってしまうと思うから。その作品に、すすめた私の言葉と思いが、乗っかってしまうから。それが、ちょっと怖い。 「好きな映画は?」と聞かれれば、はっきりと言える。 ほかの誰がなんと言おうと、私は好きで、気持ちは揺るがない。 私にとってのそんな作品、『僕の好きな女の子』。 どこのどなたの目に触れるか分からないけれど、誰かの作品体験に結びつくことも臆せず、私が「好きだ」と

2020年の「好き」を5つ

今年はなんともふわふわした一年だった。 新型コロナウイルスで、出端を挫かれて何かを失った。ぎゅっと時間を取って何かを手に入れもした。きっとたくさんの人が、そうなのだと思う。 そんな2020年が、終わろうとしている。 奪われた一年だけれど、手に入れた一年でもある。 ささやかだけれど、たしかに私を「好き」で満たしてくれた今年のコンテンツを、5つ挙げてみる。 1.映画『僕の好きな女の子』 今年、私の心を鷲掴んで救ってくれたもの。 8回観た。まだまだ観たい。 (どうにかならな

告られるは幸福なのか

※過去に書いたものを少しいじって再掲。 異性と気まずくなって、コミュニティを抜ける。 経験した人は、きっと少なくないはず。 息苦しさを感じることなく過ごせるメンバー。 そのうちのひとりに異性として見られて、告白されて。こっちはそんなつもり、なかったのに。 居心地のよかったはずの空間が、自分の安心・安全が確保できない危険地帯に様変わりする。 どんな選択をすれば、穏便にコトが済むのか。 苦慮するのは、どういうわけか告られた側。 断ることで、みんなに気まずい思いをさせてし

ヤンデレとメンヘラの違い

私はヤンデレというジャンルが好きだ。 高らかに宣言するほどのことではないが、ヤンデレが大好きだ。しかし、なぜここまでヤンデレというものに執着があるのか。いまいち言語化できずにいた。これを書くことで、改めてヤンデレを理解するとともに、自己理解を深めてみたい。 まず私は、ヤンデレをどのように定義づけているかを考える。 「相手を好きすぎるがあまり、常軌を逸した行動に出る人。それを厭わない人」。あえて言葉にするとこんなところだろうか。 つまり私は「相手を好きすぎるがあまり、常軌を逸

「好き」を因数分解する

憧れている先輩が「今日のあなた、ファッジの表紙になりそう」と両手の親指と人差し指でフレームを作って、私の全身をそれに収めた。 それが去年の4月のことで、以来月刊誌ファッジを愛読している。私は到底何かの表紙を飾れる容姿ではない。だからこそ、たとえお世辞でも、褒め言葉は大変貴重なものなので、反芻して大事にしたくなる。 そのファッジに、最果タヒさんの連載がある。『「好き」の因数分解』。 すてきなタイトルだ。「好き」という特別な感情を読み解くのにぴったりのタイトルだ。 じぶんがあるモ

ボールルームへお邪魔した

「これはだめだ。帰りたい」 入り口でスタッフにもぎってもらったチケットの「東 B列」と、後楽園ホール内の案内板を頼りに東側観客席へ向かう。 入り口から見て右手にあたるので、そちらへ歩みを進めようとした。 どっと人が押し寄せてきた。どっと、というほど人数はいなかったのだが、迫力ある男女数人とすれ違うことになったのだ。ぴっちり肉体にフィットした燕尾服。長い首。鞄を掛けるのが難しそうなほどの撫で肩。個性と彩り豊かなドレス。力強いアイライン。引き締まった広背筋。そんな男女がぞろぞろ