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「奴隷は選択」発言のカニエによる内省と、カニエとキムの信頼関係。(Kanye West - "Wouldn't Leave")

Writer:@raq_reezy

今回は、カニエ・アルバムの最新アルバム『ye』から「Wouldn't Leave」を解読したいと思います。

本編に先立ち、前提となる背景を整理しておきます。

精神的な混乱などの問題からしばらく療養していたカニエは、今年の4月に入ってツイッターに復帰しました。

それからしばらくは、自身の思考をシェアしていましたが、トランプ大統領の選挙スローガンであった「Make America Great Again」のキャップの写真をツイッターに掲載したあたりから、炎上が始まりました。

トランプ大統領について、賛同する必要はないけれど、自分はトランプを愛しており、自分たちはドラゴンエネルギーを持っている兄弟だと発言。

トランプ大統領が非白人への攻撃的な発言を選挙期間中にたびたび行って人種間の分断を煽ったことや、法人税減税などの資本家優遇的な政策等もあって、ヒップホップ・コミュニティは全体的に反トランプの風が吹いている中でもあり、フランク・オーシャンやクエストラブなど、複数のアーティストがカニエへの反対意見を表明。

カニエを慕うシカゴの後輩であるチャンス・ザ・ラッパーは「すべての黒人が民主党支持者である必要はない」とカニエへの理解を示す発言しましたが、その後、軽率な発言であったと謝罪しました。

5月になると、そうした話題について話し合い、自分の考えを説明するために出演したTMZの番組におけるインタビューでは、カニエは自身が提唱する「Free Thinking(自由な思考)」を例える際に「奴隷は選択だった」という趣旨の発言をしてしまい、さらに炎上が広がる結果に。

そうした中で、カニエが仕上げたアルバムが今回の『ye』であり、この曲では、そうした状況が歌詞に取り込まれています。

さて、それでは内容を見ていきましょう。

(うわぁ、カニエだぁ!という内容になっているので、カニエが苦手な方はあまり読まない方がいいかもしれません)

コーラス(PARTYNEXTDOOR)

I don't feel that she's mine enough
God, I feel I couldn't have you windin' up
Butterfly in my wrist, you make me run out of my skin
And I don't feel like
And I know you wouldn't leave

【意訳】
俺は、彼女が十分に俺のものだと思えない
ああ、君を束縛することなんて出来ないんだ
俺の手首には蝶がいて、君は俺を肌から自由にしてくれる
俺は(君を束縛できるとは)思えないんだ
だけど、君は俺のもとから離れないって知ってるよ

カニエは、2014年にキム・カーダシアンと結婚しています。

キム・カーダシアンはリアリティ番組で有名になったセレブリティです。

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2014年以降というのは、カニエが調子が悪くなっていった時期と重なります。音楽業界で多くの偉業を達成したカニエの製作意欲は音楽以外にも向かうようになり、アパレルへの進出を目指しましたが、排他的な業界の中で上手くいかずに、一時は53億円前後の負債を抱えたことを明らかにしました

2016年にはマーク・ザッカーバーグに対して、アイデアを実現するために、1億円を手助けしてくれるようツイッターで呼びかけましたが、返答はありませんでした。(後にフェイスブックではなく、ツイッターで呼びかけたのが失敗だったという笑いながら話しています)

さらには、カニエを発掘して世に出した長年の兄貴分で、一緒にアルバムを作ったこともあるJAY Zとの不仲も続きました

JAY Zが大株主でもある音楽ストリーミングサービスTIDALへの音楽配信に関する金銭的な揉め事や、妻のキム・カーダシアンがヨーロッパで強盗にあったときに連絡がなかったこと等に不信感が募り、2016年にはステージ上でJAY Zや家族への苦言を呈したこともありました。

一方で、JAY Zは、当時負債を抱えていたカニエのためにツアー契約にも保証人としてサインしていたようで、JAY Zを怒らせる原因ともなりました。JAY Zは昨年発売したアルバム『4:44』には、カニエに向けていると思われるディスも含まれていました。二人は昨年末には再び会話をする仲に戻っており、関係の修復が進んでいるということです。

このような不調続きの中で、カニエは、キム・カーダシアンに対して、自分と一緒に生きてくれるように束縛することは出来ないと感じていたのでしょう。

しかし、カニエとキムの間には、確かな夫婦の絆や信用があった様子が歌われています。

1バース目(Kanye West)

They say, "Build your own"—I said, "How, Sway?"
I said, "Slavery a choice"—they said, "How, 'Ye?"
Just imagine if they caught me on a wild day

【意訳】
あいつらは言う、「自分でつくれよ」
俺は言う、「どうやってだよ、Sway?」
俺は言う、「奴隷は選択だった」
あいつらは言う、「どうしてお前はそんなことが言えるんだ?」
もしも、あいつらの気が立ってる日に俺が差し掛かったらどうなる

カニエは昔から思ったことをそのまま発言するため、たびたび炎上します。グラミー賞でテイラー・スウィフトの受賞時にステージに上がってきて相応しくないと述べたり、ニュース番組でコメントを求められて「ジョージ・ブッシュ大統領は黒人のことを気にも掛けない」と発言したこともありました。

一つ目の「How Sway?(どうやってだよ、Sway?)」は『Sway in the Morning』という人気ラジオ番組でカニエが感情的になってSwayの発言を遮りまくったことが話題となったときの話です。

こちらで見ることが出来ます。

「奴隷は選択だった」は、本マガジンでも以前、取り上げた通りです。

【あわせて読みたい】
「奴隷制度は選択だった」とカニエが発言したTMZインタビューのほぼ全文翻訳。

「あいつらの気が立ってる日に俺が差し掛かったらどうなる」というのは、たとえばDaz Dellingerというラッパーが「クリップス・ギャングのやつらはカニエを懲らしめろ」と発言したこと等があげられます。

Now I'm on fifty blogs gettin' fifty calls
My wife callin', screamin', say, "We 'bout to lose it all!"
Had to calm her down 'cause she couldn't breathe
Told her she could leave me now, but she wouldn't leave

【意訳】
今は毎日50以上のブログに書かれて、50以上の電話を受ける
俺の妻は、「私たち、全てを失うわよ!」って俺に叫んでいる
彼女は息も出来ないほどだったから、落ち着かせないといけなかった
今、俺を見限ってもいいよと伝えたけれど、彼女は離れない

カニエの「奴隷は選択だった」という発言は、数多くのメディアで取り上げられて批判されました。多くの知人や友人が、カニエを心配して連絡してきたようです。

妻のキム・カーダシアンは、夫のカニエがとんでもない発言をして、大炎上していることについて、心配して責め立てた様子が描かれています。

それでも、妻が自分を見捨てなかったことについて、カニエなりの感謝や信頼、愛があったのだろうと思われます。

2バース目(Kanye West)

Oh, don't bring that up, that's gon' get me sentimental
You know I'm sensitive, I got a gentle mental
Every time something happen, they want me sent to mental
We had an incident but I cover incidentals

【意訳】
その話を持ち出さないでくれる?感傷的になっちゃうから
俺が繊細だって知ってるでしょ。俺は優しい精神を持っているんだ
何かが起こるたびに、みんな俺を精神病院送りにしようとする
俺たちは事故にあったけれど、俺がその分を払うんだ

カニエは2016年末に錯乱して精神病院に入院しています。

カニエはツアー中でロサンゼルスに滞在中だったが、21日の午後1時20分にカニエがパーソナル・トレーナーに対して異常な行動を起こしているとして、ロス市警に出動要請がかかり、その後、事件は「医療的緊急事態」となったため消防へとバトンタッチされ、消防ではカニエが「精神的緊急状態」にあったと現場の記録として残しているとNBCテレビが伝えている。
カニエ・ウェスト、錯乱状態から入院と報じられた経緯とその後

カニエは、刺激すると問題発言をしたり、特異な行動を起こしたりする節があるため、過去にはパパラッチなどがカニエに嫌がらせのように密着して、問題行動を起こさせたり、喧嘩になるということがありました。

そうしたことも「みんなが俺を精神病院送りにしようとする」というラインに現れているように思えます。

You want me working on my messaging
When I'm thinkin' like George Jetson but sounding like George Jefferson
Then they questioning my methods then
If you tweakin' out on my texts again then I don't get reception here

【意訳】
君は、俺がメッセージを正しく届けるのに集中してほしいと思っている
俺がジョージ・ジェットソンみたいに考えているのに、ジョージ・ジェファーソンみたいに受け取られているときにはね
だから、あいつらは俺のメソッドを疑問視する
俺のツイートに文句をつけても、電波が悪くてここには届かない

カニエが「トランプ大統領を愛している」と発言して炎上したときに、キム・カーダシアンは自分の意図を正しく伝えるようにと夫を注意しています。カニエがトランプの政策に賛成しているわけではなかったからです。

カニエはラッパーでもあり、目立ちたがり屋でもあるため、人の神経を逆なでしやすいような言葉を選ぶことが多く、誤解を受けやすい人物でもあります。

ジョージ・ジェットソンはカニエが好きなカートゥーン『宇宙家族ジェットソン』の登場人物で、カニエが未来的な思考をしているということの例えとなっています。一方で、ジョージ・ジェファーソンは『All in the Family』という番組の主人公であり、おかしな失敗ばかりをするキャラクターであり、後者のように見られてしまうということを歌っています。

また、最近カニエはスマートフォン中毒についてツイッターで批判を繰り返しています。そのため、彼は他のラッパーやプロデューサーたちと電波が届きにくいWyomingに籠って、いくつかのアルバムを仕上げました。

その滞在費の半分はPusha Tが支払ったようで、製作費を抑えないと利益は出ないのに、カニエのせいでアルバムをつくるのにめちゃくちゃ高くついてしまったと笑い話にしていました。

I got the mind state to take us past the stratosphere
I use the same attitude that done got us here
I live for now, I don't know what happen after here
I live for now, I don't know what happen after here

【意訳】
俺たちを成層圏の向こうまで連れていってくれるような精神性を手に入れた
俺たちをここまで連れてきたのと同じような態度を使えばいいのさ
俺はいま現在を生きている、その後のことは分からないよ
俺はいま現在を生きている、その後のことは分からないよ

「Free Thinking」(自由な思考)というのは、今のカニエが訴えているメイン・メッセージです。ツイッターを再開して以来、カニエは「Free Thinking」の重要性を訴えています。これは、既存の価値観やルールから自由になって自分で考え直すということです。

しかし、こうした思考は最近思いついたり手に入れたものではなく、自分たちをここまで連れてきたのもまた、そうした思考だったと振り返っています。

Plus, what was meant to be was meant to be
Even if, publicly, I lack the empathy
I ain't finna talk about it, 'nother four centuries
One and one is two but me and you, that's infinity

【意訳】
それに運命は運命なんだ
俺が大衆の共感を得られていないとしてもね
俺はあと4世紀、話すのを止めないぜ
1+1=2だけれど、俺と君を足し合わせれば、可能性は無限になるのさ

4世紀というのは、400年間ですが、これも「奴隷は選択だった」発言から来ています。

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カニエ:そうだよ。ケツを叩かれても死なないだろ。俺の中に「常識」を植え付けるって意味だと思うよ。だけどね、えっと、たとえば400年も奴隷時代が続いたって聞くとだよ、400年もっていうのだけ聞くと、それは選択だったんじゃないかって思えてしまう。400年もみんなでその状態を続けたの?って。俺たちは精神的に収監されてるんだ。

アウトロ(Kanye West & Ty Dolla $ign)

さて、バースではカニエ自身の経験が語られてきましたが、アウトロでは、この曲のメッセージが、より抽象的に伝えられています。

For any guy that ever fucked up (love me or hate me)
Ever embarrassed they girl (love me or hate me)
Ever embarrassed they wife (gone when you miss me)
She told you not to do that shit (ohh)
She told you you's gon' fuck the money up
But you ain't wanna listen, did you?
Keep that same energy
Keep that same energy

【意訳】
失敗したことがある、すべての奴らへ
彼女を恥ずかしい目にあわせたことがある奴らへ
妻を恥ずかしい目にあわせたことがある奴らへ
そんなことをするなって言われただろう
お金をすべて失うことになるわよって言っただろう
だけど、耳を傾けようとは思わなかっただろ
そのときのエネルギーを保つんだ
そのときのエネルギーを保つんだ

まずは、たびたび訴えられている「Free Thinking」です。

コントロールされて行動するのではなくて、「自分がしてみたいと思ったこと」をするためのエネルギーを保てということです。

カニエは、毎日一緒に生活する近しい関係の人間同士だからこそ、お互いが相手の可能性を狭めないように、相手を束縛しない・相手に束縛されないことの重要性を感じているのかもしれません。

Now you testing her loyalty
This what they mean when they say
"For better or for worse", huh?
For every down female that stuck with they dude
Through the best times, through the worst times
This for you

【意訳】
お前は、彼女の忠誠心を試しているってのか
「健やかなるときも、病めるときも」ってのは、こういうことを意味してるんだろうな
最高の時期も、最悪の時期も、男と助け合って生き続けた全ての女性へ
この曲は君たちのための曲だ

身勝手なメッセージにも聞こえるかもしれませんが、ここには相手の行動を束縛しなくても、一緒に生きていくことが出来るというメッセージが込められているように思います。

それにしても、カニエというのは一貫して変わらないなと思うわけです。

ファーストアルバム『College Dropout』に収録されている「All Falls Down」では、すでに「みんな自己中心的で、俺はそれを最初に認めただけだ」と歌っており、セカンドアルバム『Late Registration』収録の「Gold Digger」の3バース目では、ダメな男と女性についての話が描かれています。

キム・カーダシアンは、自分の政治等に関する考えは必ずしもカニエと同じではないということを公言していますし、自分の考えに従って行動していますが、カニエを束縛することはしません。カニエが炎上して大変な状況にあるときは、ツイッター等でカニエを擁護する場面が多くみられます。一方で、カニエに対しても「自分のメッセージは正しく伝わるようにするべきだ」など、適切なアドバイスも送っています。

徹底した自由主義者のカニエと、「もし自分に何か変化をもたらすことができると感じるのなら、いろんな分野のリーダーと直接と会って話をしてみたら良い、というのは私が誰に対しても促していること。だから、あの時のカニエもきっとそういうことを考えてたんだと思うわ」と度量の広いキム・カーダシアンの夫妻は、今のところぴったりの夫婦のようです。

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