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JAY-Zの歌う投資話を解読する。(JAY-Z - The Story of O.J.)

記念すべき第1回としては、ブログでも触れたJAY-Zの「The Story of O.J.」を解読していきたいと思います。

「The Story of O.J.」は、JAY-Zの最新アルバム『4:44』に収録されている一曲です。『4:44』は、浮気したことを妻のビヨンセに謝罪する曲を朝の4時44分に書き上げたことから名付けられたタイトルとなっています。

さて、そんなアルバムに収録されている「The Story of O.J.」は、一般的なヒップホップのイメージとは少し異なっています。なぜなら、JAY-Zがこの曲でラップしていることは、不動産や絵画への投資の話だからです。

この曲を楽しむためには、そもそもJAY-Zがいかなる人物なのかということを知っておく必要があるでしょう。

ということで、さっそくJAY-Zという男の解説から、始めていきたいと思います。

JAY-Zの成功

JAY-Zは1969年に生まれており、小さい頃からラップをしていましたが、本格的に音楽活動を始める前は、ドラッグの売人でした。売人として、類い稀な商売の才能を開花させたJAY-Zは、北はNew Jerseyから、南はVirginiaまで、東海岸で幅広く商圏を広げていました。

そんなJAY-Zが音楽活動を真剣に始め、1stアルバムをリリースしたのは、彼が25歳のときです。当時、デモテープを送っても各レーベルから契約してもらえなかったJAY-Zは、仲間のデイモン・ダッシュとともに、自らロカフェラ・レコーズを立ち上げます。

ドラッグビジネスで商売の才能を磨いていたJAY-Zは、音楽ビジネスでも成功し、その躍進に目をつけたヒップホップの名門レーベルDef Jamは、ロカフェラ・レコーズの株式の半分を約150万ドル(1億5,000万円ほど)で買い取ります。こうして、JAY-ZはDef Jamの強力な支援を受けながら、自らのレーベルをますます発展させ、その資産価値を向上させていきました。このように、JAY-Zは幸か不幸か、単なるアーティストではなく、資本主義における起業家として成功し、資産家となったのです。(このあたりはブログにも書いていますので、お時間があれば読んでみてください)

JAY-Zはその後、KANYE WESTなどを発掘してヒットを飛ばし、ついにはDef Jam本体のCEOを務めるまでにビジネスマンとして成功します。現在では、服ブランドのロカウェアや、ソフトバンク下のスプリントとも提携した音楽ストリーミングサービスTIDALなど、様々な会社に投資あるいは経営しています。

このような資本家であるJAY-Zだからこそ、書けたであろう曲が、今回の「The Story of O.J.」なのです。

前置きがだいぶ長くなってしまったので、歌詞の解読に入りたいと思います。

サビ

まずはサビです。

Light nigga, dark nigga, faux nigga, real nigga
Rich nigga, poor nigga, house nigga, field nigga
Still nigga, still nigga

【意訳】
(肌の色が)明るい黒人、(肌の色が)暗い黒人、フェイク野郎な黒人、リアルな黒人、金持ちの黒人、貧乏な黒人、家働きの黒人、外働きの黒人、全員黒人だ、全員黒人さ。

さて、サビではあらゆるタイプの黒人像を並べてラップしています。

Niggaという単語は、黒人が黒人に対して仲間意識を込めて使うスラングであり、黒人以外が使ってはいけません。これは差別用語であるNigger(白人が差別意識を込めて呼んでいた)をもじって、自分たちの単語にしてしまおうという考えから生まれたスラングです。ここでは「黒人」と訳しています。

また、ヒップホップでは「リアル」が重視されます。本当に自分が経験してきたストリートを歌うのが「リアル」な姿です。それを格好だけ真似て演じ、歌詞の中身で歌っているストリート事情は嘘だらけの作り物な場合、「フェイク」として扱われます。fauxとrealは、そのことを言っているのでしょう。

houseとfieldは、奴隷時代に、家の中で働いていた黒人(労働内容はそこまで厳しくないので、主人に対して寛容で保守的)、プランテーションで働いていた黒人(労働内容は過酷で、主人に対して反抗心があり、逃げ出したいと思っている)といったイメージでしょう。

様々な黒人像を並べた上で、「全員黒人だ」と言い切っています。

その真意はどこにあるのか、バースを見ていきましょう。

1バース目

O.J. like, "I'm not black, I'm O.J." …okay

【意訳】
O.J.が言うには「俺は黒人じゃない、俺はO.J.だ」、、、。あっそ。

まずは、O.J.シンプソン事件について触れます。(以下、Wikipediaからの引用です。)

O・J・シンプソン事件(O・J・シンプソンじけん)はO・J・シンプソンが殺人事件で逮捕されて裁判になった、アメリカで起きた事件。
被疑者・被告人となったシンプソンが元プロフットボール選手および俳優として有名であっただけに、裁判の行方を巡って全米のみならず世界中の注目を集めた。刑事裁判では殺人を否定する無罪判決となり民事裁判では殺人を認定する判決が下った。

元プロフットボール選手のO.J.シンプソンの、元妻とその友人が殺人された事件で、被疑者としてO.J.シンプソンが逮捕されました。

その中で、O.J.シンプソンが言ったといわれる言葉が「俺は黒人じゃない、俺はO.J.だ」というフレーズです。「黒人だからって俺を逮捕するのか、俺は黒人じゃなくて、スーパースターのO.J.だぞ!」という意味合いです。

それを聞いて、JAY-Zは「あっそ」と、冷めているわけです。

この点について、JAY-Z自身がTIDALのインタビューにて語っていた内容がRAP GENIUSに記載されていました。意訳してみます。

俺たちは黒人として、自分の人種へのコンプレックスから、黒人の文化と自分自身とを切り離そうとしがちだ。たとえばO.J.が「俺は黒人じゃない、俺はO.J.だ」って言ったみたいにね。

でも、俺は自分が黒人であるという類のコンプレックスを持ったことがない。俺は反対だった。俺はもっとシステムに対して挑戦的だったんだ。

つまり、JAY-Zは「黒人だから差別される」という前提をO.J.が持ち出し、その文化から自分を切り離そうとしたことに冷めているわけです。

なぜなら、JAY-Zは、黒人の文化と密接に関わったヒップホップで大成功し、資本家の仲間入りをした人物だからであり、黒人のイメージや社会におけるポジションを変えることが可能だと信じているからです。

では、どうやって黒人のイメージや社会におけるポジションを変えていけばいいのでしょうか。JAY-Zの考えに迫っていきたいと思います。

House nigga, don't fuck with me
I'm a field nigga, go shine cutlery
Go play the quarters where the butlers be
I'ma play the corners where the hustlers be

【和訳】
家働きの黒人ども、俺には関わらないでくれ。
俺は外働きの黒人だ、刃物を光らせる。
お前らは、執事がいる家で遊んでおけよ。
俺はハスラー(ドラッグの売人)がいる(ストリートの)コーナーで遊ぶぜ。

ここでは、JAY-Z自身が、反体制的であり、現状に対して挑戦的であったということを歌っています。家で主人に仕えて飼い慣らされている家働きの黒人(house nigga)と違って、JAY-Zは反抗的で現状を変えたいと思っている外働きの黒人(field nigga)なのです。

上のインタビューで「俺は(自分が黒人であるということの)その類のコンプレックスを持ったことがない。俺は反対だった。俺はもっとシステムに対して挑戦的だったんだ。」と述べていることとも繋がっています。

しかし、そのストリートで生きる反体制的な自分自身に対して、JAY-Zは続いて、次のように述べます。

I told him, "Please don't die over the neighborhood
That your mama rentin'
Take your drug money and buy the neighborhood
That's how you rinse it"

【和訳】
俺は奴(自分自身)に言ったんだ。
「近所で死なないでくれよ、そこはお前のママが借りてる土地だ。」
ドラッグ売買で稼いだお金で、近所を買っちまえよ。そうやって土地を綺麗にするんだ。

ストリートでの売人生活は、言うまでもなく命の危険を伴うものです。そこでJAY-Zは、母親が借りた家の近くでドラッグを売って、トラブルに巻き込まれて死ぬなんてことはしないでくれ、というわけです。

代わりに、ドラッグの売買で稼いだお金で土地を買い、土地を綺麗にしようと言っています。

それでは、続きを見ていきましょう。

I bought every V12 engine
Wish I could take it back to the beginnin'
I coulda bought a place in Dumbo before it was Dumbo
For like 2 million
That same building today is worth 25 million
Guess how I'm feelin'? Dumbo

【和訳】
俺は高級車を片っ端から買った。だけど、その前に戻れればって思うぜ。
俺はDumboになる土地を、そこがDumboになる前に2億円で買う機会があったのに逃したんだ。
そのビルディングは、今では25億円の価値がある。
俺がどんな気分か分かるかい?ダンボだよ。

V12エンジンというのは、V型12気筒のエンジンで、メルセデス・ベンツやマイバッハ、フェラーリ、ランボルギーニ、ジャガー、アストンマーティン、マクラーレンなどの車に採用されています。「I bought every V12 engine」なので、要はドラッグの売買で稼いだお金で、それらの高級車を片っ端から買ったというわけです。

しかし、そのときに高級車にお金を使っていたために買わなかった2億円の土地が、今では25億円に値上がりしていることを述べ、後悔を歌っています。だから、先ほど「ドラッグの売買で稼いだお金で近所の土地を買え」と自身に歌っていたわけです。

つまり、JAY-Zはお金を浪費するのではなく、投資することを勧めているのです。

曲ではここでサビが入りますが、サビは先ほどの通りですので、2バース目を見ていきましょう。

2バース目

You wanna know what's more important than throwin' away money at a strip club? Credit
You ever wonder why Jewish people own all the property in America? This how they did it

【和訳】
ストリップクラブで散財するよりも大切なものが何か知ってるかい?信用だよ。どうしてユダヤ系の人たちがアメリカ中の財産を手にしたか不思議に思ったことはないかい?こんな風にやったんだよ。

さて、続いてJAY-Zは信用について語り始めます。

まず、ストリップクラブで散財するというのは、売れたラッパーなどが歌うような内容のひとつです。つまり自分が成功者であることをアピールするためにお金を使うということです。

JAY-Zは、それよりも信用が大切だと歌っています。

続けて、ユダヤ系の人たちがどのようにしてアメリカで財産を築いだかを説明してあげようと言っています。その内容を見ていきましょう。

Financial freedom my only hope
Fuck livin' rich and dyin' broke
I bought some artwork for 1 million
2 years later, that shit worth 2 million
Few years later, that shit worth 8 million
I can't wait to give this shit to my children

【和訳】
金銭的自由だけが俺の希望だ。
金持ちとして生きて、貧乏に死ぬなんでくそくらえ。
俺はあるアート作品を1億円で買った。
2年後、そいつは2億円の価値になってた。
数年後、そいつは8億円の価値になってた。
俺はこのアート作品を子どもにあげる日が待ちきれないぜ。

ここでは、JAY-Zのアート作品への投資の経験談が語られています。

何のアート作品への投資について歌っているのかは分かりませんが、前のアルバムでは何かの曲で、「このバスキアも全部お前のもんだ、ブルー(子どもの名前)」だなんて歌っていた記憶があるので、バスキアでしょうか。

とにかく、ユダヤ系の人たちがアメリカで財産を築いたコツは、1バース目に続いて、またしても投資だったというわけです。

Y'all think it's bougie, I'm like, it's fine
But I'm tryin' to give you a million dollars worth of game for $9.99

【和訳】
上流階級気取りかよって、みんなは思うかもしれないけど、それでも構わないぜ。
だけど、俺は1億円の価値がある話を9ドル99セントであげてるくらいに、ナレッジを安売りしてるんだぜ。

いわゆるストリートな音楽が好きなヒップホップリスナーが聴いたら、JAY-Zはいきなり上流階級の資本家のようなことを歌い出して、どうしちゃったんだと思うかもしれません。だけど、JAY-Zは、本当に価値のあることを伝えようとしているんだと言っているわけです。

I turned that 2 to a 4, 4 to an 8
I turned my life into a nice first week release date

【和訳】
俺は2を4にして、4を8にした。
俺は人生を、素敵な最初の一週間のリリース日にした。

1行目はアート作品への投資によって、2億円を8億円に増やしたことを再度歌っています。

2行目は正直あまり良くわからないのですが、RAP GENIUSでは、どんなことも曲にしてお金稼ぎに昇華していることを言ってるんじゃないかと書かれていました。(この文脈でいきなりそんな話を挟むだろうかという気はしますが)

他に考えられる解釈としては、俺は(投資によって)人生をリリース日みたいに儲かる日ばかりにした等の意味でしょうか。

Y'all out here still takin' advances, huh?
Me and my niggas takin' real chances, uh
Y'all on the 'Gram holdin' money to your ear
There's a disconnect, we don't call that money over here, yeah

【和訳】
お前たちは、まだそんなとこで契約金もらって喜んでるのかよ。
俺と俺の仲間は、本物のチャンスを掴んでるってのに。
お前たちは、耳の横に札束を持った写真をインスタグラムにアップしてる。
お前たちと俺たちとの間には、超えられない壁があるな。
俺たちの方では、そんな札束ごとき、金とは呼ばねえってんだよ。

ここに来て、これぞJAY-Z!というぐうの音も出ないセルフボーストをお見舞いしてくれました。

契約金というのは、契約時に貰うものの、RAP GENIUSの投稿によると、どうやら後々レーベルに返さないといけないようです。そんなものを貰って、現金にしてインスタグラムに写真をあげて喜んでるのかよとJAY-Zは歌っています。

JAY-Zはといえば、そもそも契約なんてしておらず、自分でレーベルを起ちあげて、デフジャムに半分バイアウトした上で、ますます資産価値を膨らませ、そのお金でさらに投資を繰り返して、とんでもない資産家になっているわけです。

フォーブズ誌によるとJAY-Zの資産は900億円を突破しています。それに対して、だいぶ前ですが、例えば破格の契約金として話題になったA$AP ROCKYでさえ、契約金は3億円程度です。

そりゃJAY-Zにとっては、そこらのラッパーが貰う契約金なんて、お金のうちには入らないでしょう(笑)。

ということで、「The Story of O.J.」の歌詞はここまでになります。

まとめ

さて、JAY-Zが何を伝えたかったかを振り返ってみたいと思います。

とにかく成功してある程度のお金を手に入れたら、そのお金を浪費するのではなく、投資に回して、本当の資産家になろう。

そう、本曲はJAY-Zによる「投資のすすめ」であったのです。

JAY-Zがストリートのイメージが損なわれるリスクを背負いながらも、投資について歌うようになったのは、恐らく子どもが育つ中で「芸術作品を子どもにあげる日が待ちきれない」と歌っていたように、自分が子どもに資産を残せることの喜びを噛みしめていることがあるでしょう。

同時に、どうしてもゲットーを中心に貧困が再生産されている現状の中で、より多くの黒人の家庭で、親がお金を浪費するのではなく、投資して子どもに残していくことで、黒人コミュニティ全体のイメージや社会的なポジションが改善することを望んでいるのだと思います。

経済的な格差や貧困の再生産が解決し、差別や偏見がなくなり、もう誰も「俺は黒人じゃない、俺はO.J.だ」なんて言わなくても良くなる日を夢見ているJAY-Zによる、黒人コミュニティへの親心から生まれた曲なのだと思います。

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