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心地よくアンサンブルできる人を求めて

たいして仲良くない人から 「今度遊ぼう!」と言われた時、とても困惑します。大人の社交辞令と思えばいいのかもしれませんが、私はそもそも社交辞令なのか本気なのかを解読することができません。皆が「あれは社交辞令だよ」としれっと言っているのが全く理解できません。

あそぶって、何してあそぶんだろう?と思います。本当にわからなくて。

お互いに子どもがいたら、子ども同士があそぶ場に一緒にいる、という形で可能になるので「なにしてあそぶの?」の悩みは少しだけ緩和されるのですが、これまでの交流で明らかに子ども同士の相性が良くないとか、相手のお子さんの遊び方や喋り方に私がついていけないということがわかっている場合、返答に迷い、いや……なんのために会うんだろう?とか本当に失礼なことを思ってしまうんですよね。でも、もちろんそう思わない相手もいます。

じゃあそれはどんな人なのかと考えてみたら……、

……あれ……、そうか。

すみません、子ども同士の相性とかは関係ない気がしてきました……。

そこに理由はなくて、ただ私がその人と会いたいという気持ち、それだけ。

その人となら、安心して話せるとわかっている。子ども同士がたとえ合わないようでも、一緒にごはんを囲み、大人同士の心地よい雰囲気の中でお互いの子どもに話しかけたりしていたら、だんだんそれぞれの親子のリズム感みたいなものが、掴めてくる。

それでお互いに微調整していって、共鳴するときもあればお任せして休んだり、こちらがちょっとリードしてみたり……と、色んな楽器でアンサンブルしているみたいな感じ。それができる相手だとわかっていれば、私は安心で、会いたいと思えるようです。

……へえー!!!

って、いや本当に、我がことながら初めて言葉にしてみました。そして、わかりました。これは面白い!でも、そうか、だから私は友達が少ないんだなあ(苦笑)。

上記のようなアンサンブルって、つまるところは非言語コミュニケーション。楽譜もなければ指揮者もいません。いつどんな楽器が組み合わさり、どう始まり、どう展開していくかわからないのです。私はそんなことを一緒にできる人を探してるわけですよね。そりゃ、高望みってものです。

おいおい、ASDならそんなことできないでしょう?と言われそうな気がします。確かに不思議です。

発達検査では、四枚のイラスト(いろんな表情や動きをしている人が複数出てくる)を見てストーリーを見立てて順に並べ換えるテストがあり、それが正直ピンとこなくて、3パターン出題されましたがどれも自信がない持てないまま回答しました。悩んで時間がかかった上、やはり正解ではなかったようで、相手の感情や意図を汲み取ることが苦手、という結果が出たのでした。

私が受けた検査の結果を見て、おおむね理解を示している夫ですが、彼もこの結果だけは「うーん?春恵はむしろ共感性があると思うけど」と言います。

このテストにどう回答するかということと、その人の実際のコミュニケーション能力は、確かに共通するものがあるのでしょう。でも、やはり細かいところまではわからない、一概には言えないはずです。たぶん、モノクロのイラストの人物を見て「正解」を読み取るのと、生身の人間を目の前にして「見えない何か」を感じ取るのとは、別の感覚や回路を使っているのではないかと私は思います。本当は、まさにその微妙な違いの部分が、重要なんじゃないかと。数値化できないこと、テストで証明できないことにも物事の本質があるということを、私たちは忘れてはいけないと思うのです。

それにしても、私が子どもの頃からずっと、自分のイメージする「アンサンブル」が一緒にできる人を探していたとしたら、夫はそんな私に捕まったレアな人だということですね(笑)。

以前、我が家のパートナーシップを考察する記事で書いたように、それぞれの「認知特性の違い」から、共に家事子育てをしていくには難しいことも多いふたりです。

つい昨日のことですが、夫の多動性が全開で、まっっったくフィーリングが合わなくて、私は一日中ダメージ受け続け、心も体も頭も、酷くくたびれてしまいました。こうなると私はエネルギー枯渇、人と目を合わせることもできなくなります。思考回路が閉ざされ、何を聞かれても反応する気になれず、答えられません。

夫は本来とても優しくて、誰のどんな心情もとりこぼさず大切に接しようと心がけている人ですが、ひとたび多動性が優位になると人一倍視野が狭くなり、驚くほど周囲の状況をスルーしまくります。家事、子どものこと、メールはもちろん、私が苦しんでいることにも一切気づくことができません。このようなことは、日常の中でたびたび起こりますが、仕事や友人関係ではあまり気づかれていないようです。

私がダメージを受けたことを伝えるとものすごく申し訳なさそうにし、毎回反省していますが、そのこともまたすぐに忘れてしまいます。これが彼の性格ではなく「特性」だと思うと、私は彼を責めることはできません。なぜなら、私も幾度となく、彼を困らせ続けているけれどどうしても変えることができない特性があるからです。困ったふたりですね。

それでも、フィーリングが合うときの彼とのアンサンブルはやっぱりどんな相手よりも楽しくて癒されることを私は忘れることができないので、現在は暮らしの80パーセントは苦しみながらも、彼と生き続ける人生を選んでいます。

あなたとは無理です、別れましょうというのは簡単です。夫のことを「素敵な旦那様ね」と言ってくれる人たちからすれば、私がこんなことを考えるなんて信じられないことかもしれませんが、この1年くらいは何度も思いました。あまりにも苦しいことが多発して、ああ、なんだか、添い遂げるのは無理なのかもしれない、と。

でも、お互い自分のために割ける時間が足りない今が、きっといちばん大変な時。子どもが生まれてから7歳までの間に夫婦間で起きたことは、戦場で起きたことだと思え、と先輩から言われたことを思い出します。

戦場から抜け出して、いつかまた、ふたりで安心してアンサンブルを楽しめる日が来るはずと信じるしかありません。10年後の我が家のパートナーシップは、どうなっているかなあ。楽しみです、とは、正直言えない心境ですが、お互いに今より成長していることは確かでしょう。

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以下のシリーズは、認知特性を知るということの良さが伝わればいいなと思います。読者の方のパートナーシップ向上の参考になったら嬉しいです。長文ですが、ご興味ある方はぜひ読んでみてくださいね。

誰からも「素敵な旦那さんね」と100%言われる私の戸惑い①

誰からも「素敵な旦那さんね」と100%言われる私の戸惑い②

誰からも「素敵な旦那さんね」と100%言われる私の戸惑い③

誰からも「素敵な旦那さんね」と100%言われる私の戸惑い④






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土樹春恵(ときはるえ)

発達凸凹な自分と向き合いつつ日々家事育児。こだわりの強いASD傾向の私とお人好しADHD傾向夫との育児は笑いあり涙あり。日々の育児で感じたこと(含シュタイナー教育)、夫婦のパートナーシップについて(含大人の発達障害)、食のことなど、テーマと文体はその日の気分で。
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