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ウガンダ野球の変化にどう対応すべきか

7年間ほど見てきたウガンダ野球界の変化について書きます。ウガンダ野球がちょいちょい話題になることが増えてきたので、ウガンダ野球に興味を持ってくれた人たちが、ウガンダ野球とどう関わるかを考える判断材料にしてほしいと思います。


1. はじめに

私は2017年4月にウガンダ野球を支援する会に入り、2019年3月にはウガンダに2週間だけ滞在し、現地の野球コミュニティで過ごしました。2021年3月に大学卒業した後もコロナ禍の期間で新入生がなかなか入ってこなかったこともあり、活動を手伝っていましたが、2022年にウガンダ渡航が再開され、新入生も入ってきたので、いよいよ引退状態になりました。今も五月祭、駒場祭の手伝いをしたり、ほんのちょっぴりだけサークルに関わっています。みんなコーヒー飲みに来てね。

そんなこんなで7年間くらいウガンダ野球を見ているわけですが、7年間もやっていると変わってしまったなぁと思うこともあるわけです。今日は私から見たウガンダ野球の変化について書きたいと思います。その変化とは簡単にいうと、「野球で海外に出て経済的に成功する」という道が見え始めたことによる選手の意識の変化と、周りを取り巻く環境の変化です。以前よりも海外でプレーしたいという選手が増え、また仕事として野球に関わるウガンダ人が増えました。またお金が絡み始めると周りを取り巻く人々の雰囲気も変わってきました(これはこのnoteには書きません)。以下ではこのような変化について書いていきたいと思います。

野球新興国で野球を普及させる方法には、大きく分けて以下の二つがあります。

  • MLBやNPBなど海外のリーグで成功する選手を輩出し、成功のロールモデルを作ることで参入する野球人口を増やす、トップダウン的なアプローチ

  • 小学校などの地域のコミュニティで野球を普及させ、野球人口の裾野を増やすことを第一とし、その中から才能も出てくることを期待する、ボトムアップ的なアプローチ

ウガンダ野球の発展のためには両方のアプローチが必要になりますが、私は立場上、後者に重きを置いています。というのも、3.で紹介するようにトップダウン的アプローチはMLB球団が十分にやってくれそうであり、ボトムアップ的アプローチが足りていないと考えているからです。また、僕が所属していたウガンダ野球を支援する会のビジョンもボトムアップ的なアプローチにありました。以下の文章も、そのような立場からの視点に基づいて書かれています。

2. 少し前のウガンダ野球の雰囲気:牧歌的な野球

ウガンダの野球は、2000年代前半から始まったアメリカのNPO団体ACDI/VOCAによるリトルリーグ支援、2000年代後半から始まった青年海外協力隊野球隊員による指導、そして2014年の日本外務省による野球場建設を通じて発展を遂げてきました。野球は野球隊員が派遣されていたいくつかの地域で局所的に普及していき、野球隊員のいる地域や、日本の独立リーグでプレーした選手たちが教師をやっている地域の野球チームがリーグ戦を運営しています。リーグ戦では子供から大人までみんな同じチームで野球をするという日本では見慣れない光景が見られます。

私が2019年にウガンダを訪れた際には、ウガンダ野球が学校教育や難民のための社会情緒的な幸福の促進において重要な役割を果たしているのを実感しました。逆に、成功の手段として野球をやるという意識は薄かったように思います。実際、現地で野球をやっている10代~20代前半の若者に将来について聞いたところ、海外で野球をやるというよりは、国内で野球のコーチになりたい、将来は農場を経営したいといった目標を語る人が圧倒的多数でした。

このあたりの雰囲気は野球日本代表公式サイトの記事や、以前ウガンダ野球を支援する会として書いた記事のほうが伝わるかもしれません。

3. ウガンダ野球の転換点:ドジャースの参入と成功の手段としての野球

ウガンダ野球を取り巻く環境を大きく変えたのは2013年のAllen VR Stanley (AVRS) international secondary school の設立でしょう。AVRSは、ざっくりいうと野球の上手い子供達を集める中学校です。ウガンダでは子供の数に対して圧倒的に教師の数が足りておらず、子供に十分な教育を受けさせるためには高い金を払って私立の学校に入れるしかないという状況になりつつあります。野球が上手なら質の高い中等教育を受けさせてくれるAVRSは、ウガンダ各地のリトルリーグで野球をする小学生たちの目標となっていました。生徒たちは(ウガンダ基準で)圧倒的に野球が上手いです。前述の国内リーグにAVRSとして参加していた時期があるのですが、無双していました。

(追記)ちなみに、2024年2/22現在ソフトバンクホークスのキャンプに参加しているカトー・エドリン選手も、兵庫ブレイバーズの公式HP選手ページにドジャースアカデミー出身と書いてありますが、後述の事情を踏まえるとAVRS出身かと思われます。

しかし、2018年以降少し事情が変わっているようです。AVRSは、かの大谷翔平選手も所属するロサンゼルス・ドジャーズに大部分が譲渡され、敷地のエントランスはドジャーブルーに塗られています。当初の学校教育の場という雰囲気は薄れ、いわゆる野球アカデミーに近いものになったような感じがします。(しかし、外からはあまりにも不明な点が多く、断定することは避けたいです。)

私がウガンダを訪れた2019年時点ではまだ実態の掴めない野球アカデミーといった印象だったのですが、AVRSも設立10年を迎え、ようやくその活動が身を結びつつあります。ここ数年ではAVRS出身のウガンダ人選手4人がドジャースやパイレーツとマイナー契約を結んでおり、今後も有望な選手を輩出していくことでしょう。
https://www.wbsc.org/en/news/historic-mlbs-los-angeles-dodgers-sign-two-players-from-uganda
https://theathletic.com/4108185/2023/01/19/pirates-sign-david-atoma-uganda/
https://www.newvision.co.ug/category/sports/la-dodgers-sign-ugandan-baseball-prodigy-ajot-NV_178945

ちなみに僕が注目しているのは、パイレーツ傘下DSL Pirates Gold所属のDavid Matoma選手(18)です。ルーキーリーグでは敵なしのピッチングを見せていたので来年度はより高いレベルでプレーしてくれるのではないかと期待しています(100マイルを投げたという噂も!)。また、ドジャース参加でプレーするUmar Male選手(22)は、AAへの昇格を果たしました。さらに、MLB球団だけではなく、アメリカの大学に野球で進学した例もあるようです。AVRS出身の選手たちが実際にアメリカでのチャンスを掴んだことで、将来の成功のために野球をする子どもたちも増えていくのではないでしょうか。

選手としてのチャンスだけでなく、AVRSでのコーチや、現地スカウトといった雇用も創出されています。以前と比べると、MLBで活躍するよりかはもっと現実的なレベルでも、野球が経済的な成功に結びつくようになったなという印象があります。

4. ウガンダ野球の課題:野球を続ける選択肢の少なさ

今後のウガンダ野球支援の課題は、野球が上手でなくても野球を続けられる環境の整備にあると考えています。今のAVRSの目的はMLB選手の輩出であり、見込みのない選手はあまり大切にされません。実際に先ほど紹介したDavid Matomaは、ドジャースからはチャンスを与えられませんでした。彼は私たちもよく知っている元アカデミーコーチの伝手でパイレーツのスカウトに売り込むことができ、契約を勝ち取りました。(元コーチはドジャースが育てた選手を他球団に売るという、なかなか際どいことをしています。)

他の球団が見込んでくれればまだ救いがありますが、そうでない選手はAVRSを出された後どうすれば良いのでしょうか?また、AVRSには入れなかった選手はもう上を目指すことはできないのでしょうか?

比較対象として日本の環境を考えてみます。日本では、野球をやるにも様々なレベルの環境の選択肢(少年野球では軟式/硬式、高校の進学先、そして大学リーグ、社会人、独立リーグ、クラブチームなど)があり、最初からエリートコースを歩めていなくても、自分のペースでトップを目指すことが可能です。野球好きの皆さんならエリートコースから外れてもNPBにたどり着いた野球選手の顔が何人も思い浮かぶのではないでしょうか?

そもそも、NPBだけがゴールではなく、社会人野球の道に進むというのもゴールになり得ます。ゴールを目指すためのルートが沢山あるだけではなく、ゴールの選択肢も複数あるというのが日本野球界の環境です。

しかし、ウガンダにあるのはたったひとつの国内リーグのみで、現状AVRSと国内の野球リーグにはかなりのレベル差があり、国内リーグで趣味として野球を続けることはできますが、AVRS以外から野球での成功を目指すというのは難しいことと思われます。さらに、現状のAVRSから目指せるゴールは"基本的に"ドジャースとの契約のみなので、ドジャースとの契約以外のゴールを豊富に提供できるかどうかも重要です。すなわち、いかにしてAVRS以外の環境を充実させていくか、必ずしもドジャースの利益にはつながらない部分にどのように手を差し伸べていくかというのが今後の課題です。

5. 若いウガンダ人選手たちを応援してほしい

みんながそれぞれのライフスタイルに合わせて野球を続けられるようにしたい。そのための環境整備の一つの手段として、国内リーグの拡充が挙げられます。しかし、国内リーグを取り仕切るウガンダ野球連盟の力は不十分です。実際、コロナ禍を経てリーグ戦の開催が不定期になってしまっていますし、U18代表の台湾派遣も実現させられませんでした。さらに、少し調べるとわかるのですが、運営体制もかなりお粗末なもので、とてもこのままでは国内リーグの拡大を実現できる様子ではないです。また、リーグを拡大する前にそもそも野球道具が足りていないという根本的な課題もあります。(ウガンダ国内では野球道具を作ることができません。)

私がここで強調したいのは、貧弱な運営組織、劣悪なプレー環境の下でも、実際にそこでプレーする若いウガンダ人野球選手たちは、真剣に野球を普及させたいと考えているということです。この記事を読むような野球好きの方なら、Kasumba Dennis 選手がひたむきに練習している様子をSNSにアップしていることをご存知かもしれません。彼だけではなく、若手選手が集まって新たな野球リーグ Baseball Talent Africaを作るという動きもありました。

私は、真剣に野球をやりたがっている若手選手たちの動きを支援することが、現場の意見も汲み取ったウガンダ野球の持続的な発展につながると考えています。また、現場の意見を聞くことでしかウガンダ野球が抱える真の課題を見つけることができないでしょう。ウガンダ野球に興味を持ってくれた皆様方には、ぜひウガンダで真剣に野球に励む若者たちの声に耳を傾けていただきたいです。私も彼らの声を届けられればと思います。

まとめ

  • ドジャースがウガンダで野球アカデミーを作っていて、ウガンダ国内トップの選手層の環境は比較的充実している(あくまで他の国内と比べてですが)。

  • アカデミーを目指して野球に励む野球少年たちは多い。さらにアメリカでのチャンスを掴む選手も出てきており、若い野球選手たちのモチベーションはさらに高まっている。

  • しかし、トップから漏れ出た選手たちの受け皿が不十分なのが課題である。その背景には、貧弱な運営体制、物資の不足がある。

  • そんな環境下でも真剣に野球をやっている若手選手たちがいる。そんな彼らを一緒に応援してほしい。

  • 課題だらけだが、何が本当の課題か、どの部分なら解決できそうかをそれぞれの立場から考えてみてほしい。



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