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友人を亡くしたVic Mensaが綴る、治安が悪化するシカゴの現実(Vic Mensa - "Heaven on Earth")【後編】

前編では、PlayaTuner誌のある記事を紹介し、シカゴの治安悪化と、それを取り上げて有名になったYoutuberのDJ Akademiksなどの問題を考えた上で、Vic Mensaについての簡単な紹介と、1バース目の解読を行いました。

1バース目は、大麻の運送中に襲われて亡くなったグラフィティ・ライターの友人Cam a.k.a. DAREに向けて綴られた、Vic Mensaからの手紙という形式になっていました。興味がある方は、ぜひ前編もお読みいただければと思います(笑)。

さてさて、今回は、後編ということで、2バース目および3バース目の解読を行いたいと思います。

2バース目は、今度はあの世のCamからVic Mensaへの返事の手紙という形式が取られています。もちろん形式なので、中身はVic Mensa自身が書いており、Vic Mensa自身の考えが反映されていると考えて良いでしょう。

そして、3バース目では、Vic Mensaは、さらに違った人物を語り部として登場させています。一体、誰が登場するのでしょうか。

それでは、さっそく解読に入っていきたいと思います。

2バース目

What up lil' Vic? It's your big bro
Been a while man, what's good though?
I see you on the road like 10-4
I ain't surprised I knew you was gonna kill em tho

【意訳】
Lil’ Vic、調子はどうだ?お前のビッグ・ブラザーだぜ。
ご無沙汰だったな、最近良いことはあったか?
メッセージを受信したみたいに、お前を道中で見かけるよ。
でも、驚いちゃいないぜ、お前が勝つのは分かってたからね。

2バース目は、先ほども書いたように、亡くなった友人のCamから、Vic Mensaへの返事という形式をとっています。

ここでは、まずVic Mensaへの挨拶とともに、Vic Mensaがラッパーとして成功したことを祝福しています。「10-4」というのは、メッセージを受信したというコードのことで、そこから転じてスラングとして「了解した」といった意味があるようです。この場面では、どのような文脈になるのか少しわかりにくいのですが、とにかく、よく見かけるようになったというくらいの意味合いでしょう。

I heard your song "Holy Holy"
That shit really touched me you was just a little bony homie
To see you in front of thousand of people
Screaming my name, man that shit did a lot for me
Sometimes heaven gets lonely

【意訳】
お前の曲、”Holy Holy”を聴いたよ。
お前がまだ青臭い幼い友人だったことを思うと、あの曲は本当には感動したぜ。
お前が1,000人の客を前にして、俺の名前を叫んでくれたことは、本当に俺にとって意味を持つことだったよ。天国では、ときどき孤独になるのさ。

"Holy Holy"はVic Mensaが以前リリースしたミックステープ『INNAETAPE』に収録されている曲であり、この曲の中でも、Vic MensaはCamに対して、安らかに眠れと歌っています。

Vic Mensaが売れて、1000人といった規模のライブで、自分の名前を曲中で呼んでくれることは、本当に嬉しいことだと、CamはVic Mensaに伝えています。

I talked to your grandma, she said "Tell Vic I'm proud for me"
I got that little liquor you poured out for me
I was drinking it with Rod, I know that you miss him

【意訳】
お前の祖母と話したよ、彼女は「お前は私の誇りだよとVicに伝えてくれ」って言ってたぜ。
お前が俺の墓に掛けてくれた、あの小さな酒も届いたよ。
Rodと一緒に飲ませてもらったよ、あいつにも会いたいと思ってるだろ、分かってるぜ。

天国に行ったCamは、既に同じく亡くなってしまった、Vic Mensaの近しい人たちに会ったと報告しています。Vic Mensaの祖母や、同じく2011年に刺殺されてしまった友人のRodです。

You really need to keep your squad closely
I mean Joey, Kene, Smoke, Towkio
You know? Your ride or die homies
'Cause to be honest them other niggas is all phony

【意訳】
お前の仲間はマジで近くに置いておけよ。
JoeyやKene、SmokeやTowkioのことさ。
分かるだろ?そいつらのためなら何でもするって思える仲間のことだ。
だって、正直なことをいうと、それ以外のやつらは偽物さ。

Vic Mensaの幼地味で、Vic MensaやChance the Rapperが所属していたクリエイティブ集団「SAVE MONEY」のメンバーでもある、Joey PurpやKene、Smoke OnoやTowkioの名前をあげて、仲間を大切にしろよと言っています。

このバースでは、Camの言葉という形式を借りて、どんどん名前がドロップされますが、Vic Mensaにとって大切な人たちが誰なのかが分かりますね。

But you know you got to stay off them drugs man
They no good for you
I seen you in that bathroom stall suicidal with that gun in hand
How could you wanna die? Shit is so good for you

【意訳】
だけど、ドラッグからは本当に距離をとらなきゃダメだぜ。
ドラッグはお前にとって、何もいいことはないんだから。
お前がトイレの1ブースで、銃を手にとって、自殺しようとしているのを見たよ。
なんで死にたいだなんて思ったんだ?お前はとても恵まれてるのに。

Vic Mensaは、Camが亡くなってから、精神が不安定な状態が続き、頻繁にドラッグを吸うようになったそうです。また、一度は自殺を考えたこともあるようです。Camは、Vic Mensaのことを心配し、そのことを咎めています。

Heaven ain't that bad though
Just a lot of sunny days, mad dope
I smoked with Kurt Cobain yesterday, he said he liked your shit
And to tell you that you on the right path though

【意訳】
天国はそんなに悪いところではないさ。
ただ晴れの日が多くて、めちゃくちゃドープな場所だな。
カート・コバーンと昨日、一緒にタバコを吸ったよ、お前の曲が好きだって言ってたぜ。
お前は正しい道を進んでるって伝えてくれだってさ。

先に亡くなってしまい、あまりVic Mensaを心労をかけまいとしているのか、あの世はそんなに悪いところじゃないと慰めています。Kurt Cobainは、皆様もご存知の通り、ニルヴァーナというバンドの伝説的なボーカル兼ギタリストであり、27歳で銃によって自殺しています。Vic Mensa自身が銃で自殺しようとしていたことから、連想されて、名前が出てきたのでしょう。

Don't cry, I'mma see you when it's time
Keep your mind on your money and your money on your mind
Cause trust me you're gonna get through the worst
Sincerely Killa Cam from Heaven on Earth

【意訳】
泣くなよ、時が来ればまた会えるさ。
お前のマインドを金稼ぎに集中させておけよ。
最悪な現実だって、お前なら乗り越えられるさ。俺を信じろ。
地上の楽園から、Killa Camより。

このバースは、Camからの返事ということになっていますが、先ほども述べた通り、基本的にはVic Mensaが自分でリリックを書いていることから、自分に言い聞かせている内容だと考えてよいでしょう。

仲間が亡くなってしまったけれど、自暴自棄になってドラッグに溺れたり、後を追って自殺するのではなく、気を強く持って、今の音楽の道を進み、仲間を大切にして生きていこうという決意だと受け取れます。

3バース目

続いて、最後の3バース目を解読していきます。

What up young Vic? You don't know my name
I'm just another nigga caught up in the street game
I been through things, seen things
I know this might sound crazy but let me explain

【意訳】
Vic、調子はどうだ?俺は、お前が名前も知らないやつさ。
俺は、ストリートのゲームに取り憑かれた黒人の1人に過ぎないからな。
俺はいろいろなことを乗り越えたし、いろんなものを見てきた。
変なことを言ってると思うかもしれないけど、説明させてくれ。

勘の良い方なら、意訳を読んだだけで気づかれたかと思いますが、3バース目は、Vic Mensaの友人であるCamを殺害した男の視点から、Vic Mensaへの手紙という形式で書かれています。

この3バース目によって、Vic MensaとCamの近い距離感でのやりとりから、一気に視点が外に、社会のあり方に、広がっていきます。

It was a dark night, I got call from this broad right
She said I'm hittin you about this shit
Because I know you got stripes like off white
I got a lick for you, you got a car right?

【意訳】
あれは暗い夜だった、俺に女から電話があったんだ。女はこう言った。
「ちょっと用件があって電話してるの。あなたはOff-Whiteみたいに服にストライプが入ってて、ストリートの信用があるって知ってるからよ。あなたに美味しい話があるの。車は持ってるわよね?」

1バース目でVic Mensaが「卑劣なビッチ」と呼んでいた、Camを嵌めた女性が出てきました。

「I know you got stripes」と言っている部分のストライプ(stripes)というのは、ストリートでの信用や名声(Street Cred)を表しているようです。Off-Whiteというのは、そのストライプをデザインに取り込んだファッションブランドです。Off-Whiteみたいにストライプがある、要はストリートでの信用や名声があるということになります。

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You leaving for my crib in an hour
Hold on one sec, he just got out the shower
(Who you talking to?) Nothin' I'm just talkin' to my momma

【意訳】
1時間以内に、私の家に向かってきて。
ちょっと待って、彼がシャワーから出てきたわ
(「誰と喋ってるんだ?」)、何でもないわ、ママと喋ってるだけ

Vic Mensaの友人であるCamが、ある女性の家でシャワーを浴びています。女性が、3バース目の語り部である黒人に「美味しい話」の中身を説明しようとしているところに、シャワーからCamが出てきます。女性は咄嗟に、母親と話していると誤魔化しています。

Now listen close, I can't talk no louder
He got 10 pounds in the trunk
He's bout to make a run to drop the Benz off to the plug
You could get him robbed for the cash if you quick
And I know he ain't strapped because I just hid his gun

【意訳】
いい?しっかりと聴いてよ、これ以上は大きな声を出せないから。
彼は車のトランクの中に大麻を10ポンド持ってるわ。
今から、彼はベンツをカルテルまで運ぶところなの。
もし急げば、彼から大麻を奪って、お金を稼げるわよ。
それに、今、私が彼の銃を隠したから、彼は武装してないわ。

「美味しい話」の内容はこの通りで、Camがベンツのトランクの中に大麻を10ポンド持っていて、そのベンツを今から麻薬のカルテルがあるところまで運転していくので、その途中で奪ってしまおうという話です。

plugには、繋ぐという意味から、ドラッグディーラーのコネクションや連合といった意味があるようです。

I asked her who the nigga was she ain't say a name
But I just had a baby man, I had to make some change
I was hurt, how could I turn away a stain?

【意訳】
俺は彼女に、そいつの名前を訊いたけど、彼女は名前を言わなかった。
でも、俺は赤ちゃんが出来たばかりだった、俺は現状を変えなきゃいけなかったんだ。
俺は傷ついていた。邪心を振り払うなんて出来っこないだろう?

3バース目の語り部である人物は、襲う相手が誰なのかを知りたくて名前を聞きますが、その返答は得られません。この強盗を本当に決行すべきか悩みますが、子どもも生まれて、お金が必要だったのでしょう。

「how could I turn away a stain?」は、染みを落とすことなんて出来ないといった意味ですが、ここではストリート育ちで身についた邪心を振り払うことが出来ないというふうに解釈しています。

So I called up my brothers like Damon Wayans
We piled up in my Monte Carlo
Pulled up to the bitch crib
Seen a white Ford Explorer, shorty just told me to follow

【意訳】
そこで、俺はDamon Wayansみたいに、仲間たちを呼び寄せた。
俺のシボレー(モンテカルロ)に、みんなで乗り込み、女の家の前で停めた。
白のフォード・エクスプローラーが見えた。女が着いて来いとだけ合図をした。

ついに作戦が決行に移されます。

Damon Wayansは、Wayansファミリーの一員であり俳優です。

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Wayansファミリーのように仲間を呼び寄せ、シボレー(車)に乗り込み、女性に言われたとおり、彼女の家に向かいます。

He was sittin on 75th
He bent off Stony and made a stop at the Kenwood Liquors
He ran inside to get a drink
When he stepped out, he had a bottle of Hennessy in his hand

【意訳】
あいつは、East 75th St.を進んでいた。
South Stony Island Ave.で曲がって、Kenwood Liquorsで車を駐めた。
あいつは、店の中に急ぎ気味に入って、酒を買った。
ヘネシーのボトルを持って、店から出てきた。

Camが殺害されたKenwood Liquorsは、East 88th St.とSouth Stony Island Ave.の曲がり角のところにあります。

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We rolled up and put that banger to his face (wassup nigga?)
I told him, "Give me everything in the car, nigga everything"
He start stumbling like "I ain't got anything" (shut the fuck up!)
I said "Shut the fuck up man, open the trunk up man
Before I gotta let this hammer bang" (I don't wanna shoot you!)

【意訳】
俺たちは、あいつを取り囲んで、銃を顔に突きつけた(よう、調子はどうだ?)。
俺はあいつに言った、「車の中のものを全部よこせ、全部だ!」。
あいつは、「俺は何も持ってない」なんて言い出した(うるせえ、黙れ!)。
俺は「ぐだぐだ言ってんじゃねえ!トランクを開けやがれ!俺がこの銃をぶっ放す前にな!」(俺だって、お前を撃ちたくはねえんだ!)。

犯人たちも、大麻を強盗しようとしているだけで、Camを殺害しようとまではしていないことが分かります。

He reached for the keys and put him in
The trunk popped open, seen the weed in Saran
I said, "Step the fuck back", he ain't listen though
His hand moved, he started reaching again
I was scared, I ain't gon lie, that's what it was
I thought he had a gun, my eyes went black

【意訳】
あいつは鍵に手を伸ばして、車の中に入った。
車のトランクのドアが跳ね上がり、サランラップに包まれた大麻が見えた。
俺は「車から離れろ!」と言ったけど、あいつは言うことを聞かなかった。
あいつは手を動かして、また車の中に手を伸ばした。
俺は怖かった、嘘じゃないぜ、本当に怖かったんだ。
俺はあいつが銃を持ってるに違いないと思い、目が真っ暗になった。

Camがどういう意図で、言われた通りにしなかったのかは分かりません。しかし、これが不幸を呼びます。

I let two shots go, before I knew it
He was layin in the ground in a puddle of blood
I know it ain't right, I think about it every night
I ain't even mean to take his life
We livin in the streets where ain't shit free
And your man just had to pay the ultimate price

【意訳】
気づいたときには、二発ぶちかましてた。
あいつは血まみれになって地面に横たわってた。
俺は間違ったことをしたって分かってる、毎晩その日のことを考える。
命を奪うつもりなんてなかったんだ。
俺たちは、無料なんて存在しないストリートって場所に住んでる。
それで、お前の友だちは、たまたま究極的な対価を支払うはめになったんだ。

何度か書いていますが、これは他の人物の視点を借りてはいますが、Vic Mensaが書いている歌詞であり、ここにはVic Mensaの考えが反映されていると考えていいでしょう。つまり、Vic Mensaは友人のCamを失った事件を、個人的な問題として捉えつつも、それだけではなく、シカゴのストリートという環境の問題としても認識していることが分かります。

この曲を通じて、Camを追悼するだけでなく、シカゴのストリートがいかに危険で、正常な判断を失いやすい場所なのかということを、曲を通じて、アメリカに伝えています。

A week later, I saw your post on the 'Gram
R.I.P DARE with a picture of him
I recognized the face from somewhere and then I realized
Damn

【意訳】
1週間後、お前のインスタグラムへの投稿を見たよ。
「DAREよ、安らかに眠れ」というコメントと、そのDAREってやつの写真だった。
俺はその顔をどこかで見たことがあると思い、そしてそいつが誰か気づいちまった。
くそったれ。

最後に、犯人がインスタグラムにCamの追悼が上がっているのを見かけます。Vic Mensaのインスタグラムを見ているということは、彼もまたVic Mensaのファンの1人でもあったのでしょう。それが、Vic Mensaの友人のCamを殺害してしまったのです。

シカゴの現実

再度になりますが、この曲で、Vic Mensaは、Camを失った悲しみを犯人に怒りとしてぶつけるのではなく、シカゴのストリートの問題に昇華して、リスナーに伝えています。

特に3バース目の緊迫感を伴う描写は、普段はまったく関係がない地域に住んでいるリスナーでも、犯人側に感情移入をして聴くことができるようになっており、この曲を聞いていると、この犯人が特別に凶暴な人物だったわけではなく、もし自分自身がこの犯人の立場でも、同じようにCamを殺してしまったのではないかと考えさせられます。

ここが、Vic Mensaがこの曲で伝えたかったことなのではないでしょうか。

つまり、シカゴの環境では、普通の感覚を持った人間でも、ちょっとしたことで、簡単に凶悪な犯罪を起こしてしまうし、そうした犯罪に身近な人が巻き込まれて、簡単に命を落としてしまう。

前編で触れましたが、全米がシカゴのギャングやラッパーの殺し合いをゴシップ的に消費するようになりつつあった中で、Vic Mensaは、それが特殊な人間たちの殺し合いなのではなく、みんなと同じ感覚を持った普通の人間が、殺したり、死んだりしているのであり、本当に深刻な問題であるということを伝えているのだと思います。

ということで、今回はとても重い回となりましたが、Vic Mensaに興味を持っていただけると嬉しいです。また、このマガジンをシェアしていただけると大変助かります。

【参考】
Rap Genius Vic Mensa - Heaven on Earth


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