企業向け哲学対話について
はじめに:企業内での哲学対話
みなさんこんにちは!
今日は、私が企業向けに行っている哲学対話について、その概要・進め方・会社でやる意義について説明します。
哲学対話の源泉はいくつかありますが、日本では2000年頃に大阪大学臨床哲学研究室のメンバーがハワイでのP4C(=Philosophy for Children、子どものための哲学、学校教育での哲学対話)を踏まえて紹介したのが始まりとされています。
今では学校だけでなく、街中のカフェやオンラインのイベントスペースでフリーに哲学的な話題を話す「哲学カフェ」が日本各地で行われており、「哲学対話」の名はかなり広まりつつあります。
企業の中においても、近年では「哲学コンサルティング」や「哲学対話研修」などの取り組みが少しずつ展開されてきており、長らく看過されてきた「哲学×ビジネス」がいよいよ実装段階に入りつつあります。
というわけでこの記事では、私が企業内で行っている哲学対話の概要を簡単に説明していきます。ご関心のある方にとって、何らかの参考になれば幸いです。
哲学対話の概要
哲学対話とは何か
哲学対話とは、その場に集まったすべての人が自由に考え、発言することができるワークショップです。
普通のビジネスコミュニケーションとの最大の違いは、対話の中で一定の合意を目指すのではなく、むしろ共有していると思われていた「合意」を紐解き、その背後に隠れている個々人の認識の差異を浮き彫りにして、当たり前だと思われていた前提を問い直すところにあります。
「共通化」ではなく「差異化」を志向する対話にするために、以下の3つのルールを設けています。
他者の話を遮らない
他者の話を否定しない
専門用語を使わない/誰にでも分かる言葉で話す
哲学対話の進め方(一例)
哲学対話の進め方は様々ありますが、ここでは一例を紹介します。
詳細は以下の画像をご参照いただければと思いますが、
簡単に言うと「扱う問いに対して事前に各自回答を書いておき、その回答をchatGPTに要約させ、その回答が問いに対する答えになっているか批判的に検討・吟味する」というものです。
普通の対話であれば個々人の意見をブレストして共通項を見出し、合意へと進んでいきますが、ここでは全く逆のプロセスを踏みます。
先に答えを作り、その答えをむしろ解体するような形で、批判的に、徹底して吟味を重ねます。その過程の中で、当たり前に共有していると思われていた前提の認識が実は個々人によって異なっていることがわかり、その差異から全く新しい考えが見出されていくところに、哲学対話の面白さがあります。
(ちなみに全然関係ないですが、哲学対話は通常業務終了後に行うことが多いので、60-90分対話した後はピザやお寿司をオフィスにデリバリーして食事会をすることもあります。そちらをメインに参加される方もいます^^*)
対話終了後は、ファシリテーターが対話の流れを文書に起こし、出てきたアイデアを流れに沿って整理します。対話の振り返りとして、参加者の皆様にはこの整理に対してコメントをしてもらいます。
対話中は「なるほど〜」と思ったとしても、改めて文字として眺めてみると「本当にそうかな」「もっと別の可能性もあるんじゃないかな」と思いつくこともあります。そうした疑問を文字に起こして、改めて大元の問いを考え直してみると、対話による学びをより一層深いものにすることができます!
哲学対話における問いの出し方
哲学対話では、一つの問いを徹底的に掘り下げつつ、空虚な観念論になりすぎないように、「深さ」と「広さ」のバランスを意識しながら問いを出します。
しばしば哲学の問いは抽象的だと考えられていますが、抽象的なのはテーマであって問いではありません。思考する対象(問い)が具体的かつ明確でないと、探究は単なる言葉遊びか、禅問答のような迷宮に陥ってしまいます。
ですので、対話の中では、問うべき対象の本質を深堀しつつ、常に「今何を問うているのか」を具体化するような形で、深く広くそのテーマについて展開するように調整しています。
基本的な問いの視点を以下に掲載するので、参考にしてみてください。
参考:哲学対話の実践例
参考までに、過去会社の中でやった実践の一部を紹介します(上に紹介したやり方とは違うアプローチを採用していますので、大まかなイメージとしてご理解ください)。
上の画像のケースでは、「コミュニケーション」をテーマに、「完全リモートにするかどうか」という問いを様々な視点から吟味してみました。
まず、「対面のコミュニケーションと、ビデオと音声オンのオンラインコミュニケーションの経験はどう違うのか?」という「比較」の問いから始まり、
「両者の差異は、上半身の身振りが見えるかどうかなのではないか」という仮説が出てきて、
その仮説の前提には「触れられるかどうかがコミュニケーションにおいては重要である」ということがあるという意見が提示され、
「仮に物理的には触れられない場所にいるとしても、今後XRが発達すれば、オンラインでも物理的に触れているかのような経験ができるのではないか」という反証が展開され、さらにそれに対して
「オンラインでも同じ印象が与えられるとしても、対面とオンラインで与えられ方が違うなら違う経験になるのではないか」という意見が展開されました。
リモートワーカーにとって、対面かオンラインかという問題は極めて日常的な問いですが、両者の経験の差異を多面的に吟味するという機会はあまりないと思います。哲学対話では、普段なんとなく素通りしている問いに立ち戻り、じっくり考え直す機会を提供することができます。
哲学対話を企業でやる意義
哲学対話に何ができるのか
ここからは、哲学対話を企業でやるメリット・意義について紹介します。
はじめに、哲学対話にできることを2つ説明します。
それは、「内省」と「相互承認」です。
まず、哲学対話では普段意識せずに行っている思考・判断を改めて問い直すことで、自分自身のことをより深く理解=「内省」することができます。
例えばこんな感じです↓
また哲学対話では、自分の持っていた考えの前提を批判的に吟味する過程の中で、自分の考えが他者によって繊細に変容しうることを相互に承認しあうことになります。
その相互承認によって、お互いの意見が、相手の存在によって変容しうることを確かめることで、どちらか一方の立場に引きずり込まれることなく、互いに心から納得できる形で話し合い、合意に達することができます。
企業の中での哲学対話活用パターン
この「内省」と「相互承認」という哲学対話の2つの働きを、「個人」と「組織」の2つの次元に適用させてみると、2×2=4通りの活用パターンを想定できます。
一番小さい単位が「個人×内省」です。ここでは、個々人の今後のキャリアの目標を立ててみて、それを複数人で吟味し、より多面的視点からのキャリア形成を試みます。
次が「個人×相互承認」です。上司や部下、先輩と後輩との間で1on1を定期的に実施している企業は少なくないですが、1on1が単なる業務指示や説教になってしまう場合も多々あると思います。
1on1に哲学対話を組み込むことで、単なる上位下達の指示や説教を行うのではなく、お互いがお互いに対して持っている考えを再度確認し、お互いのことを承認し合う形で関係性を作り直すことができます。
内省を組織の次元で行うこともできます。期初の目標をリーダーが設定し、年度はじめにメンバーに共有するのはどの企業でもよくある光景だと思いますが、単に伝えるだけだと表面的にしかその目標を理解されません。
パッと見てわかりやすい目標が提示されているとしても、そこであえて立ち止まって内実や背景・意義を問い直し、吟味して咀嚼することで、チーム内目標の理解度が底上げされ、一丸となって目標達成に進みやすくなります。
一番大規模なパターンが、組織全体で相互承認を行うというものです。
部署やチーム内で定期的にミーティングを行っている企業でも、業績管理以外だとネタがなかなかない……という悩みは往々にしてあることでしょう。
なんでもないような話(働き方とか、学び直しとか、休日の過ごし方とか)でも、いざ哲学対話のネタとして扱ってみると、皆それぞれに違った立場・価値観を持っていることがわかります。そうした多様なスタンスからお互いのことを見直してみることは、チームビルディングの一環として非常に有意義であると考えられます。
以上のように、企業内での哲学対話実践には、内省と相互承認という2つの観点から意義があると説明できます。皆さんの企業でも、ぜひ一度試してみてはいかがでしょうか!!!
(終わり)
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