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「力」をテーマに二人のリリシストがバースを交わす【前編】 (Rapsody – Power feat. Kendrick Lamar)

writer:@vegashokuda

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!

2018年に入ってから、国内外ともにヒップホップのシーンでは大きな出来事がいくつか起きていますね。その一つが、1月29日(日本時間)に行われた第60回グラミー賞でしょう。最多8部門にノミネートされたJAY-Zは残念ながら無冠、続く7部門のKendrick Lamarも主要部門での受賞を逃しました。しかし、彼らがこれだけ多くの部門にノミネートされたことと、Bruno Marsが主要部門を総ナメにしたことは、ブラック・ミュージックにとって大躍進といってもよいのではないでしょうか?

ここ日本にも2月にMigos、8月にChance The Rapperといった具合に、複数のヒップホップ/R&Bアーティストが来日を控えており、会社のアウトルックを数ヶ月先まで見てはニヤニヤしている毎日です。

さて、今回歌詞を解読するのは、そのグラミー賞でも最優秀ラップ・アルバムにノミネートされた、Rapsodyの『Laila’s Wisdom』に収録されている“Power”です。この曲にはTDEのKendrick LamarとLance Skiiiwalkerが客演で参加しており、それぞれ3バース目とサビで登場します。

曲のテーマは、タイトルのとおり「力」。一口に「力」と言っても、社会的な力やストリートでの影響力など、いろいろなものがあります。そうした「力」をテーマに、現代のヒップホップ界を代表すると言っても過言でない二人のリリシストがバースを交わします。前置きが長くなってしまいましたが、歌詞を見ていきましょう。

イントロ

Into my world
There’s this power that pulls us closer
Deeper in love
There’s this power that pulls us like magnets

【意訳】
僕の世界へ
僕らを近くに手繰り寄せる、この力
愛の深みで
磁石のように僕らを引き寄せる、この力

このイントロは、Bootsy Collinsの“May the Force Be With You”をサンプリングしたものです。

サビ

I feel your energy (feel your energy)
It’s coming through (it’s coming through)
Took me a century (a century)
To get next to you (to get next to you)
Plus make some enemies (enemies)
Invested in you (invest in you)
So, I feel your energy (I feel your energy)
Invested, pursue (ooh ooh, I never read the 48 Laws)

【意訳】
君のエナジーを感じる(エナジーを感じる)
それはやってくる(やってくる)
1世紀掛かった(1世紀)
君のそばに辿り着くのに(君のそばに)
それと、敵を作った(敵を)
君に投資された敵を(君に投資された敵を)
君のエナジーを感じる(エナジーを感じる)
投資し、求めた(『48の法則』は読んだことがない)

このサビでは、同じ「君」が「そばに辿り着く」存在であるとともに「敵が投資された」存在であることが歌われています。本曲の主題である「力」の持つ二面性がここで表現されていると考えられます。

また、最後に出てくる『48の法則』は『権力に翻弄されないための48の法則』(原題‘The 48 Laws of Power’)という本で、ロバート・グリーンという人によって書かれました。この部分についてはGeniusのこちらの記事が詳しいです。「自分のために他人を働かせろ、しかし手柄は必ず取れ」に代表される冷血な教えが特徴で、これに共感した(と思しき)JAY-ZやPimp C、Kanye Westといったラッパーに引用・言及されてきました。50 Centなどは同著をいたく気に入り、‘The 50th Law’という本をグリーンと共著したほどです。しかし、Rapsodyは「力」に別の意味を見出し、彼らとは立場を異にするようです。

1バース目

The power of the dussy make a grown man cry
The day I came up out my mama I saw a grown man cry
They say it has magic powers, even Magic ain’t die
Wake you up out ya sleep to take a 3am car ride

【意訳】
プッシーの力は大の男を泣かせる
お母さんから出てきた日、私は大の大人が泣くのを見た
みんな魔法の力だと言う、マジックも死んでない
寝ているところを3時に起こして車で流す

1、2行目は女性の持つ力への言及と捉えてよいでしょう。

3行目に出てくる「マジック」は、元NBA選手のマジック・ジョンソンです。彼はHIVに感染したことで1991年に引退しましたが、1996年には復帰し、ロサンゼルス・レイカーズで32試合に出場しています。現在もそのレイカーズでバスケットボール運営部門代表を務めるなど、健在のようです[1]!

He said the booty the only thing between him and God
They love the booty, sacrifice they family and job
Badge make police feel powerful in the hood
Guns make us feel powerful but they don’t do no good

【意訳】
彼と神の間にあるのはお尻だけだと彼は言った
みんなお尻が大好き、そのために家族と仕事を犠牲にする
バッジがあるから警察はフッドで力を持ったように感じる
銃もそう、だけど何もいいことなんてない

ここでも1、2行目は女性の持つ力への言及です。

3行目では、丸腰の黒人が警官に射殺される事件が相次いでいることを踏まえ、権力を与えられた警察の横暴さを非難しています。また、警官に限らず人々はみな、銃を手にすると力を手にいれたように感じますが、それが良い結末を生むことなどまずありません。その点に触れているのが4行目です。

I know my blackness powerful and they don’t like that
I know some niggas sold theirs, sit back and watch ‘em tap dance
Bombs over Baghdad to have a flag to brag ‘bout
Don’t make you a big boy, ‘cause you got a nice stack

【意訳】
私は黒人としての力強さを感じるけど、人々はそれを嫌う
黒さを売りにする奴らを見ては、奴らがタップダンスするのを座って見てる
バグダッドに爆弾を落とし、自慢の旗を立てたりなんかして
稼ぎが良いからって一人前ってわけじゃない

前段の後半から引き続き、この1、2行目では黒人の置かれた状況について語っています。黒人としての誇りを力強く感じるRapsodyですが、それを快く思わない人々もいます。また、黒人の中にも、自らの黒人性(blackness)を安売りしている者がいると非難しています。

3、4行目についてはRapsody自らがGeniusで解説しています。“Bombs over Baghdad”の頭文字を取ると“B.O.B.”で、これはOutKastの曲名にもなっています。

また、OutKastの片割れAndré 3000は別名3 Stacks(スラングで「3000ドル」)です。お金を得て自らの力強さを感じたいがために人々を戦争に送る権力を謗っているのです。

Carolina home boy, you know we keep a Stackhouse
That’s power when you know the game, I’m feelin’ like a Champ now
I went the rap route, homie get out the trap house
I want the power to be able to rap ‘bout what I rap ‘bout

【意訳】
カロライナの男友達、私らにはスタックハウスがいるよね
ゲームを知るのは力、今の私はチャンプの気分
私はラップの道を行き、ホーミーはトラップ・ハウスを抜け出した
私が欲しいのはラップしたいことをラップする力

「スタックハウス」は、Rapsodyと同じくノースカロライナ州出身の元NBA選手のジェリー・スタックハウス、「チャンプ」はマイケル・ジョーダンのことです(このようにRapsodyのリリックにはアスリートがよく出てきます)。前者は前段4行目の“a nice stack”からのつながりで登場させたのでしょう。2行目の「ゲーム」は「ラップ・ゲーム」とも換言でき、そこでの勝ち方を知っているRapsodyは、マイケル・ジョーダンのような気分だとラップします。

3行目に出てくる「トラップ・ハウス」は麻薬の密売所です。ラップで自らを表現する自身と、ドラッグ・ディーリングから足を洗ったホーミーを引き合いに出し、これこそが本当の力だと誇っているかのようです。

Black child
God, love and textiles
Point, blank decimal
Steph Curry projectile
I saw the goal from 8 miles

【意訳】
黒人の子供
神、愛と織物
小数点、ゼロ、小数
ステフ・カリーのシュート
私は8マイル先からゴールを見てた

ここは解釈がきわめて難しいですが、黒人が奴隷として働かされていた頃からの歴史を踏まえたリリックだと考えられます。その時代、黒人は肌の色だけを理由に子供の頃から綿花畑で働かされ、彼らが収穫した綿で織物が作られていました。時代が変わっても人種間の経済格差は解消されず、貧しい黒人の所得は微々たるもの(「小数点、ゼロ、小数」)です。

しかし、彼らは遠い昔(距離でいえば「8マイル先」)から神と愛の力を信じ、ステフィン・カリーのロングショットのようにゴールを見据え、希望を捨てずに生きてきました。また、男性中心のヒップホップ・コミュニティに身を置く女性のRapsodyは、映画『8マイル』でも知られる、黒人中心のヒップホップ・コミュニティに身を置く白人のEminemに自らを重ねているのかもしれません。

Every stone you threw, I picked it up and built a powerhouse
Caught a case, I got murder in my profile
Niggas still billin’ me, see, that’s just the appeal in me
Respek on my name, why y’all niggas so emotional?
Power

【意訳】
あんたが投げた石は全部拾ってパワーハウスを建てた
捕まった、私の前科には殺人があるんだ
奴らは私にまだ請求する、それだけ私に魅力があるってこと
私の名をリスペックしな、なにそんなエモくなってんの?
パワー

1行目は、どんな逆境も力に変えてきたという意味かと思われます。

2行目の「殺人」は文字どおりの殺人ではありません。スラングで、何か(ここでは“A”としましょう)が良い意味でヤバいことを“A is killing it”と言うので、それに掛けた表現です。

4行目の“respek on my name”は、Birdmanがラジオ番組『The Breakfast Club』に出演した際、ミームになりましたね。

(「ふざけやがって、俺の名を尊重しろ」と言って席を立ってしまうBirdmanさん)

というわけで、“Power”のイントロ、サビ、1バース目を解読してきました。続きは次回のお楽しみ!

そして、最後に告知させてください! それぞれグラミー賞5部門にノミネートされたことを受けて国内盤リリースとなった、Khalid『American Teen』の歌詞対訳と解説、SZA『Ctrl』の解説を担当させていただきました!

奥田の対訳がどうとか解説がどうとか抜きにして、どちらも素晴らしい作品なので、ぜひ対訳や解説を読みながらお聴きいただきたいです!!

店頭へ急げ!!!

[1] マジック・ジョンソンがレイカーズのバスケットボール運営部門代表に就任 | NBA Japan

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