見出し画像

友人を亡くしたVic Mensaが綴る、治安が悪化するシカゴの現実(Vic Mensa - "Heaven on Earth")【前編】

7月に発売された、シカゴ出身のラッパー、Vic Mensaのアルバム『The Autobiography』、PlayaTuner誌によると有名YouTuberのDJ Akademiksとの確執がひとつの原因となり、セールス的には苦労しているようです。

とても考えさせられる記事なので、リンク先をぜひ読んでいただきたいのですが、内容を簡単に要約すると以下のようになります。

シカゴでは治安が非常に悪化しており、それはシカゴのラップシーンにも影響を与えています。DJ Akademiksは、その様子をゴシップ的にYoutubeで報道することで知名度をあげてきました。

ただの情報発信の動画ではなく、「◯◯というラッパーが、誰々をディスったから殺害された」等といった、非常に詳細情報が多い動画たちであった。報道やマスメディアのニュースのような真面目な感じではなく、皮肉や風刺が聞き、ジョークを挟みながら発信していったものだ。その動画シリーズのなかには、シカゴ出身のVic Mensaが小さい頃から仲良くしていたラッパーたちも含まれていた。

このようにして、ドリルと呼ばれるシカゴのトラップ・ヒップホップ・シーンは世界的に注目を浴びましたが、DJ Akademiksをはじめとした外部の人たちが注目して盛り上げ、ある側面ではゴシップ的に消費したことで、シーン内での暴力が過激化したとも言われています。

DJ Akademiksのラジオインタビューで、そのことに話題が及んだとき、Vic Mensaが怒りを露わにしました。

Vic:そういう意味ではお前の顔を引っ叩きたいと思ってるよ。お前のような人たちが、あのバイオレンスをセンセーショナルなものに仕立てようとして発信して、その現状をネタにしてファンを獲得したんだ。毎日近い人たちが殺されているなか、全くシカゴと関係ないお前が面白おかしく、人の死や交友関係を詳細まで発信してるんだ。お前にそんな権利があるのか?

こうなると、ゴシップ消費がメインになりつつあるアメリカのヒップホップシーンでは、「今度はVic MensaとDJ Akademiksがビーフだ!」ということで、Vic Mensaがどこのメディアやラジオに出演しても、DJ Akademiksとのビーフの話題ばかりで、作品をプロモーションすることが充分に出来ていないというのです。

もちろんデビューアルバムをリリースするということで、Vicはこの後多くのメディアやラジオに出演した。しかし世間が興味ある内容は、あいにく必ずしも「音楽そのもの」ではない。このような一大ビーフなどがあると、ラジオやメディアのインタビューの話題は、この確執についてで持ち切りになる。アーティスト同士の確執であれば、音楽の話になってくるので、プロモーションにもなるであろう。しかし今回彼はユーチューバーという「作品そのもの」とは一切関係のない人とビーフしているため、充分なプロモーションが出来ていないと感じる。確執について話していても、作品のセールスには結びつかないのだ。

そんなVic Mensaですが、ありのままに、時に感情的に、過去の経験や事実を歌い上げるラッパーで、ゴシップではなく、その音楽によって、もっと注目を集めるべきラッパーだと僕は思います。

DJ Akademiksとの一件にも通じる曲ということで、アルバムから、シカゴでグラフィティライターのCamという友人を失ったVic Mensaの気持ちや、シカゴのストリートの現実が、手紙形式で臨場感をもって描かれている「Heaven on Earth」という曲を解読していきたいと思います。(今回も長いので、前編と後編に分けてお送りしたいと思います。)

前編では、解読に入る前に少しだけ、Vic Mensaというラッパーについて説明して、1バース目を解読します。後編では、2バース目と3バース目を解読します。

Vic Mensaはシカゴ出身のラッパーで、Chance the Rapperとは高校時代からの友人です。現在はジェイZのレーベルであるRoc Nationと契約しています。元々はキッズ・ディーズ・デイズというロック・ラップ・バンドのボーカルであり、ロックの影響は彼の音楽のあちこちに見られます。

僕が初めてVic Mensaを知ったのは、"ORANGE SODA"という曲で、ややノスタルジックでティーンっぽさが出ているPVが印象に残っていました。Chance the Rapperがゴスペルなどを取り入れた方向に進んだのに対して、Vic Mensaの作る曲はその後、シカゴのドリルの影響なども取り入れ、どんどんエモーショナルで重くなっています。

2016年にリリースされたEPに収録されている"16 Shots"などは暴力的なストリートの様子が反映され、緊張感がひしひしと伝わってくる曲でした。

今回のアルバムも、ロックとトラップを取り込んだ、エモーショナルな構成になっています。解読する"Heaven on Earth"は、2011年に銃殺された友人、Camというグラフィティライターの友人との手紙のやりとりとして書かれた曲です。EMINEMの"STAN"を思い出させますね。

イントロ

Do the realest niggas die young?
A question for the gun that killed my big brother Cam a.k.a. DARE
How's life up there?
Do you still laugh like crashing trains?
Do you tag your name on angel wings?
I don't know how time works in Heaven but it's been a minute
Write me back, lil' Vic

【意訳】
最もリアルなやつらは、若くして死ぬものなのか?
俺のビッグ・ブラザー、Cam a.k.a. DAREを殺した銃への質問さ。
天国はどうだ?
まだ電車が衝突するみたいに大笑いしてるか?
天使の翼にお前の名前をサインしてるか?
天国での時間の進み方は分からないけど、こっちでは時間が経ったぜ
返事をくれよな、Vicより。

イントロで、この曲がどういうものなのか分かります。あまり解説するものでもないと思うので、さっそく次二進みたいと思います。

サビ

This could be, Heaven right
Here on Earth, here on Earth
This could be, Heaven right
Here on Earth, here on Earth

【意訳】
ここは、地上の楽園かもしれない。
ここは、地上の楽園かもしれない。

どういう意味で、地上の天国なのでしょうか。1バース目を読み進めてみましょう。

1バース目

Yeah, listen, I hope you're reading this shit, yeah
What up Cam? It's your little bro
It's been a while since we spoke, what it's hittin' fo'
The other day I saw your sister bro
Sad it had to be at another funeral

【意訳】
聞いてくれ、お前がこの手紙を読んでくれると願ってるぜ。
Cam、調子はどうだ?お前のリトル・ブラザーからの手紙さ。
最後に話してから、だいぶ時間が経ったな。
この前、お前の妹を見たぜ。また別の葬式でさ。悲しい話だろ。

葬式で顔をあわせる(また近しい人が死んだ)という描写で、治安の悪さを伝えています。

That was a wild summer, same one that took Rod from us
When I heard they stabbed him in his side
Swear to God I could feel that shit in my stomach
And, yo, I heard it was some niggas from the Wild 100's

【意訳】
あれはワイルドな夏だった。俺たちの元からRodを連れ去ったのと同じ夏さ。
あいつが横から刺されたって聞いたとき、神に誓ってもいいぜ、俺自身の腹にもナイフが突き刺さったように感じたんだ。
聞いたところでは、Wild 100の奴らが殺ったらしいぜ。

2011年の夏には、Vic Mensaの別の友人Rodも刺殺されています。Chance the Rapperが"Acid Rain"という曲で歌っているのも、Rodのことです。また、Wild 100というのは、南シカゴの100th Street 〜 130th Streetで活動するギャングの名前です。

画像1

That sneaky bitch set you up man
Fuck man that shit was tough man, over some petty ass weed
I was like anybody but Cam

【意訳】
あの卑劣なビッチがお前を嵌めやがったのさ。
クソが、マリファナみたいな些細なことが原因にしては、タフすぎる事件だった。
俺は、Camじゃなければ、誰だって良かったのにって思ってた。

「卑劣なビッチ」は曲中で後に出てきますが、Camの殺人事件は、Camが所持していたマリファナを奪うために起こりました。ただマリファナを所持していただけで殺されてしまったため、些細なことなのに、タフな結果になってしまったと言ってるのです。

I called Autumn immediately, needed someone to feed it to me
I couldn't stomach it on my own
I wanted to throw up like I was chuggin' Patron
Every time I run through your number in my phone
I think about bullet holes runnin' through your dome

【意訳】
俺はすぐにAutumnに電話した、俺に食事を食べさせてくれる人が必要だった。
食事が喉を通らなかった。Patronを一気飲みしたみたいに、吐きそうな気分だった。
電話でお前の番号を見るたびに、お前の頭をぶち抜いた鉛玉のことを考える。

Camが亡くなったという知らせを聞いて、食事が喉を通らないほどのショックを受けた様子が描かれています。Patronというのはテキーラのブランドです。

画像2

I just saw you that week on 53rd
I'm tearing up man, it's hard to put this shit in words
It's like Macklemore at the Grammy's, man
I just feel like you got some shit you didn't deserve

【意訳】
その週は、53rd Streetでお前に会ったよな。
涙が止まらないんだ、言葉にするのは難しいぜ。
まるで、グラミー賞でのマックルモアみたいな気分さ。
自分には値しないものを与えられた気分ってことさ。

CamとVic Mensaは、その週も会ったばかりで、仲が良かったことが分かります。また、善良な友だちが殺されてしまったという結果(望んでいないものを与えられた)にを、グラミー賞でのマックルモアに例えています。

"Thrift Shop"などのスマッシュヒットで知られるマックルモアのファースト・アルバム『Height』は、ケンドリック・ラマーの『Good Kid M.a.a.d City』と同じ年にグラミー賞のベスト・ラップ・アルバム賞にノミネートされ、ケンドリック・ラマーを破ってベスト・ラップ・アルバム賞を受賞しました。

このことは、マックルモアが白人だからではないかと批判や議論を呼び起こしました。マックルモア自身も、この年のベスト・ラップ・アルバムは『Good Kid M.a.a.d City』だと思っており、自分が賞を盗んだようで気分が悪いとケンドリックに伝えています。

You was a good nigga, but the good niggas
Always die young, fucking 'round with them hood niggas
I know you had your hands in that dirt, but
They ain't have to air you out outside that Kenwood Liquors

【意訳】
お前は良いやつだった。
でも、良いやつは、いつも地元の奴らとつるんで、早死にする。
お前が犯罪に手を染めていたことは知ってるよ。
だからって、Kenwood Liquorsの前で射殺されるほど悪いことじゃないはずだ。

良いやつほど、地元の人間関係から抜け出せずに、ギャングに関わる活動に引き込まれていく様子を歌っています。これは、先ほど触れたケンドリック・ラマーのファースト・アルバム『Good Kid M.a.a.d City』のテーマでもあります。

「泥に手を突っ込んでいた」という表現が何を意味するか、具体的には分かりませんが、犯罪に手を染めていたと訳しておきます。おそらく、ドラッグ売買ではないかと思います。Kenwood Liquorsは酒屋のことです。

画像3

That shit'll never ever be the same for me
None of this money takes the pain from me
Yeah, but still for whatever it's worth
I'm just writin' you this letter, send it to Heaven on Earth

【意訳】
俺にとって、あの場所は、前とは全く違う意味を持つものになっちまった。
どれだけお金を稼いでも、心の痛みは消えない。
何か少しでも役に立つならと思って、お前にこの手紙を書いてるのさ。
地上の楽園に送るぜ。

Kenwood Liquorsが、友人が殺された悲しい場所になってしまったこと、 Camが殺された痛みは、何をしても消えないものとして、Vic Mensaの中に残っていることが分かります。

後編で続きをお送りします

次回は後編として、2バース目と3バース目をお送りします。

2バース目は、CamからVic Mensaへの返信という形をとっており、3バース目では、なんとまた別の視点が登場します。

この記事が参考になったと思われたら、励みになりますので、ぜひシェアしていただけると嬉しいです

それでは、次回の更新をお待ちいただければ幸いです。

【参考】
アーティストとメディアとリスナーの関係について考える。Vic MensaとユーチューバーDJ Akademiksの確執からわかる「恐ろしさ」
Ele-King Album Reviews Vic Mensa - Innanettape
Rap Genius Vic Mensa - Heaven on Earth


本マガジンでは「この曲を解読してほしい!」といったリクエストを募集しています。

raq.reezy@gmail.com

まで、メールでお送りください。

ここから先は

0字

¥ 300

「洋楽ラップを10倍楽しむマガジン」を読んでいただき、ありがとうございます! フォローやSNSでのシェアなどしていただけると、励みになります!