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躁うつ病で無敵になったカニエの暴走を読む。(Kanye West - "Yikes")

writer:@raq_reezy

今回もカニエの最新アルバムから解読していきたいと思います。

前回の「Wouldn't Leave」はこちら

さて、今回は「Yikes」を解読します。「Yikes」というのは「げっ」という感じの意味合いです。

この曲ではタイトルの通り、今風にいえば「ポリコレ的には正しくない」ラインが並んでいます。たとえば「#metoo」運動を茶化す部分などは世間的にも非難を集めそうです。

一方で、昨今は「炎上を避けるためのタテマエ」と「本音」が分離している時代でもないかと思います。たとえば、みんなツイッターでは燃えないようにリベラルに振る舞いますが、誰にも咎められない場面になると、たとえば大統領選挙における投票行動という匿名の場面ではトランプに投票したわけです。

今回カニエは「オピオイドの副作用で何でも言ってしまう自分」という言い訳をつくって、タテマエではない本音のような部分をバンバンと歌詞にしてしまっています。

そういうコンセプトでもあったので、最初はもっとエグい歌詞を書いていたとリスニング・パーティー後のインタビューで明かしています。

しかし、TMZでの「奴隷は選択だった」という発言などが炎上したこともあり、ミュージシャンである自分の使命はみんなをハッピーにすることでもあるという考えから、歌詞を書き直して、少し柔らかいものとして仕上げたといいます。

英語が分かる方は、こちらでインタビューも楽しめます。

それでは内容を見ていきましょう。

サビ

Shit could get menacin', frightenin', find help
Sometimes I scare myself, myself
Shit could get menacin', frightenin', find help
Sometimes I scare myself, myself

【意訳】
脅かされているように感じる、恐怖に怯えて、助けを求める
ときどき、俺は自分自身さえ怖がらせることがある
脅かされているように感じる、恐怖に怯えて、助けを求める
ときどき、俺は自分自身さえ怖がらせることがある

この曲では、オピオイド中毒の副作用として双極性障害(躁うつ病)になったカニエのぶっ飛んだ姿を描いています。

アルバムの1曲目では、過去に自殺も考えたことが明かされており、自分が何をしでかすか分からないと、自分自身に怯えています。

1バース目

Tweakin', tweakin' off that 2CB, huh?
Is he gon' make it? TBD, huh
Thought I was gon' run, DMC, huh?
I done died and lived again on DMT, huh

【意訳】
2CB(ドラッグ)でハイになって、また騒いでいるのか
俺はドラッグ漬けを脱して生き延びられるだろうか、分からないさ
俺は逃げ出しそうになった、Run-DMCってか
俺は一回死んで生まれ変わった、DMT(ドラッグ)でな

まず、2C-Bというのは合成ドラッグを表しています。

MDMAが禁止されたときに、エクスタシーの代わりとして、短期間だけ合法ドラッグとして流通していました。

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ここではオピオイド中毒になったことが歌われています。オピオイドというのは、アメリカで流行している麻薬性鎮痛薬であり、モルヒネやコデイン、ヘロインなどが含まれています。

Wikipediaによると、アメリカでは薬物中毒死の43%がオピオイドのオーバードーズによって発生しており、2017年には「オピオイド危機」として公衆衛生上の非常事態宣言が発せられています。

Run-DMCはラップグループです。

逃げ出すの意味の「Run」と掛け合わせて言葉遊びをしています。

See, this a type of high that won't come down
This the type of high that get you gunned down
Yeezy, Yeezy trollin' OD, huh?
Turn TMZ to Smack DVD, huh?

【意訳】
これはいつまでも続くタイプのハイな状態だぜ
これは撃ち殺されるタイプのハイな状態だぜ
イージー、イージー、オーバードーズした釣り師ってか
TMZをSmack DVDに変えちまったってか

カニエは入院前よりも入院後の方がさらにオピオイドを服用する量が増えたことを以前話していますが、いつまでもハイが続くという表現からも、そうした様子が見てとれます。

撃ち殺されるというのは、カニエがトランプ支持を表明していたことに対して、Daz Dellingerというラッパーが「クリップスギャングのやつらはカニエを懲らしめろ」と発言したことなどが連想されます。

その後、カニエは弁解のためにTMZという番組に出演しましたが、そこで問題発言をしてしまいます。Smack DVDというのは、ソーシャルメディアが全盛期を迎える前に、ヒップホップ周りのゴシップを扱っていた番組のようで、TMZをSmack DVDに変えてしまったというのは、TMZでの発言がゴシップとして数々のメディアで取り上げられたことに言及しています。

Russell Simmons wanna pray for me too
I'ma pray for him 'cause he got #MeToo 'd
Thinkin' what if that happened to me too
Then I'm on E! News

【意訳】
ラッセル・シモンズも、俺のために祈りたいってさ
俺も、彼のために祈るぜ、彼が#MeTooされたからな
もしも自分にも同じことが起きたらどうしようと考えている
そしたらE!Newsに載っちゃうぜ!

ここでは、#metooのムーブメントに触れています。

ラッセル・シモンズは、ヒップホップやR&Bの名門レーベルであるDef Jamの創業者の一人です。もう一人はリック・ルービンです。

ラッセル・シモンズは、これまで黒人の権利のために様々な主張をしてきたカニエが「奴隷は選択だった」と語るのは、とてもカニエが正常な判断ができている状態とは思えないとして、カニエを揶揄ったり責めるのではなくて、みんながカニエをサポートする必要があるとインスタグラムで訴えていました。「俺のために祈りたい」というのは、そのことに触れているのでしょう。

その後には、ラッセル・シモンズが#metooのムーブメントの中で糾弾されたことに触れており、自分も糾弾されちゃったらどうしよう!と茶化しています。

なお、ラッセル・シモンズは、#metooのムーブメントで糾弾された際には、その糾弾の内容を否定しつつ、自分の過去の行いを振り返るきっかけにもなったことや、子どもたちの世代により公平な世界を残す意義に触れて、#metooのムーブメントへの支持を表明しています。

2バース目

Ayy, hospital band a hundred bands, fuck a watch
Hundred grand'll make your best friends turn to opps
I hear y'all bringin' my name up a lot
Guess I just turned the clout game up a notch

【意訳】
おい、病院は1万ドルを請求してくる、時計なんてくそくらえ
1万ドルが大親友を敵やオピオイドに変えてしまう
お前ら全員が俺の名前を持ち出しているのを知ってるぜ
俺がみんなを本気にさせちまったのかもな

ここでは2行目がダブルミーニング(1つの文に2つの意味があること)となっています。

ひとつは「opps」を「opponents(敵)」と解釈するものです。

このラインを理解するにあたっては、カニエのアルバム『ye』に先立ってリリースされていた、プシャTのアルバム『DAYTONA』について説明する必要があります。

まず、プシャTというのはアメリカのラッパーであり、カニエの創設したレーベルG.O.O.D Musicのレーベルメイトです。現実主義的な性格なので、現在はカニエに代わってCEOも務めています。

そんなプシャTの最新アルバム『DAYTONA』もまた先日リリースされて高評価を獲得していますが、このアルバムは7曲すべてがカニエによるプロデュースです。プシャTは、その中の一曲でドレイクというラッパーを「ゴーストライターを活用している」としてディス。

ドレイクは速攻でプシャTに対してアンサーソングを返しましたが、その中で『DAYTONA』の全トラックをプロデュースしたカニエもまたリリックにおいてはゴーストライターを使っているじゃないかと言及しました。

その後、再度のプシャTからのアンサーソングにおいて、ドレイクに隠し子がいることがバラされるなどビーフは続いていますが、どうやらドレイクが「プシャTやG.O.O.D MUSICについての悪い噂を提供してくれた人に1万ドルを支払う」という、いわゆるビーフのための「ネタ集め」をしていたようで、これを聞きつけたプシャTがツイッターで、さらにドレイクを攻撃しています。(一部、プシャTやりすぎ!との声も)

ドレイクとカニエは過去に共演もしており友好な関係でもありましたが、ここ最近のドレイクの行動から、1万ドルが友だちを敵に変えてしまうと言及しているのではないかと読み取れます。

もうひとつは、「opps」を再び「オピオイド」と解釈するもので、一万ドルを払ってはオピオイドを買い足して、オピオイド中毒になり、一番の友だちもオピオイドになってしまったと読み取ることができます。

See, y'all really shocked but I'm really not
You know how many girls I took to the titty shop?
If she get the ass with it, that's a 50 pop
I still bring the bad bitches in the city out

【意訳】
お前らはみんなショックを受けているみたいだけど、俺は違う
俺が何人の女の子に胸を買ってあげたか知ってる?
彼女がお尻も追加したなら、それは5万ドルさ
俺はそれでもバッドな女たちを街に連れていくんだ

さて、カニエに限らず「しょうもない馬鹿げたリリック」というのは、ヒップホップの一つの楽しみ方でもあります。

カニエはわりと馬鹿げたリリックを放り込んでくる方でもあり、この部分は「アルバムの中のしょうもないリリック○選」のような形で、いくつかの記事が出ている中でも、よく取り上げられている部分です。カニエが女の子たちの豊胸手術にお金を出してあげたことが自慢されています。(自慢になるのか?笑)。

何人でも結構ですということで、次に進みましょう!笑

Uh, just a different type of leader
We could be in North Korea, I could smoke with Wiz Khalifa, uh
Told my wife I've never seen her
After I hit it, bye Felicia, that's the way that I'ma leave it up

【意訳】
ああ、違う種類のリーダーってだけさ
俺たちは北朝鮮にだって行けるかもしれない
俺はウィズ・カリファとだって大麻を吸えるかもしれない
妻にこう言ったんだ、あの女とは会ってないよってね
ヤッた後には、さよならフェリシアって感じで終わりにするのさ

ここでも、俺はみんなと違うタイプのリーダーなんだ!と尖っています。

北朝鮮は言いたかっただけではないかと思いますが、その後のウィズ・カリファのくだりは、これもまたアメリカの人気ラッパーです。

日本でもこちらの曲でおなじみだと思います。

さて、二人はカニエの元カノのアンバー・ローズがウィズ・カリファと結婚して子どもをもうけたことから、ちょっと複雑な関係です。(ちなみにウィズ・カリファとアンバー・ローズは、その後、離婚しています。)

また、過去にカニエが『Life of Pablo』というアルバムの仮タイトルを『Swish』から『WAVES』("イケてる"的な意味)に変えたときに、ウィズ・カリファが「WAVEはMAX Bというラッパーの作り出したスタイルだから、横取りしないで」と反応。

その後、ウィズ・カリファが何気なしに「KKをやって自分に戻れ」とツイートします。このKKはカリファ・クッシュの略で、ウィズ・カリファが大好きな大麻を表しています。しかし、その前に自分に言及されていたために、カニエはこのKKを自分の妻であるキム・カーダシアンのことだと勘違い。「キム・カーダシアンとヤってろ」という侮辱だと受け取り、ツイッターでウィズ・カリファを批難する猛連投を行ったあとに、勘違いに気づいて消去するという事件がありました。

このように、仲が良いとは言い難いカニエとウィズ・カリファですが、カニエはお互いにタイプは違う人間だとしても、ウィズ・カリファとも仲良くできるだろうと歌っています。

その後は、俺は浮気を隠している場面を歌っています。

3バース目

Tweakin', tweakin' off that 2CB, huh?
This is why your bitches fuck with me, huh
Smash, she gon' end up on TV, huh?
Last thing that you ever wanna see, huh

【意訳】
2CB(ドラッグ)でハイになって、また騒いでいるのか
それが女たちが俺を好む理由だろ
俺とヤれば、有名になってTVにも出られるってか
それだけは見たくないよな

カニエはたびたび自分が女の子を有名にしてやるという旨の表現をします。

せっかくなので、悪名高い(?)「Famous」という楽曲のリリックを引用しておきます。

俺を知ってるサウスサイドのやつらへ
俺はまだテイラー・スウィフトとセックスをするかもって気がするんだ
なぜかって?俺はあのビッチを有名にしてやったからさ!
俺はあのビッチを有名にしてやったんだ!
カニエ・ウェストのちんこを貰った全ての女の子へ
そんな女の子をストリートで見せたら、謝っておいてくれ
だって、あいつらは自分が有名じゃないことに怒ってるからだ!
あいつらは、自分がまだ無名なことに怒ってるんだ!

テイラーとカニエは因縁の仲でもあり、この件については、テイラー・スウィフトが再び激怒。

しかし、その後、妻のキム・カーダシアンがカニエとテイラーが電話している動画を暴露し、実はテイラー・スウィフトがこの歌詞についてOKを出していたということが発覚したという展開もありました。

I can feel the spirits all around me
I think Prince and Mike was tryna warn me
They know I got demons all on me
Devil been tryna make an army

【意訳】
俺の周りに精霊を感じるぜ
プリンスやマイケルが俺に警告しようとしたんだろうな
あの人たちは俺の周りに悪魔だらけなのを知ってたんだろう
悪魔が軍隊を組織しようとしているってね

ここではカニエを忠告しにプリンスやマイケル・ジャクソンといった伝説的なアーティストたちが現れています。

悪魔というのは、オピオイド中毒などの誘惑のことかもしれませんし、カニエを批判する人々のことかもしれません。

They been strategizin' to harm me
They don't know they dealin' with a zombie
Niggas been tryna test my Gandhi
Just because I'm dressed like Abercrombie

【意訳】
悪魔どもは俺を傷つけようとして策略を練る
あいつらはゾンビと戦うことになるって気づいてないんだ
あいつらは俺のガンジーさを試してやがる
俺がアバクロみたいなファッションしてるからってな

続いて、自分を不死身のゾンビに例えるカニエの「負けない」という決意が現れています。

カニエは、あまりBボーイっぽいスタイルをしません。ジェイZとの初めてのミーティングで、当時はBボーイといえばXXLのTシャツを着るのが常識だったのに、ピンク色のポロシャツを着て行ったというのは有名な話です。

みんなはカニエの服装を見て、カニエが暴力的でないやつだということを見て取れるので、カニエの非暴力さ(カニエの内面にいるガンジー)を試そうとして、いじわるをしてくるのだという主張がなされています。

少し被害妄想的な歌詞ですが、おもしろい比喩になっていると思います。

アウトロ

You see? You see?
That's what I'm talkin' 'bout
That's why I fuck with Ye
That's my third person
That's my bipolar shit, nigga what?
That's my superpower, nigga ain't no disability
I'm a superhero! I'm a superhero!
Agghhhh!

【意訳】
見たか?見ただろ?
俺はこういう話をしているんだよ!
だから俺は自分が大好きなんだ。
これが俺の3つ目の人格さ!
俺の躁うつさ。なんだって?
これが俺のスーパーパワーなんだ。障がいじゃないさ。
俺はスーパーヒーローなんだ!俺はスーパーヒーローだ!
うぎゃあああああああ!

ということで、アウトロにて曲のテーマがすごく分かるという構成になっています。

つまり、カニエは躁うつとオピオイド中毒で変な発言をしたり奇行をしてしまうし、それを恐れてもいるんだけれど、同時にそんな(自制心から解放された)自分の行いに最強さも感じていると。

この曲で「うげ、こんなこと言っちゃって」と思えるラインは、すべて曲の構成上、半分わざと(本心でもあるでしょうが)言っているということになります。

そして、自分の躁うつを力に変えることで、普通の人間ではたどり着けない高みにたどり着こうとしているのです。

カニエ、いつか承認欲求が満たされて幸せになってほしい!

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