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アメリカの人種問題を白人・黒人の両方の観点から描いた話題作を読む。【前編】(Joyner Lucas - "I'm Not Racist")

ドナルド・トランプ氏が大統領選挙に立候補して当選して以降、アメリカでは国民の分断が問題になっています。

トランプ氏は、汚い言葉を使って対立候補やその支持者を罵り、国民間の対立感情や憎しみを上手に煽ることで票数を伸ばしました。その結果として、アメリカでは、国民の間にたまっていた鬱憤が噴出しているのです。

昨年2017年には、白人至上主義団体と反対者がバージニア州のシャーロッツビルで衝突し、死人を出す騒ぎまで発生しました。

そうした環境の中で、昨年バイラルした"I'm Not Racist"(俺は人種差別主義者じゃない)という楽曲があります。

この曲をつくったのはJoyner Lucasというラッパーです。

この楽曲では、Joyner Lucasというラッパーが黒人と白人の間の分断という問題そのものに真っ向から挑んでいます。

その構成は、1バース目で怒っている白人の立場から、黒人に対して不満に思っていることを全てぶちまけた上で、2バース目で黒人の立場からそれに反論するという内容になっています。黒人側からの立場だけを歌うのではなく、両方の立場から語らせることによって、リスナーにメタ視点を持たせ、この問題についてバランスを持って考えさせる構成になっているのです。

この楽曲の中身について、前編・後編の2回に分けて、見ていきたいと思います。

1バース目

最初のバースでは、先ほど述べたように、黒人に対して怒りを持っている白人の立場から歌われます。

今回の前編では、白人側の立場から語られる内容しか翻訳しませんが、これはあくまでも片側からの、しかも偏った見方だということを前提として読み進めてください。

With all due respect
I don't have pity for you black niggas, that's the way I feel
Screamin' "Black Lives Matter"
All the black guys rather be deadbeats than pay your bills

【意訳】
失礼ながら、言わせてもらうぜ
俺はお前ら黒人に対して哀れみなんて感じない、それが俺の本心だ
「黒人の命は大切だ!」なんて叫びやがって
黒人はみんな代金を支払うよりも怠ける方を選ぶようなやつらだ

この白人は、どうやら黒人に対して、怠け者だという印象を持っているようです。

「Black Life Matter(黒人の命は大切だ)」というのは、アメリカで黒人が警察に射殺される事件などを踏まえて展開されている人権活動です。

Yellin' "Nigga this" and "Nigga that"
Call everybody "Nigga" and get a nigga mad
As soon as I say "Nigga" then everyone react
And wanna swing at me and call me racist 'cause I ain't black

【意訳】
「ニガ、これだ」「ニガ、そうだ」とか叫んでる
みんなを「ニガ」と呼んで、黒人を怒らせる
俺が「ニガ」って言葉を使うと、みんなが反応する
俺が黒人じゃないからって、俺を人種差別主義者だって呼ぶんだ

「ニガ」とは、ストリートの黒人が、同じ黒人を呼ぶときに使う呼称です。これは、白人が黒人を差別してネグロイドを意味する「ニガロ」と呼んでいたものから転じており、歴史の中で差別された立場を共有する同胞として、黒人だけが黒人を呼ぶために使うのです。他の人種がこの言葉で呼びかけてはいけません。

しかし最近は”どうして俺たちも「ニガ」と呼んじゃいけないんだ”という意見が白人から出てくることに、Joyner Rucasは困惑しているとRap Geniusのコメントで述べています。

Well pound that then
Talkin' about slavery like you was around back then
Like you was pickin' cotton off the fuckin' ground back then
Like you was on the plantation gettin' down back then

【意訳】
そんなの粉々にしてやるよ
まるで当時を生きていたかのように奴隷制度について語りやがって
まるで自分が綿を摘んでいたかのように語りやがって
まるでプランテーションで屈みこんでいたかのように語りやがって

ここで言わんとしていることは、過去の歴史をいつまでも利用して被害者を装っているのではないかということです。今の世代は、全員奴隷制度があった時代を経験しているわけでもないのに、白人を悪者扱いするのを止めろと。

Aight, look
I see a black man aimin' his gun
But I'd rather see a black man claimin' his son
And I don't mean just for one day and you done

【意訳】
いいか、しっかりと聞けよ
俺は銃を構えている黒人の男を見かける
だけど、俺はお前たちがしっかりと自分の子どもを認知するところを見たいぜ
1日だけ父親顔して終わりじゃなくてな

黒人のコミュニティでは「父親が子どもを見捨てて、シングルマザーの家庭で子どもが育つ」というのは、白人が黒人に対して持っているステレオタイプでもあります。ストリートで暴力に訴えてるよりも、家庭の責任をきちんと負うことを求めているのです。

I mean, you still trapped in a rut
And I work my ass off and I pay my taxes for what?
So you can keep livin' off free government assistance?
Food stamps for your children, but you're still tryna sell 'em
For some weed and some liquor or a fuckin' babysitter
While you party on the road 'cause you ain't got no fuckin' goals?

【意訳】
俺が言いたいのは、お前たちは未だにマンネリした現状に嵌まってるんだ
俺は一体何のために毎日クソみたいに働いて税金を払ってるっていうんだ?
お前たちが政府の補助でのんびりと生きられるためにか?
子どものための食料配給券を受け取っておきながら、それを売るんだろう
マリファナやアルコールを買ったり、路上でパーティーする間、子どもの面倒を見るベビーシッターを雇うために
お前たちは目的がないからパーティーばかりしてるんだ

毎日働いて払っている税金が、貧困地域の補助金のために使われることに不満を覚えているようです。ここでは、語り手がかなり悪いイメージを持っていることが分かります。

You already late
You motherfuckas needa get your damn priorities straight
Wait, it's like you're proud to be fake
But you lazy as fuck and you'd rather sell drugs
Than get a job and be straight

【意訳】
お前はもう手遅れなんだよ
お前たちクソ野郎どもは、優先順位をきちんと見直すことだな
待てよ、お前たちってまるでフェイク野郎なのを誇ってるかのようだな
お前たちは怠け者すぎて、堅気の仕事をするよりも、ドラッグを売って手取り早くお金を稼ぎたいんだろう

高給取りになることが難しいため、手っ取り早くお金を稼ぐために、ドラッグの売買やギャング活動に手を出してしまう人が、ゲットーにはたくさんあります。そうではなくて音楽の力で勝ち上がるというのが、多くのヒップホップ・アーティストの紡ぐストーリーでもあります。

And then you turn around and complain about the poverty rate
Fuck outta my face!
You can't escape problems
You can pray for some change but can't break a dollar

【意訳】
それでいてお前たちは、翻って、黒人の貧困率について文句を垂れる
一昨日、来やがれ!
お前たちは目の前の問題から逃避できるわけがないんだよ
変化(Change)のために祈るばかりで、まともに1ドルも稼げやしない

国家の文句を言う暇があったら、まずは自分の生活費くらい自分で稼いで、自立しろという考えが見て取れます。明治以降は日本にも個人主義の考えが浸透していますが、元はといえば個人主義というのはヨーロッパやアメリカの考え方です。歴史でも学びますが、昔は税金を払う人間にだけ参政権が認められていました。自立した個人の上に成り立つ国家という考え方では、自立して初めて一人前なのです。そうした考え方が今でも残っているのでしょうか。

Got nobody else to blame, so you blame Donald
"They fuck the world with a Make America Great condom"

【意訳】
他に責める相手がいないからって、今度はドナルド・トランプのせいにする
「もう一度アメリカを偉大に!ってコンドームで世界をファックしようとしてる」なんて言って

1バース目の語り手は、黒人たちがトランプ大統領を責めるのは、自分の人生がうまくいかない鬱憤をどこかにぶつけるためだと解釈しています。

My voice been back
I'm not racist, my sister's boyfriend's black
I'm not racist, my sister-in-law's baby cousin Tracy
Got a brother and his girlfriend's black

【意訳】
俺の言葉は戻って来た
俺はレイシストじゃない、俺の妹のボーイフレンドは黒人だぜ
俺はレイシストじゃない、俺の法律上の妹の子どもの従兄弟のトレイシーには兄弟がいて、そいつのガールフレンドだって黒人だ

ここは典型的な「俺は人種差別主義者じゃない」という言い分に使われる、「俺の知り合いには黒人もいる」という議論を持ち出しています。敢えて、その知り合いとの関係を回りくどく言わせることで、その言い訳の滑稽さを表現しています。

My head's in the cloud
Heard there's not enough jobs for all the men in your house
Maybe we should build a wall to keep the Mexicans out
Or maybe we should send 'em all to the ghetto for now
I'm not racist, and I never lie

【意訳】
俺は空想にふけっている
お前の家には、お前たち全員のために十分な仕事があるんだってな
もしかしたら、俺たちは壁を築いてメキシコ人が入ってこないようにすべきだ
それか、しばらくの間はメキシコ人は全員ゲットーに送り込んでおけばいい
俺はレイシストじゃない、俺は嘘をついたことがない

トランプ大統領はメキシコから移民やドラッグが運び込まれてアメリカの政治を乱しているため、メキシコとの間に壁を建設すると、大統領選挙の候補時代から度々発言しています。そのことについて、肯定的に触れています。

But I think there's a disconnect between your culture and mine
I worship the Einsteins, study the Steve Jobs
But you ride 2Pac's dick like he was a fuckin' god, oh my god!
And all you care about is rappin'
And stuntin' and bein ratchet, and that's the nigga within you

【意訳】
だけど、お前たちの文化と俺の間には分断があるみたいだな
俺はアインシュタインを崇拝して、スティーブ・ジョブズを研究する
だけど、お前は2Pacが神だったかのように、あいつに乗っかってやがる、なんてことだ!
お前たちはラップのことしか気にしない
風変わりなことばかりして、ダメな人間だ
お前たちの中にいる「黒人としての振る舞い」のイメージが問題なんだよ

ここではヒップホップ・アーティストをロールモデルとすることで、社会に馴染むことができない振る舞いを身につけるのではないかという観点が持ち出されています。白人はアインシュタインを崇拝して科学に打ち込んだり、スティーブ・ジョブズに憧れてスタートアップを始めたりするのに対して、黒人は2Pacに憧れてサグな振る舞いばかりしているというのです。

Music rotting your brain and slowly start to convince you
Then you let your kids listen and then the cycle continues
Blame it all on the menu, blame it on those drinks
Blame it on everybody except for your own race
Blame it on white privileges, blame it on white kids
And just blame it on white citizens, same with the vice president

【意訳】
音楽はお前の脳内で腐ってる、そしてお前を説得し始める
そして、お前は子どもたちにも同じ音楽を聞かせて、同じサイクルが続く
メニューのせいにしてみろ、ドリンクのせいにしてみろ
自分たちの人種以外の全ての人間のせいにしてみろ
白人の特権のせいにしてみろ、白人の子どもたちのせいにしてみろ
白人の市民のためにしてみろ、副大統領にしてもそうだ

Bunch of class clowns
Niggas kneelin' on the field, that's a flag down
How dare you try to make demands for this money?
You gon' show us some respect, you gon' stand for this country, nigger!
I'm not racist
I'm just prepared for this type of war

【意訳】
調子のいいやつばかりだ
フィールドで跪きやがって、ペナルティものだぜ
どうして俺たちの金の使い方に口を挟めるっていうんだ
少しは俺たちを尊敬しろ、アメリカのために立ち上がれよ
黒人どもめ!
俺はレイシストじゃないぞ
俺はこの手の戦争に準備万端なだけだ

フィールドで跪くというのは、コリン・キャパニックというアメリカン・フットボール選手が始めたムーブメントです。以下、ウィキペディアから引用します。

2016年8月26日に行われたプレシーズンマッチで試合前の国歌斉唱でベンチに座ったまま立ち上がらず、起立を拒否した。「黒人や有色人種への差別がまかり通る国に敬意は払えない」と理由を述べ、人種差別への抗議であるとした。それらはTwitterにも投稿されて物議を醸し、「さらにファンになった」という声もあれば、「チームや競技に対して失礼」との批判も飛び交った。

これに対して、トランプ大統領はクビにしろとツイッターで述べたため、賛否両論を呼びました。

I heard Eminem's rap at the awards, who's he fightin' for?
Y'all can take that motherfucker too, he ain't white no more
It's like you wanna be so famous
You'll do anything for attention and a little payment
I can't take you nowhere without people pointin' fingers

【意訳】
エミネムがアワードでラップしたのを聴いたよ、あいつは誰のために戦ってるんだ?
あのクソ野郎もお前たちにくれてやるよ、あんなやつはもう白人じゃねえよ
お前たちは、まるで有名人になりたくてたまらないみたいだな
お前たちは注目を集めて小銭を稼ぐためなら何でもするもんな
お前たちといると、いつだって後ろ指を指される

エミネムという白人のラッパーは、BET HIP-HOPアワードの授賞式において、トランプ大統領を批判するフリースタイルを披露しました。その件については、KAI-YOUさんでコラムを書かせていただいたので、ぜひご覧ください

Pants hangin' off your ass, you ain't got no home trainin'?
Put your fuckin' pants up, nigga! Put that suit back on!
Take that du-rag off! Take that gold out your mouth!
Quit the pitiful stuff
And then maybe police would stop killin' you fucks

【意訳】
腰パンして、家庭教育ってもんはねえのかよ
ズボンをあげろ、クソ野郎!スーツを着やがれ!
そのドゥーラグを脱いで、口の中の金ピカのやつを吐き出せ!
みじめな振る舞いをやめろ!
そうすれば、警察もお前たちクソ野郎どもを殺すのを止めるだろうよ

ここでは黒人としての振る舞いをやめて、アメリカ社会に生きる白人のように振る舞えということを要求しています。ドゥーラグやグリルズ(歯の上にかぶせる金色の飾り)というのはヒップホップでも良く取り入れられているファッションスタイルです。

(ドゥーラグ)

画像1

(グリルズ)

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Yo, what the fuck?! I'm not racist
It's like we livin' in the same buildin' but split into two floors
I'm not racist
But there's two sides to every story, I wish that I knew yours
I wish that I knew yours
I'm not racist, I swear

【意訳】
おい、なんだっていうんだ!?俺はレイシストじゃねえんだよ
まるで俺たちは同じ建物に住んでるのに、二つのフロアに分かれてるみたいだ
俺はレイシストじゃない
だけど、全ての物語には表と裏があるっていうからな
俺はお前の方から見た物語を知っていればと思うよ
お前の側から見た物語を知っていればな
俺はレイシストじゃないんだ、誓ってもいい

ここまで語り手の白人は黒人に対しての文句を述べ続けてきました。しかし、1バース目の最後に、これがあくまでも自分の観点からの意見だということを述べます。そして、黒人の側からの意見や観点があるなら教えてほしいと歌うのです。この対話こそがお互いを理解するための第一歩です。

というわけで、後編では黒人側の観点から歌われる2バース目を見ていきます。お楽しみに!

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