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純朴なジェイ・ロックが示す「救済」—バイク事故を経て

writer: @vegashokuda

「ここに居るどれだけの人が諸悪の根源について知ってる?」

4月にリリースしたアルバム『KOD』の名前を冠したツアーのラスベガス公演で、J・コール(J. Cole)は聴衆にそう問いかけた。スクリーンに映し出されたコールの目には光るものがあった。

「それ(=諸悪の根源)なしでは生きられなくなってしまうんだ」という言葉の続きは明らかにされていないが、コールの涙の裏に、9月7日にオーバードーズでこの世を去ったマック・ミラー(Mac Miller)の存在があったことは間違いない。別のファンが撮影した動画には、手遅れになる前に問題に対処することの大切さを訴え、マックを追悼するコールの姿が収められている。

『KOD』のタイトルはいくつかのフレーズの頭文字を取ったものとされているが、その一つが"Kids On Drugs"である。同作において、コールはSNSやお金といった現代人が陥る中毒を主題として扱っており、その中にはドラッグも含まれていた[1]。

コールはマックが生前最後にリリースしたアルバム『Swimming』にプロデューサーとして参加していた。才能あるマックの死がヒップホップ界、ひいては音楽の世界にとってどれだけ大きな損失であったかは説明するまでもないが、自身の作品を通してドラッグの危険性を訴えていながら盟友のマックを救えなかったことが、コールにとってどれだけ大きなショックであったかは想像に難くない。

コールはマックの訃報を受けて、「問題を抱えているなら俺に言ってくれ」とメッセージを発している。

ジェイ・ロック3作目のアルバム

そのコールも参加した、ジェイ・ロック(Jay Rock)にとってキャリア3作目となるアルバム『Redemption』は、前作『90059』から約3年ぶりのリリースとなった。

リリースまでに時間を要した原因の一つが、2016年のバイク事故であろう。ちょうどグラミーの授賞式だったその日、ロックは同事故で大腿骨を折り、骨盤にヒビが入るという大怪我を負った。

この事故について、ロックはオープニング・トラックの「The Bloodiest」において早速「口座の20万ドルが入院代に消えちまった」とラップしている。どれだけ彼に影響を与えた出来事であったかが窺える。

フッドから届ける言葉

そんなロックだが、本作の前半で扱われているテーマの多くは、彼が慣れ親しんだフッド・ライフである。

重たいベースラインが印象的な「For What It's Worth」では、フッドに潜む誘惑について以下のように語っている。

They say money's the root of all evil
I say the power of pussy'll scar people
That pretty flower'll spoil you, then it poison you
You get amnesia to everything you was loyal to

【意訳】
金は諸悪の根源だと言われる
俺はプッシーの力が人を傷つけると思う
その可愛い花はお前をダメにし、毒を盛るんだ
自分が忠実だった全てについて記憶喪失になる

ゲームの効果音にも聞こえる音が使われた「ES Tales」では、暴力やドラッグの蔓延るフッドが以下のように描写されている。

Big shots, hardcore drugs
Everything crooked, what you thought this was?
Steam pot, turned powder into rock
Plan go sour, that's how you get got

【意訳】
大きな銃声、ハードなドラッグ
全てが歪んでる、これを何だと思った?
鍋で粉(コカイン)をクラックに調理
計画が崩れてお前は終わる

Don't start nothing without your blower, that's a one way trip
Six feet under, real life, that's all gunplay is

【意訳】
銃が無いなら、何をやるのもやめときな
マジで死への片道切符だ、それが銃のやること

Black lives matter out here, no way
Cops get promotions while the family gotta pray

【意訳】
黒人の命も大事だって? とんでもない
家族が(冥福を)祈るとき、サツは昇進する

そして、出身地ワッツを通るストリートの名前を冠した「Rotation 112th」では、フッドでの生活が同じ日常の繰り返しであることをラップしている。

I got the drank, I got the smoke in rotation
Head on a swivel, rotation
I got the backdoor swingin', rotation
If it's war, double back and rotation

【意訳】
リーンとウィードをローテーション
頭がいつでも回転
後部座席のドアは揺れっぱなし
戦争ならまた戻ってやる、その繰り返し

メジャー・デビューを果たした今も、ロックは自分がどこから来たかを忘れてはいないようだ。

限られた時間の中で

ここまでフッド・ライフをテーマにラップしてきたロックだが、前出のコールを客演に迎えた「OSOM」では少し趣が変わる。

Out of sight, out of mind, feelin' like
I'm runnin' out of time

【意訳】
何も見ず、何も考えず
時間が足りなくなってるように感じる

このフックについて、ロックはGeniusで以下のようにコメントしている。

「“Out of sight, out of mind”はただ、くだらないことを気にかけないってことなんだ。ただ目標にだけ集中すればいい。『時間が全てだ』って言ってるようなものさ。時に俺は『これをやらなきゃ』って思ったりする。タイム・リミットが近づいてるように感じるんだ。時間は貴重だ。(やること)すべてが大事なことであるよう心がけなきゃいけない。それが基本的に全体のコンセプトなんだよ。」[2]

同曲でロックは、音楽が無ければ死んでいたかもしれないこと、生きているうちに何かを残したいという感情を吐き出している。フッドでの日常だけに時間を費やすには、人生はあまりにも短いと気づいた瞬間なのかもしれない。

また、"Broke +-"においてはいくつかの社会問題に触れつつ、以下のように語っているのが印象的だ。

Refusin' to play the statue, I take action, without quittin'
Until I reach my point of satisfaction, not givin' a crap what happens

【意訳】
像を演じるのはもうやめだ、俺は行動する、やめずにな
満足できるところに行くまではな 何が起ころうと気にしない

Morphine and novacane dull pain, still don't change the diagnosis

【意訳】
モルヒネもノボカインも痛みを和らげようと、診断を変えてくれやしない

同曲で、ロックは"broke"な状態からいかにして抜け出すか、人々にアドバイスを送っている。ここでの"broke"は、文字どおりの経済的な「貧乏」だけを指すわけではないように思える。自分と向き合い、行動することで自らに変革をもたらしてきたロックなりの、フッドに生きる人々へのエールである。

ロックにとっての「救済」、そして勝利

アルバムも終盤に差し掛かり、レーベルメイトのSZAを客演、テラス・マーティン(Terrace Martin)をプロデューサーに迎えた表題曲の「Redemption」では、前述のバイク事故について触れられている。

1バース目では、同事故で自身が死んでいた場合の葬式を空想し、本当の仲間と上面だけの仲間の違いに言及する。2バース目は、献身的でいてくれたにもかかわらず不義を働いてしまった恋人に贈る言葉だ。

この曲について、ロックはラジオ番組『The Breakfast Club』のインタビューで以下のように語っている。

「俺はメッセージを伝えたかったんだ、自分に対しても。よりよい人間になろうっていうメッセージをね。俺はきっと過去に正しくないこともしてきた。ここまでの過程で何人か人を傷つけたかもしれない。その時は気づかなかったけれど。そんなときに、何かを経験することで謙虚になれることもある。撃たれたり車の事故に遭ったり、そういう命に関わる経験をすると謙虚になれるんだ。」[3]

そう、ロックはあのバイク事故を機に変われたのだ。アルバムのタイトルになっている"redemption"はキリスト教の「救済」を表す単語である。2年前のバイク事故はロックにとって、人生において本当に大切なものに気づかせてくれた経験という意味で、まさに「救済」だったのかもしれない。

さて、『Redemption』は先行シングル「WIN」でフィナーレを迎えるが、ロックにとってここはゴールではないようだ。

I ain't chasin' after no bitch
I got bigger plans than stayin' rich

【意訳】
俺はビッチを追いかけたりしないぜ
リッチでいることよりもデカい計画があるんだ

これは、単なる勝利宣言の曲ではない。これからも走り続け、人々をインスパイアし続けるというロックの宣言と受け止めるべきだろう。

ヒップホップ界は今年、XXXテンタシオン(XXXTENTACION)と先述のマック・ミラーを筆頭に、何人かの若き才能を失った。皮肉なことではあるが、シーンに警鐘を鳴らす『KOD』も、自らの「救済」経験を語る『Redemption』も、そんな今だからこそ、いっそう輝きを放つように思える。

今も地元ニッカーソン・ガーデンズとの関わりを密にしているというロックは、コールよりもさらにストリート寄りのアプローチを取った。本作で扱われた主題も、その多くがフッド・ライフに関するものだ。

だが、その想いは「何かあったら俺に言え」というコールと変わらないだろう。「コミュニティ・リーダーでなくモチベーターでありたい」と語る彼らしく、自らの経験を伝えることで、フッドの人々に行動変革を促しているように思える。

純朴なロックは、インタビューでも本作について特段雄弁に語っているわけではない。しかし、その姿勢はいつか、きっと誰かをインスパイアし「救済」するはずだ

[1] J.Coleを過小評価してないか? 最も賢く、偉大で、伝説的なラッパーの半生 - KAI-YOU.net
[2] Jay Rock – OSOM Lyrics | Genius Lyrics
[3] Jay Rock Opens Up About His Motorcycle Accident, Talks TDE, New Album + More - YouTube

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